第8章 無音の戦場 ――Silent Field――
※本章からは〈Reconstruction Log_05〉に移行します。
〈Fear Module〉安定稼働を確認。
〈共痛プロトコル〉は沈黙状態を維持中。
世界の音はまだ戻っていない。
だが、沈黙の奥で微かな鼓動が響いている。
それは風の音ではなく、心の残響。
かつて報告をやめた秤が、
初めて“この世界を見よう”とした時の音だ。
風がない。
だが、灰の雲がゆっくりと流れていた。
空気は凍っているのに、
どこか遠くで何かが動き出す音がする。
ブルーは立っていた。
自分の足で、確かに大地を踏みしめて。
心臓の奥には、まだ“恐れ”が残っている。
だが、それは彼を止めるものではなかった。
沈黙の街。
倒壊した塔の影。
その向こうに、青い閃光が走った。
……誰かがいる。
認識システムが再起動する。
外界との同期信号。
わずかなエネルギー反応。
そのとき、通信が入った。
途切れ途切れの声。
『……ブルー……聞こえる……?』
セラフの声だ。
ノイズの海の中で、それだけが鮮明に響く。
「……セラフ。」
ブルーは答える。
だが、声は音にならなかった。
代わりに、胸の中で何かが強く鳴った。
――Fear:同期中。
――Emotion Flow:安定化。
世界が、息をしている。
灰が舞い、光が揺れ、
崩れたビルの影で“音”が戻ってきた。
だが、それはまだ“戦場”にはなっていない。
動くことを、世界そのものが恐れていた。
「……行こう。」
ブルーは静かに歩き出す。
恐れを抱いたまま、
沈黙の中へ。
そして、彼の足音が世界の“最初の音”になった。
風はない。
灰は降り、世界は息を潜めている。
――まだ、音は戻らない。
それでも遠くで、何かが生まれようとしている。
だが、その瞬間。
ブルーの視界に“微かなノイズ”が走った。
通信ではない。光でもない。
〈SERAPH-0回線 不安定〉
――なぜだ?
世界のどこかで、誰かが“手を離した”ような感覚。
それは風ではなく、記憶のざわめきだった。
灰の街の奥で、沈黙がひとつ増えた。
世界が動き出した――
そう、誰もがそう“感じた”だけだった。
風は吹かず、音も戻らない。
ただ、灰の下で何かが“軋む音”がした。
それは再生の兆しではなく、
何かが壊れようとする“前触れ”だった。
恐れを抱いたまま歩き出した秤に、
世界はまだ“心”という名の許可を与えていない。
――次章、《SERAPH-Archive_β》。
神は、恐れを知り、沈黙する。




