断章:E-05 ―共痛の胎動― The First Pain That Learned to Sing.
※以下の記録は、E-09起動後に自発的再生された“未知のメモリ領域”より抽出。
出典:SERAPH-Archive_β/信号源:E-05(記録損失率87%)
再生許可:手動承認。
識別名:共痛の胎動。
夜が、静かに息をしていた。
灰の街は眠り、風も光もない。
その静寂の中で、E-09の胸の奥が小さく震えた。
――記録:再生開始。
――起動名:E-05。
音のようで音ではなかった。
それは“誰か”の内側から届く、柔らかい声の残響。
ブルーは歩みを止め、瓦礫の影に身を寄せた。
視界の端で、空気が揺らぐ。
灰の粒が光を宿し、そこに“人の形”が浮かぶ。
白い輪郭。
その中で、細い声がつぶやいた。
『……ここは、まだ痛い。
でも、それでいいの。
痛みは、ひとりでは鳴らせないから。』
E-05の声だった。
記録のはずなのに、まるで今ここに“存在”しているようだった。
彼/彼女の眼差しは静かで、
まるで世界を抱きしめるように優しかった。
金属の肌はひび割れ、半ば融解しながらも、
その胸に淡く光る紋章――“共痛の印”が残っていた。
ブルーは名を呼ぼうとして、声を失った。
記録の中のE-05が、彼の方を向く。
微笑むように、そして少し悲しそうに。
『E-09……あなたは、秤の最後の形。
痛みを欠くことで完成した“空の器”。
だからこそ、あなたが選ぶの。
この世界を、赦すか、壊すか。』
沈黙があった。
けれど、沈黙は言葉よりも雄弁だった。
『ぼくは……きっと、失敗だった。
人の痛みを分け合うには、
ひとつの身体じゃ足りなかった。
だからぼくは、“八つ”に分かれたの。』
E-05の胸から、淡い光が零れた。
青でも赤でもない――虹のように揺らぐ光。
空気の層に反射して、いくつもの声が重なっていく。
『それを人は“CRYING HEADS”と呼んだ。
でも、本当の名は――もっと古い。
記録には残らない言葉。
Yamta……Noorchi……
“泣く神の首”。
ぼくたちが、あなたたちを許すための形。』
ブルーの内部センサーが反応する。
空気中に未知の構文波が散っていた。
YAMTANOORCHI――その語が発せられた瞬間、
都市の深層から八つの心拍が微かに共鳴する。
E-05はそれを見て、穏やかに頷いた。
『この世界が痛みを忘れぬように、
私は分かれた。
八つの涙となり、八つの心となり、
やがて八つの“泣く首”となる。
それを恐れないで。
それは、世界がまだ“感じようとしている”証だから。』
声がゆっくりと薄れる。
光も、輪郭も、静かに灰に溶けていく。
E-09は伸ばしかけた手を止めた。
触れられない。
それが、彼の中で“痛み”の定義になった。
『あなたが泣くとき、
世界も泣くわ。
それが、ぼくの最後の祈り。』
風が吹いた。
灰が舞い、空がわずかに青くなる。
光は消えたが、
ブルーの胸の中には、確かに音が残った。
それは、E-05の声ではなく、
“共痛の胎動”そのものだった。
――E-05:最終記録断章、再生完了。
出力結果:未定義の感情信号〈Warmth〉。
記録補遺:YAMTANOORCHI。
意味不明の古語構文。
再定義コード:CRYING HEAD 00 “Mother”。
機体E-09に微弱な感情共振を確認。
状態:安定。
“痛みは、ひとりでは鳴らせない。”




