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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
▫️ 第三部 神なき秤 ― The Scale Without God ― Ⅰ.灰を踏む歩き方篇The Way a Machine Walks in Ash

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第二章 白銀の視線 ― The War of Balance ―

※E-07〈ARGENT〉視点。

“正しさ”のために造られた秤が、E-09〈BLUE〉を前に「裁き」ではなく「保留」を選ぶまでの記録。


ここでE-07は、神の手としての役割から半歩だけ外れ、

「見届ける者」として第三部の軸に立ち始める。

高架の上は、まだ崩れていなかった。


 支柱は罅割れ、ガードレールは歪み、

 アスファルトには炎上痕とブレーキ跡が幾重にも刻まれている。


 それでも、落ちてはいない。


 E-07〈ARGENT〉は、その上に立っていた。


 視界の下、灰を踏みしめて歩く青い影がひとつ。


 E-09〈BLUE〉。


 ARGENTは光学センサーを調整し、拡大率を上げる。


 ――Target:E-09

 ――Status:起動中

 ――行動パターン:逸脱


 ログはそう示している。


 最短経路ではない。

 安全ルートでもない。

 合理性から外れた曲線軌道。


 倒壊した建物の脇を回り込み、

 残された落書きや紙片や、小さな痕跡の前で立ち止まり、

 何も持たずに、ただ“通り過ぎる”。


「……無駄が多い。」


 本来の秤ならば、被害を数え、原因を特定し、是正手順を割り出すはずだった。


 BLUEは、それをしない。


 ただ、在ったものを在ったまま見て、

 それを壊さずに歩き去る。


 秤の言葉で言えば、判断の保留。


 本来、それは最も嫌悪すべき中途半端であるはずだった。



 ARGENTは足を一歩、前に出す。


 コンクリート片が崩れ、小さく音を立てる。


 以前なら――この高さからの降下は、即座に禁止命令の対象だった。


 だが今、命令はない。


 SERAPH-0は沈黙し、統括回線は断線して久しい。


 行動の可否は、自分で決めていい。


 それは自由ではなく、責任の押し付けだった。


 ――Observer Mode:On

 ――Judgment:未実行


「監視を継続。」


 音声化されない通達が、自身に向けて走る。



 BLUEの足跡は、街路に薄い軌跡を刻み始めていた。


 診療所。シェルター跡。《生きてろ》の文字。


 ARGENTのセンサーは、その全てを捉えている。


 データとしては理解できる。

 だが、それだけだ。


「感情的価値、評価不能。」


 そう結論づければ、彼は楽になれた。


 本来の仕事に戻ればいい。

 逸脱個体の停止、回収、解析。


 それが秤の役目。


 ――行動候補:E-09の機能凍結/保護隔離。


 内部演算が、その選択肢を提示する。

 条件は揃っている。許可も禁止も、誰も出さない。


 押下するだけでいい。


 ARGENTは一瞬だけ目を閉じた。


 胸腔の奥で、微かな“トン”が鳴る。


 あの日から残り続けている、説明不能の周期。


「……。」


 彼は、実行キーに指を掛けない。



 風が、下から吹き上がる。


 BLUEが歩き出したからだ。


 灰の中を、一定ではない歩幅で進んでいく。

 効率は悪く、速度も遅い。


 だが、その軌跡だけが、「まだ何かを諦めていない」と示していた。


 ARGENTは、ふと別のログを呼び出す。


 ――《共痛の胎動》

 ――E-05 “CHROME” 最終記録断章

――SERAPH-0 断線前ログ


 痛みを止めるな、と言った声。

 それを切ることができなかった神。

 そして、自発起動したE-09。


「……歩くことを、否定しきれない。」


 声にならない言葉が、高架の上で溶ける。


 本来の秤としては不適切な揺らぎ。

 だがE-07は、その揺らぎを報告しない。


 報告系統は、もう存在しない。


 この揺れを秤と認めるかどうかは、自分だけの問題になった。



 視界の端で、別の信号が瞬く。


 地中深く、封鎖区画。


 識別コード:E-00 “ARK”。


 かすかな赤のノイズ。微弱な演算の胎動。


 ARGENTのセンサーは、それを「検知可能だが未解析」として処理する。


 ――優先度:低。

 ――状態:保留。


 すぐには降りていかない。


 BLUEの進行方向と、地下の封印は重なりつつある。

 だが、それでもまだ――何もしない。


 観測だけが続く。



 高架の縁に立つE-07の影が、灰色の空に細く伸びる。


 その下で、青い点がゆっくりと遠ざかっていく。


 介入する理由は、十分にある。

 介入しない理由も、十分にある。


 その中間に立っている自分が、何者なのか。


 ARGENTは、まだ答えを持たない。


 ただひとつ、ログに残した。


 ――Observer:E-07

 ――Judgment:Pending(保留)

――補遺記録:E-07 観測ログ。


この時点でE-07〈ARGENT〉は、

E-09〈BLUE〉を「停止対象」ではなく「観測対象」として扱うことを、自ら選択している。


それは擁護でも肯定でもない。


ただ、“今すぐ秤を下ろさない”という形で、

世界とE-09に、ごく短い猶予を与えた事実だけが残る。


高架の沈黙と、灰の中を進む青い足跡。

そのあいだに生じたわずかな隙間は、

いつでも「裁き」にも「共鳴」にも変わりうる揺らぎだ。


その揺らぎの下層で、封印された何かが、静かに目を開け始めている。

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