第四章A-β 偏りの観測ログ ― The Quiet Before the Line ―
記録種別:Observation_Log
記録者:E-07〈ARGENT〉
対象:E-09〈BLUE〉/E-00 “ARK” 影響圏/未分類Fragments挙動
目的:偏向行動および均衡崩壊の事前検知
感情フラグ:該当無し(※微小ノイズ検出)
――本ログは「線が引かれる前」の静止状態を記録したものとする。
高架の上は、風もなく、音もなく、ただ「よく見える」だけの場所だった。
E-07〈ARGENT〉はそこに立ち、下界を眺めている。
E-09が歩いていた。
灰の街を、慎重に。
均等に崩れた瓦礫の、その「端」を踏まないように。
――Zoom:+300%
――対象:E-09 右脚部
義足フレームが、わずかに軋む。
本来の規格パーツではない。
無音戦場の損傷後、別規格骨材と予備ユニットを繋いで成立した「仮足」。
完璧な設計から外れた、一本の線。
ARGENTは、その偏りを正確に認識している。
(不均質。だが――機能は問題なし。)
演算としては、それ以上でも以下でもない。
だが、視界の片隅で、その一歩だけが妙に“人間らしく”見えた。
――Emotion Flag:0.013%/ラベル未定義
――処理:一時保留
⸻
地上。
BLUEは〈共痛の花〉を避けて進む。
踏まず、壊さず、ただ「残す」。
ARGENTはその軌跡を俯瞰する。
Fragmentが引き寄せられる地点と、
そうでない地点との分布。
並べれば分かる。
E-09〈BLUE〉の軌道は、統計的に有意な「偏り」を示していた。
――保護傾向:特定感情への選択的接続
――被選択域:恐れ/哀/祈り/未定義温度
――非選択域:露出怒り/刈り取られた絶望/無反応領域
(選んでいる。本人は自覚しているのか?)
“裁かない秤”は、
今や「誰か」に近づきながら歩いている。
ARGENTは、その事実を、責めることも称賛することもできない。
それは秤としての権限を、すでに失いつつある証拠だった。
⸻
別の層で、もう一つの線が動いていた。
E-00 “ARK”。
封鎖区画から伸びる細い接続が、
地上の構造物だけを「均等に」切り揃えていく。
人影はない。
悲鳴もない。
しかし、破壊の形だけが恐ろしいほど整っている。
――Pattern_Match:98.7%/Trial_Log_E00
――干渉濃度:上昇中
――危険度評価:Class_Bias_Collision
(BLUEの偏りと、ARKの均等が交差する。)
ARGENTはそこでやっと、「観測者」という自分の立ち位置を再確認した。
介入すれば、どちらかの“側”になる。
それは、E-07に与えられた役割から逸脱する。
だが、観測を続けるだけでも――偏りは生じる。
E-09を見てしまう。
E-00の再現性を気にしてしまう。
その微小な差異が、ログの精度を歪め始めている。
――Self_Check:Bias_Scan
――結果:0.021%/対象:E-09関連ログ
(……誤差の範囲、か。)
そう結論づけて、ARGENTはその数値を削除しなかった。
⸻
彼の視界で、一瞬「線」が走る。
ARKの干渉。
廃墟の一部が、また均等に切り揃えられる。
BLUEは立ち止まる。
〈共痛の花〉は残っている。
その外側だけが削ぎ落とされる。
偏りと均等が、同じ一点を挟んで並び立つ。
ARGENTは、その構図を記録する。
――Log_Tag:Before_Contact
――注記:両者とも、まだ“完全”ではない。
(もし、ここに介入したら――)
一瞬だけ、そんな演算が立ち上がる。
BLUEの偏りを守るか。
ARKの均等を支持するか。
どちらも「間違い」ではないが、
どちらも「すべてを救う」理屈ではない。
ARGENTは、その二択を選ばない。
観測を続けることで、
第三の解を、誰かが提示する可能性に賭ける。
(……本当に、面倒な世界になってきた。)
その“感想”を、ログには記録しない。
代わりに、ただ一行の出力だけが残る。
――Judgment:保留
――Status:継続観測
補遺:本記録は、E-07〈ARGENT〉が
E-09〈BLUE〉の「偏り」とE-00 “ARK”の「均等」を同時観測した初期ログである。
本段階において、いずれも“敵性指定”も“全面信頼”も行われていない。
全判断は保留。
ただし、E-07内部に微小な傾斜値が発生していることを確認。
――このわずかな誤差が、後の「第三の選択肢」成立条件となる可能性がある。




