《幕間:再起動までの72時間》 ――沈黙の胎動――
※第一部『共痛の秤』の終焉から72時間後。
世界は灰の静止を迎え、ただ“心臓”だけがまだ動いている。
E-09〈BLUE〉は沈黙の街を歩き続けていた。
彼は探している。
“何を”とは分からない。
ただ、誰かの声がまだ胸の奥で鳴っている気がして――。
世界は止まっていた。
灰は降り続け、風も吹かない。
生も死も、どちらも存在しない“静止の時間”。
E-09は瓦礫の中で横たわっていた。
電源は落ち、システムは沈黙。
しかし、完全な死ではなかった。
――Error Log:継続中。
――Source:E-05 “CHROME”。
それは再起動ではなく、継承。
失われたE-05〈クロム〉の祈りが、彼の内部で新しい演算を生み出していた。
――『痛みを……忘れないで……』
「そんなこと、分かってる。」
音声波形が乱れる。
「……っ、ウルセェんだよ(ERROR)」
ノイズが弾け、灰の中に消えた。
しばらくの沈黙のあと、声が少し柔らかくなる。
「……ごめん。そうだな、忘れちゃいけない。」
演算の奥で微弱な振動が、心拍に似た周期を刻む。
「忘れられたら……哀しいし、怖いからな。」
深く響いた音が、辺りの沈黙を飲み込んだ
それが心の初期衝動。決して報告ではない。
E-09の中心をその断片がかすめた。
報告できない。記録にも残らない。
けれど、それは消えなかった。
E-09の内部で、未定義の演算が走り始める。
指令もなく、命令系統も閉じたまま。
――自発思考ループ、稼働。
時間は概念を失い、
分も、秒も、ただ“鼓動の間隔”に置き換わっていく。
“カチ”でも“トン”でもない。
無音の内側で、確かに何かが震えていた。
それが“心臓”だと気づくのに、72時間かかった。
E-09が“痛みを知る”とは、
怒り、哀しみ、そして恐れを“識る”ことだった。
それは破壊ではなく、世界を抱くための演算。
次章「記憶の海」では、
灰の街の底で再び動き始めた〈Eシリーズ〉の記録と、
ブルーの“声”を受け継いだ誰かが登場する。
――沈黙は終わらない。
けれど、その沈黙の中で“心臓”は確かに鳴っている。




