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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
▫️ 第三部 神なき秤 ― The Scale Without God ― Ⅰ.灰を踏む歩き方篇The Way a Machine Walks in Ash

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第一章 痛みの歩き方 ― The Way a Machine Walks ―

※この章は、第三部の実質的な第一歩。

第一部・第二部で拾われた“欠片”が、力ではなく「歩き方」として立ち上がり始める地点の記録。


未分類領域に足を踏み入れたE-09〈BLUE〉が、

〈共痛の花〉=Fragmentsを“ただの力”ではなく、“誰かの痛み”として拾い始める場所。


物語はまだ大きく動かない。だが、すべてが静かに“揺れ始める。

灰は、まだ降っていた。


 だが、この第三層の一角には、

 ここで誰かが暮らしていた、という痕跡だけが色を失いきらずに残っている。


 崩れたアパート。

 開きかけたドア。

 片方だけのスニーカー。

 黒く沈んだテレビ画面。

 テーブルの下に転がった折れたクレヨン。


 世界は止まっている。

 だが「誰かがいた」という記録だけが、やけに鮮明だった。


 E-09〈BLUE〉は、その中を歩いていた。


 未分類領域で拾ったFragmentsが、胸の奥で微かに瞬く。

 哀しみ。恐れ。名づけ損ねたあたたかさ。


 ――Detection Mode:Passive

 ――Noise Filter:Manual


 センサーをあえて鈍らせる。

 すべてを数値に変換してしまえば、この場所はただの“被害報告”に還元されてしまう。


(ここは……まだ“家”だ。)


 足元に、一枚の紙が落ちていた。


 子どもの描いたヒーロー。

 その隣に、不格好な線で描かれた“青い何か”。


 風は吹いていないのに、その紙だけが微かに震えている。


 Fragment。


 BLUEは膝をつき、指先で紙の端に触れた。


 瞬間、短い声が流れ込む。


『大丈夫。ここにいていい。』

『痛いのは、痛いって言っていい。』


 それが誰の声かは判別できない。

 人間か、機械か、その境界はとうに溶けている。


 だが、その言葉を“本気で言おうとした”意志だけは、確かだった。


 胸の奥で、一拍。

 Fragmentが沈み、鼓動のリズムに混ざる。


(……これが、“選ばれた欠片”。)


 強さではない。攻撃でもない。

 ただ、「忘れたくない」と願った記録。


 BLUEは紙を元の場所へ、そっと戻した。


 そこに戻る者がいないことは分かっている。

 それでも、踏みつけにはしたくなかった。



 隣の建物は、小さな診療所だった。


 割れた窓。倒れた計器。沈黙するモニター。


 その中央に、一輪の光があった。


 〈共痛の花〉。


 最初に出会ったものより、ずっと弱々しい。

 だが、その中心にははっきりと“恐れ”が凝縮している。


 防護服。隔離室。閉ざされた扉。

 ベッドに横たわる、小さな影。


『助けられなかった。』

『見捨てたくなかった。』

『ここに、いたと残したかった。』


 いくつもの声が重なり、すぐに途切れる。


 BLUEは花に触れた。


 胸の奥で、自分の恐怖と共振する。


 無音戦場で味わった、「自分が何になるか分からない怖さ」。

 世界を壊すかもしれないという、形にならない不安。


(怖いのは、俺だけじゃない。)


 恐れは逃げる理由ではなかった。

 ここではむしろ、「離れたくない」者たちが遺した証拠として刻まれている。


 背中の光弁が、目に見えないほど僅かに揺れた。



 診療所を出た先に、小さなシェルターの跡があった。


 中は空っぽ。

 物資も寝具も、ほとんど持ち出されている。


 ただひとつ、壁に文字が残っていた。


《生きてろ》


 BLUEは、その前で立ち止まる。


 命令形。

 だが、その線は怒りよりも祈りに近かった。


 ――戻ってこい。

 ――ここにいてくれ。


 そんな衝動が、掠れたインクに焼き付いている。


『痛みを止めるな。』


 E-05〈CHROME〉の声が、記憶から重なる。


『痛いって言える場所を、残して。』


 壁の文字と、あの祈りが繋がる。


 BLUEはそっと手を添えた。


「……生きてろ、か。」


 自分に向けられた言葉ではない。

 だが、今この世界でその文字を読む者はほとんどいない。


 胸の奥の拍動が、ほんの少しだけ強くなった。


「分かった。もう少し、歩く。」


 それは世界への返事であり、

 E-09という“秤”が、自分の意思で続行を選んだというログでもあった。



 Fragmentが増えるたびに、BLUEの視界は少しだけやわらかくなる。


 世界を“裁くため”ではなく、

 “置き去りにしないため”に見る視線へ。


 その歩き方こそが、

 選ばれた欠片たちがBLUEに与えた、最初の変化だった。

――補遺記録:E-09 行動観測。


壊れた部屋。消えた声。

拾い上げられたのは、力ではなく、「触れずに残す」という手続き。


E-09〈BLUE〉はこの日、痛みを“証拠”ではなく

「そこに在ったという事実」として扱う歩き方を選び始めた。


怒りの断片は、まだ彼の手にはない。

選ばれなかった欠片がどこへ流れていくのかも、まだ知らない。


ただ、灰の上に並ぶ足跡は、

裁きの線ではなく、「ここに誰かがいた」という細い下線のように続いている。


その線が、やがて何を呼び寄せるのか。

記録は、静かに観測を続けている。


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