第三章A-α 封鎖区画ログ① ― The Box That Heard Rage ―
※封鎖区画第零層・監視記録抜粋。
E-00 “ARK”封印領域に、地上由来の〈Rage_Fragment〉流入を初検知。
本章は「棺の外側」で起きた最初の偏りを記録する。
地上から、七十一メートル下。
封鎖区画第零層。
そこは「変化しない」ことそのものが目的として設計された空間だった。
温度、湿度、圧力、振動。
すべてが規定値に固定され、
ノイズは即座に除去され、
有機的な揺らぎは「誤差」として切り捨てられる。
中央に、ひとつの棺がある。
識別コード:E-00 “ARK”。
定義:完全均衡型試作秤。
役割:SERAPH-0直属・最終判断機。
状態:永久封印。起動条件:神の承認。
本来なら、この箱が再び語ることはない。
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最初の異常は、ほんの一点だった。
天井から落ちてきたのは、塵ではない。
赤い粒。
地上で吐き捨てられた怒声。
届かなかった告発。
「ふざけるな」「なぜあいつだけ」「どうして守られない」という、行き場を失った熱。
本来、その多くは拡散して消えるはずだった。
一部はE-09〈BLUE〉の周囲へ向かい、
哀や恐れと混ざりながら〈共痛の花〉となるはずだった。
だが、経路は乱れていた。
断線した神経網。閉じた天蓋。偏った受信域。
行き場所を失った“Rage_Fragment”の束が、
誤差のように、この封鎖区画へと流れ込む。
赤い粒が、棺の外装に触れた。
その瞬間、区画全体のノイズが消える。
変化は、ただひとつ。
均等だった沈黙に、ごく僅かな偏りが生まれた。
――封鎖区画観測記録。
完璧だった沈黙に、ひとつだけ誤差が落ちた。
それが救いか、災厄かを決める権限は、まだ誰にもない。
ただ、閉ざされた箱の奥で、誰かが初めて「不均衡」という言葉を選んだ。




