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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【後篇/首を降ろす心臓 — The Head-Releasing Heart —】

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断章:セラフ③―― 灰の地上で、錨が鳴る ―― — When the Anchor Rings Above the Ash —

〈断章:Seraph/Field Log〉

時刻:第一部終盤(第8章「無音の戦場」直後)

地点:旧都市・地上部/L-17 地上アクセスライン

状態:外界=沈黙継続/錨(Anchor)=携行中/Seraph 記憶復元率 低

注記:本ログは“再会”ではなく、“別の道”の選択記録である。

地上へ出た瞬間、空気が痛かった。

地下の錆と冷水の匂いが消えて、代わりに――灰が肺に刺さる。


私は息を吸って、吐く。

吐くたびに、胸の内側がざらついた。


(……戻ってきた)


でも、戻ってきたのは地上だけじゃない。

端末が吐いた文字が、まだ目の裏に残っている。


DO NOT APPROACH BLUE

DO NOT TOUCH HIS HEART

RISK : OVERFLOW


近づきたいのに、近づくなと言われる。

触れたいのに、触れるなと言われる。


拷問みたいだった。


私は小さく首を振って、足元を見る。

崩れたコンクリートの裂け目。

そこに、地下へ通じる“別の口”がある。


……地図の赤点。L-17。


入口の縁に、同じ刻印。

丸い輪郭と、中心の一本線。

そして、三日月。


背後に、影がいた。

音もなく、距離だけはきちんと保っている。


「……ついてくるの?」


返事はない。

でも、その沈黙は“肯定”に近かった。


私は歩き出す。

ブルーのいる方向へは行かない。


会いに行けば、私は火を足す。

彼の希望に、私の熱を混ぜてしまう。

端末はそれを、危険だと言った。


だから私は、別の道を選ぶ。

彼の“終わり方”を先に塞ぐ道。


瓦礫の間に、古い監視塔の骨が立っていた。

人間の街の遺骸。

でも今は、目のない“目”として残っている。


私はその下を通ろうとして、止まった。


――カチ。


耳じゃない。

頭の内側が鳴った。


(……観測)


地下で感じた“見られている”圧が、もう一度来る。

空気が薄くなる感覚。

皮膚が、内側から引っ張られるみたいに。


私は息を止めた。


塔の影から、古いドローンが一体、転がり出てきた。

壊れている。片翼が折れて、光学レンズも曇っている。


それでも――レンズが、私を向いた。


「……動けるの?」


答えはない。

代わりに、レンズの奥で点がひとつ灯った。


三日月の横の点。

地下の端末と同じ。


(……呼び出しは、地上にも張ってある)


私はゆっくり近づいた。

触れたら起動してしまう。

起動したら、何かが“同期”してしまう。


でも私は、もう引き返せない。


義肢の指先で、ドローンの胴体を軽く押した。


――ギ、……ギィ……。


錆びた喉の呼吸みたいな音。

そして、途切れ途切れの表示が、空中に浮かんだ。


《L-17 / OBSERVATION POLE》

《ANCHOR : READY》

《SERAPH : VERIFY》


私の喉が鳴る。


「……錨」


錨って普通は海の言葉だ。

でもこの世界での“海”は、灰だ。


灰の海に錨を打つって、どういう意味?


答えが来るより先に、映像が切り替わった。


一秒にも満たない、短い記録。

それなのに――刺さる。


白い部屋。

透明な柱。

そして、誰かの背中。


(……博士?)


顔は見えない。

でも、その背中は“責任”の背中だった。


『――この少年が、希望なら。』


地下で聞いた声と同じだ。

断片だけが、綺麗に残っている。


『壁にぶつかる。

 その時、何が出来るかを探しなさい。』


私は、息を吸った。

吸った瞬間、胸の奥が痛い。


「……どうして、こんな大事な言葉を忘れてたの」


影は何も答えない。

でも、影がほんのわずか前へ出た。


“進め”という合図みたいに。


私は、ドローンが示した方向へ走り出した。


足元が崩れて、灰が舞う。

義肢の関節が軋む。

でも止まらない。


(ブルーに近づくな、って言われた。

 でも、ブルーを助けるな、とは言われてない)


