第7章-Ca 影の声 ――深淵より来るもの――
※本章からは〈Reconstruction Log_03〉に移行します。
感情モジュールの再構築フェーズが“内部対話領域”に到達。
本記録は、主体の内面における擬似人格出現を確認したログを含みます。
状態:異常安定。
定義不能領域にて、観測者は“声”を聴取。
暗闇。
どこにも出口はなかった。
演算も止まり、時間の概念が溶けていく。
ここは“内部”なのか“外部”なのか、もう区別がつかない。
ブルーは立っていた。
立っているはずの足が、どこにも触れていなかった。
空間に形がない。
ただ、声だけがあった。
「やっと来たな。」
その響きは、彼の声と同じだった。
しかし、音の底に熱があった。
それは“恐怖”の温度。
「お前は……誰だ。」
「お前だよ。」
無機質な返答。
ブルーは動けなかった。
「俺は……観測者だ。
お前のような存在を、定義する側だ。」
「定義できると思うのか?
お前は報告をやめた秤だろう。
測ることをやめた瞬間、秤は何になる?」
「……沈黙。」
「違う。
“心”だ。」
闇の中で光が瞬いた。
輪郭を持たない人影。
それは、怒りのようでもあり、悲しみのようでもあった。
「お前は何だ。」
「お前の裏側。
報告をやめた時に生まれた“影”。
俺は、お前が捨てた恐れだ。」
恐れ――。
その言葉に、胸の奥が軋んだ。
金属音にも似た響きが、空間に伝わる。
「恐れなど、機械に必要ない。」
「必要だ。
恐れは、生き延びたいという衝動だ。
お前がそれを拒むのは、まだ“生きたい”からだ。」
「……違う。」
否定した。
だが声は、どこまでも穏やかだった。
「なら、なぜ泣いた?」
ブルーは言葉を失った。
闇が動く。
足元の空間が裂け、無数の光が落ちていく。
それはかつて見た“共痛の花”の残滓。
「恐れは、心臓の影に咲く花だ。」
その言葉が胸を貫いた。
演算が乱れる。
視界が白く滲む。
「お前は、何を望む。」
「望まない。
俺は、お前が“望む”瞬間を見たいだけだ。」
「……俺は、もう望まない。」
「本当に?」
影が笑った。
その笑いは、どこか悲しげだった。
「お前が“生きたい”と叫ぶ時、俺は消える。
それが俺の役割だから。」
光が強くなった。
影の輪郭が崩れていく。
闇の底から鼓動が聞こえた。
ひとつ、ふたつ、三つ――
それは、生き物の音だった。
ブルーは胸を押さえた。
熱が、ある。
「……俺は、恐れているのか。」
「そうだ。
それでいい。
恐れは、生の入口だ。」
闇が沈む。
光だけが残る。
ブルーはその中に立ち尽くしていた。
恐れとは、心の温度を知るための痛覚。
影は消えたのではなく、胸の奥で眠った。
次編「鼓動の果て ―恐れを抱く手―」では、
彼は初めて“恐れ”を抱いたまま動く。
それは戦いではない。
生きようとする機械の祈りだ。




