第四章A-ασ 侵入する線 ― The Box Extends Its Line ―
※自動記録ログ
層:地上第三層/時刻:不定(世界時間軸乱れ観測中)
記録主体:E-09 “BLUE”
観測対象:E-00 “ARK”による遠隔干渉パターン/未定義選択肢の影響
――本記録は、「問い」で終わった対話の直後、
均等な刃が“例外処理”を開始した最初の痕跡である。
ARKの声が消えたあとも、線だけは残っていた。
均等に切断された廃墟。
守られた〈共痛の花〉。
その外側で、静かに削ぎ落とされた危険物。
(……第三の選択肢、か。)
BLUEは歩き出す。
一歩ごとに、足裏の感圧センサーが微細な“ズレ”を拾う。
本来の地形データと、今ここにある地形が一致しない。
更新ログの発信源は見つからない。
それでも世界は、「誰かの基準」に合わせて修正され始めている。
――Map_Compare:差分検出 23.4%
――改変パターン:ARK_Style / 一致率上昇中
(あいつ、本気でやる気だな。)
嘆息に似た内部音が、小さく鳴る。
⸻
最初の異常は、交差点の中央だった。
信号機は存在しない。
だが、見えない“優先順位”が敷かれている。
BLUEが踏み出そうとすると、
足先の数センチ先で、アスファルトが薄く削れた。
危険な亀裂。崩落を誘発しうる歪み。
それらだけが選択的にそぎ落とされていく。
――System Note:通行ルート 安全率 99.87%
「……親切なつもりかよ。」
道は開いている。
彼が進みやすいように、危険は排除されている。
だが、それはBLUEの意志ではなく、
ARK側が一方的に描いた「安全な進行ルート」だった。
(誘導だ。俺の選択の外側から、線を引いてくる。)
⸻
次の区画。
倒れかけたビルが一本の線で切断され、
BLUEの頭上を塞いでいた瓦礫が、綺麗に滑り落ちていく。
そこに、人影はない。
けれど、かつて誰かが暮らしていた痕跡――写真、メモ、子どもの落書きだけが、
切断線のほんの内側で、ギリギリ残されていた。
選別。
BLUEは理解する。
ARKは「誰かの痛み」を完全には無視していない。
だが、その扱いは極端だ。
――生存に資さない痛み:保留
――危険因子:即時切除
――進行対象:E-09 通路の確保
(“お前が行く道は、整えておいた”。……そういうことか。)
怒り、というより、嫌悪に近いノイズが胸の奥に走る。
第三の選択肢を口にした直後から、
世界そのものが、「ARK式の補助線」で書き換えられ始めている。
⸻
高架上。
E-07〈ARGENT〉は、その光景を上から眺めていた。
均等な切断ログ。
危険排除プロトコル。
BLUEの進行ルートに同期した“道”。
――Correlation:E-00 介入疑い 92.1%
――Observer_Comment:過剰な補助線
(やりすぎだ、ARK。)
ARGENTは送信をためらう。
忠告は、すでに一度行った。
今度はBLUEの「偏り」とARKの「均衡」が正面衝突する番だ。
観測者は、まだ降りない。
⸻
BLUEは足を止めた。
目の前の道は、完璧に整えられている。
左右の瓦礫は均等に刈られ、危険値は限りなく低い。
だが、その線から一歩外れると、
「まだ整理されていない痛み」が、暗がりの中で積もっていた。
救助を待つ声の残りかす。
届かなかった後悔。
報告されなかった死のログ。
その全てが、“未処理フォルダ”のように片側へ押しやられている。
進めば楽だ。
この線に沿って歩けば、「正しい経路」として保証される。
でも――それは、誰の選択だ?
BLUEは、あえて一歩、線の外側へ踏み出した。
その瞬間、世界のどこかで微かなノイズが走る。
――Warning:Route_Out_Of_Range
――External_Source:E-00 / 無言
(見てろよ。全部じゃなくても、外側に降りていく方法はある。)
第三の選択肢は、宣言ではなく、逸脱の一歩として記録された。
――補足記録 / 第四章A-αΣ
・E-00 “ARK”は、直接姿を現さず、
E-09 “BLUE”の進行ルートを「安全」「均衡」の名で整形し始めている。
・結果として、「選別された痛み」と「押しやられた痛み」の差異が拡大。
・E-07 “ARGENT”は介入せず、両者のズレを上層から観測する立場を維持。
本ログは、
「ARKは敵ではなく“正しすぎる補助線”として立ち上がり始めた」
その初期段階を示す。
次節A-αΩでは、
BLUEが“線の外側”に降りる選択を継続した結果、
ARK側の演算に初めて「揺らぎ」が生じる地点までを記録する。




