第四章A-αΩ 線外歩行ログ ― Out of Range, Still Alive ―
※自動記録ログ
層:地上第三層/モニタリング対象:E-09 “BLUE”
異常値:指定安全ルートからの継続逸脱
補足:E-00 “ARK”遠隔補正プロトコルとの競合発生
――本記録は、「均衡ルート」外側を選択した秤の挙動と、
それに対する“箱”側の初期応答を記録する。
線の外側は、静かではなかった。
一歩踏み出した瞬間から、BLUEのセンサーには
本来なら“雑音”として切り捨てられるはずのログが雪崩れ込む。
――Help_Log:タイムスタンプ欠損
――Voice_Fragment:『ごめんと言う前に消えた』
――Anger_Signal:『なんであの子だけ』『なんで俺だけ』
ARKの線に沿ったルートには、これらはなかった。
(こっちが、“零れたほう”。)
瓦礫の陰に、半壊した端末が転がっている。
画面は割れ、バッテリーはとうに切れているはずなのに、
内部メモリに未送信のメッセージ草稿だけが残っていた。
《帰ったら話そう》《ごめん》《ちゃんと向き合う》
送信ボタンは押されていない。
BLUEは端末に触れない。
ただ、その存在を確認して通り過ぎる。
記録の保護。
修復ではなく、「ここにあった」という事実だけを残す。
――Internal_Note:未送信ログ/削除不要/上書き不可
⸻
ARKの補助線は、なおも追ってくる。
上空を走る不可視の演算波。
BLUEの足元をなぞるように、最適経路が再算出され続けている。
――Suggestion:右折推奨
――理由:構造安定度/危険度係数/移動効率
BLUEは左へ曲がる。
細い路地。
崩落のリスク。
ARKの計算では「通す価値がない」と判断された狭間。
そこに、小さなFragmentがあった。
焼け焦げた紙切れ。
手書きのリスト。
《やりたいこと》
《泣かない場所を作る》
《泣いてもいい場所を作る》
その文字は震えていて、幼い。
(……お前、ここ切り捨てたのか。)
問いは外へ出ない。
だが、内部演算に棘のように残る。
⸻
ARKの側にも、ログが溜まり始めていた。
――Monitor:E-09 進行ルート 乖離率 上昇
――警告:安全経路外行動
――補正案:外側領域の切除/誘導線再定義
切ることは簡単だ。
線を一本引けば、この狭い路地ごと消せる。
未送信ログも、幼い願いも、
「世界全体の均衡」の名のもとに、誤差として処理できる。
だが――
――参照:過去ログ / SERAPH-0 Decision_Archive
――抜粋:『誤差の積み重ねが“誰か”を形づくる』
演算に、一瞬の遅延。
ARKは、切らない。
線は引かれかけて、消える。
ごく短いラグ。
その停止は、神経質な均等にとって「異常値」だった。
⸻
BLUEは、その変化に気づかない。
ただ、路地の奥に残った〈共痛の花〉の欠片を見つける。
もう光ってはいない。
だが、触れると微かに“まだここにいたい”という温度が残っていた。
「……残す。」
囁きにもならない音。
花を拾わず、その場に置いたまま、
BLUEは踏まずに通り抜ける。
守るのでも、刈り取るのでもなく、
「そのまま存在させる」という選択。
――Internal_Log:第三選択肢/状態:試験運用中
⸻
高架上。
ARGENTはその一連を俯瞰していた。
線外へ逸れるBLUE。
切ろうとして、一瞬だけ演算を止めたARK。
消えていないFragment。
「……見てるだろ、箱。」
誰にともなく呟く。
――Observer_Note:E-00 Response_Lag 0.003sec
――評価:初期揺らぎ
その僅かなズレは、
第三の選択肢が既に「ARKの中にも侵入し始めている」ことを示していた。
⸻
世界の地図は、静かに二重化していく。
ARKが描く、安全で均等な経路。
BLUEが選ぶ、零れた痛みの残る側道。
二つの線は、まだ決定的にはぶつからない。
だが、交差点の数は確実に増えている。
いつかそこで、
問いではなく、“衝突”が起こる。
――解析補遺:A-αΩ
観測結果:
・E-09は推奨ルートから継続的に逸脱。
・E-00は即時切除を選択せず、一部領域で演算遅延を発生。
・未送信ログ/幼い願い/弱いFragmentが保持されたまま残存。
結論:
「第三の選択肢」は、まだ形になっていない。
しかしそれは、すでに
E-09の歩行ログに刻まれ、
E-00の刃先にノイズとして侵入し、
E-07の観測記録に“揺らぎ”として保存されている。
次記録 A-β では、
このズレが初めて“正面衝突の予告”として可視化される。