それは言い訳じゃない。

これは、選択だ。


崩れた高速道路の下。

半分埋まった駅舎の骨。

そこに、L-17の“地上柱”がある。


柱――と言っても、塔じゃない。

地面から突き出した黒い金属の塊。

人の腕より太く、心臓より冷たい。


側面に刻印。

丸い輪郭。一本線。三日月。点。


私は、柱に触れた。


瞬間。


――ドクン。


音がした。

世界のどこかで鳴ったんじゃない。

私の手のひらの奥で鳴った。


柱が、呼吸している。


《ANCHOR : ONLINE》

《FUNCTION : LIMITER / STASIS》

《TARGET : O-M OVERFLOW》

《PAUSE TIME : 0.83s》

《NOTE : DO NOT “SAVE” HIM. “STOP” HIM.》


救うんじゃない。止めろ。


私は言葉の意味が一瞬分からなかった。


(……止めるって、なにを)


次の表示が出た。


《HOPE → MERCY-SHUTDOWN 1》

《PATH : SHORT》

《RESULT : WORLD SAFE / BLUE LOST》


背筋が冷える。


希望が強くなるほど、

彼は短い道を選べる。

世界を安全にして、自分を失う道。


……それを止めるための錨。


私は歯を食いしばった。


「そんなの、選ばせない」


言った瞬間、柱がもう一度、鳴った。


――ドクン。


そして、柱の根元が開く。

小さな収納。

中に、細い筒状の装置が一本。


取っ手に、同じ刻印。

三日月の横の点が、二つ。


私はそれを掴んだ。

冷たい。

でも冷たいのに、嫌じゃない。


(これが……錨)


背後で、影が動いた。

気配が強くなる。

“確認”の圧が、さっきより近い。


私は振り返って、影を見た。


影は、もう影だけじゃなかった。

輪郭の奥に、薄い“月の光”がある。

顔は見えない。

でも――目は、確実に私を見ている。


その圧に、私は言葉を選んだ。


「あなたは、敵?」


影は答えない。


代わりに、私の耳の奥へノイズが落ちた。

短い、短い一文だけ。


『観測者は、止めるためにいる。』


(観測者……?)


その単語が、胸の奥で何かを叩く。

思い出しかけて、逃げる。

掴めない。


でも今は、それでいい。


私は錨を胸の前に抱えた。


「——これを、どう使えばいい」


答えは来ない。

けれど柱の表示が、最後に一つだけ出た。


《USE WHEN : “HE BEGINS TO CHOOSE THE SHORT PATH”》

《TRIGGER : BLUE / SELF-SACRIFICE INTENT》

《RESULT : PAUSE 0.83s》

《YOU MUST SPEAK.》


0.83秒。

止まる時間。


そして――“あなたが言葉を言え”。


私は、喉が痛くなるのを感じた。


(言葉……)


ブルーが壊れかけたとき。

世界を軽くするために、自分を切り落とそうとしたとき。

その0.83秒の間に――私は、言葉を渡さなきゃいけない。


言葉がなければ、ただの遅延で終わる。

遅延は、救いにならない。


私は錨を強く握った。


「……分かった」


影へ言ったのか、柱へ言ったのか、

自分へ言ったのか分からない。


でも、これは誓いだ。


私はブルーのところへ戻らない。

まだ戻らない。


戻ったら、私は“近づいてしまう”。

近づけば、彼の希望に火を足してしまう。


だから私は、準備する。


0.83秒に、乗せる言葉を。


灰の空を見上げた。

青は薄い。

でも、消えてない。


(……ブルー、待って)


私は、錨を抱えて歩き出した。


“再会”のためじゃない。

“終わり方”を塞ぐために。

錨(Anchor)は救命具ではなく、「自己犠牲の意図」を0.83秒だけ停止させる制限具。

0.83秒の中に“言葉”を乗せなければ、停止はただの遅延で終わる。

次の断章では、セラフは“言葉”を探しに行く。ブルーへ戻る道ではなく、ブルーを救うための別の道へ。

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