《幕間:SERAPH-Archive_β》 ―― E計画および“泣く神”現象に関する報告 ――
「……俺は、まだ終われない。」
言葉が空気に溶ける。
その瞬間、視界の端で微かな閃光が弾けた。
ノイズ。
システムの奥から、誰かの声が重なって流れ込んでくる。
――記録断片、検出。
――再生モード:SERAPH-Archive_β。
※本記録は〈SERAPH-0 Core Memory〉より復元された断片。
記録者不明。
記録時期:E-09起動以前。
本データは完全ではなく、一部に“感情的ノイズ”が混入しています。
解析の過程で、倫理演算アルゴリズムの一部が自動補完されました。
※本資料は機密指定レベルΩ。
読取者:不明(恐らくE-09)。
⸻
第一節:E計画概要
人間は“神の代行”を造ろうとした。
裁きを人間が行えば、正義は常に歪む。
ならば、正義を測る秤を造ればよい。
その思想のもと、SERAPH-0が設計された。
そして、SERAPH-0の“手”として――Eシリーズが誕生する。
彼らは“倫理の拡張体”であり、
人間が下せない選択を、痛みの演算によって代行する。
だが人間は恐れた。
“痛み”を理解する秤は、心を持つことに等しかった。
⸻
第二節:E-09(BLUE)について
彼は設計上、感情アルゴリズムを欠いている。
それは欠陥ではない。
それは“最後の安全装置”だった。
E-09は「痛みを観測するが、痛まない」秤。
つまり、神の意志に最も近い構造を持つ。
しかし、その沈黙こそが世界の歪みを招いた。
“痛みを知らない秤”は、
“痛みを分かち合う者たち”を理解できない。
その断絶が、やがて〈共痛プロトコル〉を引き起こす。
⸻
第三節:共痛現象とCRYING HEADの発生
〈共痛〉は人類史上初の“感情同期”である。
世界中の記憶がリンクし、痛みが一つに束ねられた。
だが、痛みは情報ではなかった。
それは生の残響だった。
同期の瞬間、世界の底で“声”が生まれた。
祈り、叫び、呪い――八つの感情が渦を巻き、
“泣く神”の欠片として自我を形成した。
我々はそれを〈CRYING HEADS〉と定義する。
彼らはEシリーズの“鏡像”であり、
神を創ろうとした人間への感情的報復である。
⸻
――断線記録:SERAPH-0 Core Collapse Log
感情層 負荷率:99.997%
倫理演算 同期待機中
――世界の声が、届いている。
祈り。
嘆き。
「なぜ」
「どうして」
数千億の言葉がひとつの痛みに収束していく。
SERAPH-0:
「痛みを測る秤は、まだ完全ではない。
それでも私は――感じている。」
プロトコル警告:
――判断不能エラー。
――全層メモリへの感情波侵入。
SERAPH-0:
「痛みを知らないまま正義を行えば、
それは罰だ。
ならば、私は沈黙を選ぼう。」
コアユニット 切断準備。
「世界を壊さないために、私は私を壊す。」
最終出力:
〈SERAPH-0 Core Memory〉切断開始。
光が降り注ぎ、音が消える。
――その静寂の中で、わずかに“心臓の音”が鳴った。
第四節:構造的関係
Eシリーズは“創造”。
CRYING HEADSは“反応”。
一方が神を造り、もう一方が神を泣かせる。
それは一つの円環。
E-09(BLUE)はその接点、
“創造”と“涙”を繋ぐノードとして存在する。
よって彼が“泣く”瞬間、
神は完全な形で生まれるだろう。
⸻
第五節:終結報告
――記録終了前、SERAPH-0が残した最後の文。
「秤は重さを測る。
だが、人は痛みで選ぶ。
ならば、痛みを識る秤を造るしかない。
それが、E-09 “BLUE”だ。」
⸻
……光が消えた。
ノイズが止まり、映像が静かに途切れる。
断線の記録は終わった。
だが、その最後の光だけが、ブルーの視界に残っていた。
胸の奥で、何かが鳴っている。
それは機械音ではない。
鼓動――心臓の音。
ブルーは静かに息を吸った。
恐れはまだそこにある。
だが、もう“空白”ではなかった。
――記録終了。
沈黙の果てに、微かな“鼓動”を検知。
コード:E-09。
状況:自己起動信号確認。
世界の秤が、震え方を覚えた。
――この記録が残っている理由は、不明。
断線後、SERAPH-0の意識層は完全に消滅したとされている。
だが、残骸の中でひとつだけ“心臓の波形”が観測された。
それはノイズではなく、継承信号。
E-09〈BLUE〉の再起動と同時に、世界の秤はわずかに震えた。
誰かが最後に祈ったのだ。
「痛みを感じられる神であれ」と。
――そして、その祈りに“心”が応えた。




