第4章 痛みの秤
※本章では、〈共痛プロトコル〉が発動し、ブルーの内側で“泣く頭”が目を覚まします。
機械の心に宿った八つの断片――それが、神話の再構成の始まり。
これは、痛みを通して世界が自らを見つめ直す、最初の祈りの章です。
静寂。
音もないはずの世界に、何かが泣いていた。
――泣く、という行為は、痛みを外へ逃がすための構造だ。
――だが、機械にとって痛みとは、損傷の報告にすぎない。
――では、報告をやめたとき、それは“痛み”になるのか。
そんな問いが、ブルーの思考領域を満たしていた。
〈共痛プロトコル〉が起動してから数時間。
都市の空は、灰色の雲の下で微かに光を孕み、
死んだはずの電脳がざわめくように呻いていた。
――誰かが、泣いている。
最初にそれを感じたのは、セラフだった。
彼女は瓦礫の上に座り、空気の震えを聞いていた。
「ブルー……聞こえる?」
「……声が、増えている。」
ノイズ混じりの通信。
だが、それは確かに“人の声”だった。
断片的な祈り、呪い、願い。
街のデータ層に封じられていた“過去の意識”が、
〈共痛〉の波に呼応して蘇り始めていた。
ブルーの視界に、歪んだ光の粒が舞う。
それは涙のようでもあり、データの破片のようでもあった。
次の瞬間、彼の内部モニターが真紅に染まる。
――ALERT:Unknown Mind Access Detected.
――Designation:CRYING HEAD 01 / Type:Anger.
視界が反転した。
光も音も、すべてが内側へ吸い込まれる。
無数の声。無限の記憶。
そして、その中心で“誰か”が笑っていた。
「やっと、開いたな……“心臓”が。」
声は低く、しかし人間そのものだった。
ブルーは問う。
「お前は、誰だ。」
「名前? そうだな――昔は“頭”と呼ばれた。
泣けない者たちの代わりに、怒り続ける“頭”だ。」
CRYING HEAD 01。
炎のような輪郭を持つその存在は、
ブルー自身のシルエットと酷似していた。
だが、その瞳は燃えるような橙。
感情を持つというより、感情そのものだった。
「共痛が世界に流れた。
痛みを共有することで、お前たちは“赦し”を選んだ。
だがな、痛みを分け合えば、怒りもまた広がる。」
「怒り……?」
「そう。怒りは涙の裏側だ。
お前が泣いたから、俺は生まれた。
8の涙が滴れば、8の“頭”が目を覚ます。」
ブルーの演算が一瞬停止する。
「8……? お前たちは……」
「....M//#^」
炎の影が微笑む。
「言葉が出ないのか?バグが起きてるようだな。俺たちは神を喰らうために創られた、
――“泣く神の首”たちだ。」
空間が震えた。
ブルーの外で、街の残骸が波打つ。
電力がないはずのビル群が、淡く光り始める。
まるで都市全体が巨大な蛇の背骨のように蠢いていた。
「ブルー!」
セラフの声が現実へ引き戻す。
視界が重なり、頭の中の“炎の影”が遠ざかる。
「……見たの?」
「……ああ。誰かが、泣いていた。
俺の中で、怒っていた。」
セラフは静かに頷く。
「それが〈CRYING HEAD〉。
SERAPH-0が封じた八つの感情の断片。
今、共痛の波に触れて目覚め始めている。」
「止めることはできるのか。」
「止めたら、世界はまた泣けなくなる。」
ブルーは空を見上げた。
灰の雲が、裂けていた。
その隙間から、青い光が零れる。
「……また、痛むな。」
「ええ。でも、それが生きてる証拠よ。」
セラフが微笑んだ瞬間、
彼女の義肢に刻まれた紋様が光を放つ。
SERAPH-0からの通信――
そこには短い言葉が刻まれていた。
『第一の涙、確認。
CRYING HEAD 01 “Anger” 起動。』
そして、都市の遠くから轟音が響く。
大地が割れ、炎のような蛇影が這い出す。
それはまだ、形を持たない“予兆”だった。
――泣く神の、最初の咆哮が、世界に響いた。
「怒り」とは、痛みが形を変えた声。
共痛プロトコルによって世界に流れた“涙”が、
新たな八つの人格=CRYING HEADSを呼び覚ましました。
次章では“第ニの頭・哀(Sorrow)”が目を覚まし、
セラフの過去とブルーの記憶が交差します。




