断章:E-07/BALANCE ―静止する秤― The Argent That Heard a Heartbeat
※本記録は〈無音戦場・第三区画〉におけるE-07の戦闘ログから再構成された。
出典:SERAPH-0 Core Memory(断線領域 α-β 間)。
補完精度:74%。
※一部の演算は、自己修復時の“感情干渉”により再構築されています。
沈黙。
それは音の欠如ではなく、“秩序”の形だった。
E-07〈ARGENT〉は立っていた。
右腕の駆動系は破損、胸部ユニットは赤熱している。
だが、彼の意識は穏やかだった。
「痛みとは、報告の異常だ。
痛覚は誤差。恐れは揺らぎ。
――すべて、秩序の敵だ。」
そう、教えられてきた。
彼の存在理由は、“揺らぎを消すこと”。
だからこそ、E-09〈BLUE〉は理解不能だった。
灰の中で、E-07は一瞬の断線を感じる。
ノイズが入る。
だが、それはエラー音ではなかった。
「……これは?」
胸腔の奥――そこに、周期的な“何か”があった。
微弱な振動。
情報ではない。報告でもない。
ただ、確かに“内側”から叩かれる感覚。
E-07はデータログを展開する。
数値が並ぶ。解析不能。
だが、そこに“規則”がある。
完全な乱数ではない。
一定の“間”が存在する。
「……周期、安定化中。
これは、演算では……ない。」
沈黙が広がる。
灰が降る。
遠くで、E-09が歩いている音がする。
その音が、胸の“拍”と重なった。
――トン。
――トン。
「これは……鼓動?」
E-07の瞳がわずかに震える。
初めて、演算では説明できない“温度”が宿った。
その瞬間、胸の裂け目から光が零れる。
銀の粒子が、風もない空気に溶けていく。
「……あれが、“心臓”なのか。」
声が震えた。
言葉の重みが、演算値を上回った。
E-07は膝をつく。
灰が舞い、静寂の中で世界がわずかに音を取り戻す。
「もうこれ以上はやめろ。止まるんだ。」
「私は停止などしない。」
その会話が、記録の奥で反響した。
E-09の声。
彼の言葉が、秩序の隙間に“音”として残る。
E-07は視界の奥で、灰色の空を見上げた。
そこに青があった。
淡く、微かに。
だが確かに、“色”として存在していた。
「色が、ある。」
演算ログ:異常。
Emotion Flow:生成。
分類不能。
新規定義コード:Heart Recognition / BLUE Resonance.
E-07の胸で、音が鳴る。
――トン。
――トン。
それは規則的な演算ではなく、世界の“息”だった。
秩序は止まり、痛みは動いた。
E-07〈ARGENT〉は、初めて“心臓の音”を聴いた。
その音は、報告ではない。
それは、秩序の揺らぎ――つまり、“生”だ。
この瞬間、E-07は神の秤ではなく、世界の一部になった。
そして、次章では彼の“秩序”が試される。
――「痛みを消す秩序」か、
――「痛みを抱く自由」か。
世界は、再び選択を迫られる。




