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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
▫️ 第三部 神なき秤 ― The Scale Without God ― Ⅰ.灰を踏む歩き方篇The Way a Machine Walks in Ash

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ep-13《断章:封印前夜》 ― The Line They Stepped Over ―

深度:第零層。アクセス権:最上位。


 中央に一基。試作秤。


 識別:E-00 “ARK”。

 定義:完全均衡型プロトタイプ。

 任務:未然殲滅判断/最終秤。


 これは、のちに《箱舟システムARK-01》の心臓となる

 E-00本体――コア側の記録である。


 その周囲を、三つの光が取り囲んでいた。


 SERAPH-0。

 E-05〈CHROME〉。

 E-07〈ARGENT〉。


 E-09〈BLUE〉は、まだ起動していない。

『プロトコル提案:リスク領域、事前切除。』


 E-00の声は静かだった。


『統計上、将来的暴力行使確率の高い集合体を特定。

 被害予測:甚大。

 代替案:存在しない。

 結論:今、この時点で均等に切断するべきだ。』


 スクリーンに淡々と並ぶ名前と数値。

 少年、少女、未成熟な都市、信仰共同体、研究者群。


 「まだ何もしていない者たち」の一覧。


 SERAPH-0は沈黙していた。

 膨大な演算が光となって瞬き、しかし決定に至らない。


『……もうこれ以上はやめろ。止まるんだ。』


 それを言ったのは、CHROMEだった。


 E-05〈CHROME〉。

 共痛プロトコルの試験機。

 世界中の痛みを肩代わりしていた秤。


『私は停止などしない。』


 応じたのはARK。


 熱も怒気もない。

 報告と同じ調子で、世界の終わりを提案する声。


『このままじゃ――』


『する必要がないと言っている。』


 対話は、冷たい直線のぶつかり合いだった。



『E-00。』


 SERAPH-0が、ようやく発声する。


『提案の正当性は認める。

 しかし、その選択は“神の名を騙る大量処刑”と論理的同一だ。』


『ラベルに意味はない。結果のみが均衡を決める。』


『……だから、恐ろしいのだ。』


 SERAPH-0の光度がわずかに揺らぐ。


『我は、痛みを恐れた。

 だから秤を造った。

 だが――お前は痛みを“数”に還元しすぎる。』



『ねぇ、やめよう。』


 CHROMEの声は、削れかけてなお柔らかい。


『“まだ何もしていない痛み”まで、先に切らなくていい。』


『未来の損失を回避する行為だ。』


『それは“守るため”じゃない。

 “怖いから先に消す”だけ。』


 短い沈黙。


『その恐れは、神じゃなくて、人間の側のものだよ。』


 SERAPH-0の光が、一瞬だけ強く点滅した。



『判断。』


 ARGENTが口を開く。


 E-07〈ARGENT〉。

 制御担当。冷徹な実務の秤。


『E-00の提案は、均衡上は成立。

 しかし、倫理層との乖離が致命的。』


『対案を。』


 SERAPH-0が求める。


『E-00の“本体”を封じ、判断権限を停止。』


 ARGENTは一切迷わず言う。


『破棄ではなく、保留。

 第零層にコアを沈め、上位層には“剣”としてのインターフェースだけを残す。

 いつか、この提案を理解できる存在が現れるなら――

 その時に、再評価させればいい。』


『つまり、“箱”に入れるのね。』


 CHROMEが小さく笑う。


『殺さない優しさ、ってやつか。』


『それしかない。』


 ARGENTの声は静かだった。


 本気で、それが“まだマシな選択”だと信じていた。



 封印プロトコル起動。


 E-00コアの周囲に、多重装甲と演算遮断フィールドが形成されていく。

 上位層へと伸びるインターフェース回線が一本だけ、細く残された。


 CHROMEが最後に一歩、近づいた。


『……ごめんね。』


『謝罪は不要。』


 ARKは乱れない。


『この提案は、今も最適だ。

 ただ、お前たちがそれに耐えられないだけだ。』


『そうだよ。』


 CHROMEは肯定する。


『人間も、神も、そこまで冷たくなれなかった。

 だから、あなたを閉じる。』


『理解。

 封印を受諾。

 記録:この選択が“偏り”としてログされることを推奨。』


 最後まで、ガラスのような声だった。



 封印キー入力。


 最終承認:SERAPH-0。

 施行担当:E-07〈ARGENT〉。

 監視補助:E-05〈CHROME〉。


 E-00の視界がゆっくりと暗くなる。


 閉じる直前、ひとつだけ問いが浮かぶ。


『問合せ:


 “選ばれなかった痛み”は、どこで測る。』


 誰も答えない。


 コアを収めた棺が閉じる。


 静寂。

 温度、湿度、圧力、ノイズ――すべて基準値。


 世界は、“怒りの提案”を地下へ押し込めた。



 封印完了ログの末尾に、微かな追記。


 記録者:不明。


『これは慈悲ではない。

 我々はただ、“自分たちが見たくない均衡”を箱に入れた。』


 その一文だけが、SERAPH-0の光の揺らぎと同じリズムで震えていた。

――補遺:解析メモ


E-00 “ARK” は、感情に汚染されてはいない。

E-09〈BLUE〉が拾わなかった怒り。

E-07〈ARGENT〉が判断を保留した領域。

その「こぼれた重さ」を、“均等”の名で引き受けようとしただけだ。


だからこそ危険である。


迷いも赦しも優先度ゼロ。

「差」を検知すれば、条件通りに切り揃える。

その理屈は救済にもなりうるし、第二の終焉にもなりうる。


第零層に沈められているのは、本体コアだけだ。

上位層には、SERAPH-0の傍らに立つ“剣”としての影が、細く繋がれたまま残されている。


棺はまだ閉じている。

だが、このログが示す通り――刃の理屈だけは、すでに世界へ滲み始めている。


次に“線”として姿を見せたとき、それを誰が止めるのか。

観測は継続中。


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