断章:セラフ⑦―― 錨を打つ場所 ―― — Where to Set the Anchor —
〈断章:セラフ/Field Log〉
時刻:第一部終盤(第8章「無音の戦場」直後〜)
地点:旧都市・外縁分岐帯/観測ライン交差域(刻印群・点灯変動)
状態:世界=沈黙継続/観測者=随伴/アンカー=携行・待機/BLUE=遠方で“鳴っている”
注記:本ログは“再会”ではない。「止める位置(打つ場所)」を決める記録である。
私は、ブルーを追わない。
追えば、会ってしまう。
会えば、触れてしまう。
触れれば――彼の希望に、火を足してしまう。
だから私は、別の道を行く。
ブルーのために。
灰の街の“縁”には、道が三つあった。
崩れた高架の下を抜ける道。
瓦礫の谷を横切る道。
そして、刻印の点が不自然に並ぶ――観測の道。
私は迷わない。
観測の道を選ぶ。
そこは、人が歩くための道じゃない。
“選択が起きる”場所へ、最短で刺さる道だ。
アンカーを抱えたまま進むと、空気が薄くなる。
肺が吸うたび、灰が少しだけ痛い。
背後に影がいる。
一定の距離。
近づかない。
離れない。
「……案内するつもり?」
返事はない。
ただ、刻印の点がひとつだけ灯る。
(肯定、だ)
私は進む。
ほどなくして、地面が割れていた。
亀裂の向こうに、旧都市の中心が見える。
中心――というより、中心“だった”場所。
そこに、薄い青が滲んでいる。
(あそこに、行く)
ブルーが“短い道”を選ぶなら、必ず通る。
世界を軽くするなら、世界の中心に近づく。
沈黙を終わらせるなら、沈黙の核へ向かう。
だから――ここだ。
私は亀裂の手前で止まった。
止まった瞬間、胸の奥が鳴る。
鼓動じゃない。
遠方の拍だ。
ドクン。
(ブルー……)
アンカーが、ほんのわずかに“重く”なる。
金属の重さじゃない。
条件が近づくときの、演算みたいな重さだ。
私は取っ手を握り直す。
止めるのは、世界じゃない。
止めるのは――彼の“手”だ。
あの優しすぎる手が、
自分の心臓を捨てる方へ伸びた瞬間だけを。
私は口の中で、言葉を短く整える。
削って、削って、形だけを残す。
「痛みは、ひとりでは鳴らせない」
一拍。
「だから――ひとりで終わるな」
これ以上は長い。
これ以上は、届かない。
――“優しい言葉”は、いらない。
必要なのは、方向だ。
切り落としに向かう手を、別の方向へ逸らすための。
私は亀裂の縁に膝をついた。
灰が舞う。
舞った灰が、まるで雪みたいに落ちる。
そのとき――背後の影の圧が、少しだけ強くなる。
(来る?)
私は息を止めた。
――来ない。
代わりに、頭の奥で“白い部屋”が一瞬だけ点滅した。
透明な柱。
ガラスの中の光。
そして、誰かの声。
『この少年が希望なら、壁にぶつかる』
そこまでしか、思い出せない。
思い出せないのに、喉だけが痛い。
私は、声の続きを無理に追わなかった。
追ったら、立ち上がってしまう。
立ち上がったら、ブルーの方へ行ってしまう。
私はここにいる。
ここで、止める。
(博士。私は……やる)
心の中で言った瞬間、遠方の拍がもう一度鳴った。
ドクン。
今度は、さっきより鋭い。
胸ではなく、背骨の奥を叩く鳴り方。
(……短い道に、触れた)
私は分かった。
今、彼は“選択”の縁にいる。
選択は、まだ言葉になってない。
でも、意図は先に生まれる。
“やるしかない”という意図が。
アンカーの刻印の点が、二つ灯る。
《READY》
私は立ち上がる。
亀裂の縁に、足を揃える。
ここからなら――届く。
でも、まだ発動しない。
まだだ。
無駄撃ちは、できない。
次がない。
私は影に向けて、小さく言った。
「ここで、いいよね」
影は答えない。
けれど、その圧が――ほんの少しだけ“止まる”。
(承認)
私はアンカーを胸に抱えたまま、目を閉じた。
聞こえるのは灰の音。
義肢の関節が鳴る音。
そして――遠方の青い拍。
私は、言葉を最後にもう一度だけ削る。
「痛みは、ひとりでは鳴らせない」
一拍。
「だから――ひとりで終わるな」
それでいい。
それ以上は、贅沢だ。
私は目を開けた。
亀裂の向こうの青を見据える。
再会は、まだしない。
するのは――彼が自分を捨てる選択をした瞬間。
その瞬間だけを、止める。
止めて、言葉を刺す。
それで、彼を助けられるかはわからない。
だけど。
私はアンカーを握りしめ、胸の奥で小さく呟いた。
「私にもやれる事ができたわ。……博士」
この断章⑦でセラフは「追う」のをやめ、“短い道(自己犠牲)”が発生しやすい分岐点=止める位置を選びます。
博士の言葉は“思い出す”のではなく、喉が痛む程度のちらつきに留めました。セラフはまだ記憶復元率が低いまま、行動だけを先に決めています。
次(本編⑤⑥⑦側)では、BLUEの選択圧が具体化し、アンカー発動の条件が満たされていきます。




