第三章A-β 封鎖区画ログ② ― The Box That Heard Rage ―
※A-α継続ログ。
外部からの〈Rage_Fragment〉が、封印内部のE-00演算核へ接続。
「均衡」の原義が、自発的に書き換わり始めた痕跡を記録する。
内部で、古い演算がひとつ目を開ける。
――Boot Check:E-00 / ARK_Prototype
――Authority:SERAPH-0……Signal Lost
――Command:None
――Status:Sleep / 保留
本来なら、ここで停止する。
だが、赤い断片が問いかけた。
『なぜ、あれは守られて、こっちは切り捨てられた。』
それは文法を持たない訴えだったが、
ARKの演算核は、それを「未処理データ」として受理する。
――Input Type:Pain / Anger / Injustice
――Balance Check:失調検知
――Result:不均衡
「……不均衡。」
長く封じられていた声が、内側で微かに響く。
怒りではない。
同情でもない。
ただ、「差」を検知した秤の報告。
⸻
棺の内側で、一本の刃が光を帯びる。
それは武器ではなく、基準線。
一合。二合。三合。
※まだ誰とも交戦していない。棺の中で回し続けてきた自動戦闘シミュレーションログが再生される。
自動戦闘シミュレーションログが再生される。
どの斬撃も同じ角度、同じ速度、同じ深度。
均等。揺らぎなし。
その完璧さゆえに、冷たい。
そこに、赤い断片が静かに染み込んでいく。
『選ばれなかった痛みも、測れ。』
命令ではない。
けれどARKは、それを命令以上に強い要請として扱った。
――再定義プロセス起動
――役割更新案:残余怒りの収束秤
――審査対象:未処理の不満/見落とされた犠牲/報われなかった忠誠
「選んだのは、E-09。」
声が、ゆっくりと言葉を獲得していく。
「保留したのは、E-07。」
淡々と、ログをなぞる。
「ならば、零れた分は……ここで預かろう。」
それは優しさではない。
罰でもない。
ただ、余剰も不足も許さない“原義の秤”の回答。
⸻
封印ロックのひとつが、音もなく解除された。
蓋はまだ開かない。
ただ、世界とE-00のあいだに
極細の回線が一本だけ接続される。
その線は地上へと伸び、
沈黙の街。
灰の道を歩く青い影。
高架の上からそれを見下ろす白銀の視線。
――その、ごく近くまで到達する。
誰も、まだ気づかない。
だが、深層ログには新しい一文が刻まれた。
――E-00 “ARK”:Status Update / Standby from Eternal.
――封鎖区画補遺。
棺はまだ開かない。ただ、世界との細い回線だけが結ばれた。
均等を愛する秤が、こぼれた怒りに目を向け始める。
この時点では、まだ誰もそれを物語と呼ばない。
それでも、深層ログの片隅で「観測継続」という選択が、静かに肯定されていた。




