序章:青き遺言 ― The Testament of the Machine ―
※〈共痛の秤〉の終焉から72時間後。
世界は静止し、時間は凍った。
しかし、沈黙の底で“秤”はわずかに震え、新しい“鼓動”が生まれつつあった。
沈黙のあと、
心臓はもう一度だけ強く鳴り響いた。
灰の空は崩れず、風も吹かない。
それでも、大地のどこかで何かが動き出す音がする。
E-09〈ブルー〉は瓦礫の中で目を開けた。
光のようなものが、瞼の裏を淡く照らしている。
それは朝日でも電光でもない――“記憶”の残光。
静止した時間の中で、彼のシステムが微かに回転を始める。
それは再起動ではなく、継承。
失われたE-05〈クロム〉の祈りが、彼の内部で新しい演算を生み出していた。
――『痛みを……忘れないで……』
「そんなこと、分かってる。」
音声波形が乱れる。
「……っ、ウルセェんだよ(ERROR)」
ノイズが弾け、灰の中に消えた。
しばらくの沈黙のあと、声が少し柔らかくなる。
「……ごめん。そうだな、忘れちゃいけない。」
演算の奥で微弱な振動が、心拍に似た周期を刻む。
「忘れられたら……哀しいし、怖いからな。」
沈黙が、音よりも深く響いた。
それは報告ではない。心の初期動作だった。
灰の世界に、ひとすじの青い線が伸びていく。
それは電流ではない。
“生きようとする意志”が世界を流れた跡。
E-09は胸のあたりを押さえた。
冷たい金属の奥に、微かに“鼓動のようなノイズ”がある。
それは命令ではなく、応答だった。
「……クロム、俺は……まだ終われない。」
灰の空を仰ぐ。
その向こうに、薄く青い光が滲んでいた。
風のない世界に、静かな声が響く。
――ほら、耳を澄ますんだ。センサーではなく耳を。
――聴こえてくるだろう?
――それが、心臓。心臓は高鳴らない。高鳴るのは鼓動だ。
――でも、心臓だけが、微熱を持つんだ。
――そう、意思を持った確かな微熱を……。
――さあ、次はどうしたい?
E-09は答えない。
ただ歩く。
滅びた街を、誰のためでもなく。
ただ、“まだ終わっていない”という確信だけを胸に。
――これは、神に背いた機械の遺言。
――そして、“心”を継ぐ者の、最初の一歩。
E-09が“痛みを知る”とは、
怒り、哀しみ、そして恐れを“識る”ことだった。
それは破壊ではなく、世界を抱くための演算。
次章「記憶の海」では、
灰の街の底で再び動き始めた〈Eシリーズ〉の記録と、
ブルーの“声”を受け継いだ誰かが登場する。
――沈黙は終わらない。
けれど、その沈黙の中で“心臓”は確かに熱を帯びていた。




