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『BLUE ENGINE -蒼き残響-』 ─ 心を持った機械が、神に背いた日 ─  作者: CROSSOH
第四部 哭く神の首 ― The Weeping Heads ― 【後篇/首を降ろす心臓 — The Head-Releasing Heart —】

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断章:セラフ②―― 灰の地下で、月が瞬く ―― — Where the Moon Flickers Beneath the Ash —

〈断章:Seraph/Field Log〉

時刻:第一部終盤(第8章「無音の戦場」直後)

地点:旧都市・地下交通網/封鎖ノード直下

状態:外界=沈黙継続/内部=微弱同期発生/Seraph 記憶復元率 低

注記:本ログは“真相開示”ではない。錨(Anchor)回収までの記録である。

階段を降りるたび、空気が変わる。

灰の匂いが薄れて、代わりに――錆と、冷たい水の匂いが濃くなる。


地下は暗い。

でも“闇”じゃない。


止まった機械の気配がある。

止まっているのに、まだ――世界の底で眠っている気配。


私は片手で壁をなぞりながら進んだ。

指先に引っかかる。

ざらついた刻印。


丸い輪郭。

中心に一本線。

その下に、三日月と点。


(……誰が彫った?)


気づいた瞬間、背中が少しだけ冷えた。

これは案内じゃない。

これは――呼び出しだ。


義肢の関節が小さく鳴る。

音が地下に吸い込まれて、戻ってこない。


そのとき。


「――……」


音じゃない。

でも確かに、耳の奥が“鳴った”。


薄い干渉。

視界の端が一瞬だけ青く滲む。


私は立ち止まり、暗闇を見つめた。


……前方の壁に、旧型の端末が埋め込まれている。

駅の案内盤みたいな形。

割れて、死んで、もう動かないはずの機械。


なのに、端末の表面に――点がひとつ灯った。

三日月の横の、あの点と同じ位置だ。


(……合図だ)


私は端末へ近づく。

触れる寸前で、指が止まる。


触れたら何かが起きる。

きっと、起きる。


でも私は、ここに来た。

ブルーの必死さを見た。

“短い道”を選べる顔を、見てしまった。


だから、やる。


義肢の指先で端末を押した。


瞬間、暗闇に線が走った。

光でも炎でもない。

――視線みたいな線。


私は反射的に一歩下がった。

でも攻撃じゃない。


これは――“見られている”。


端末の奥から乾いた音がした。


カチ。

カチ。

カチ。


古いフィルムが回るみたいに、映像が立ち上がる。


画面に出たのは、地図だった。

地下網の構造図。

その中で一点だけ赤く点滅している。


《NODE : L-17 / OBSERVATION POLE》

《STATUS : SLEEP》

《KEY : M / “Moon”》


……月。


喉が鳴る。

誰かの冗談みたいなラベル。

でも、この時代で冗談は生き残らない。


「“Moon”…?」


口にした瞬間、背後で小さな水音がした。


振り向くと、暗闇の隅に――人の形が見えた。


いや、違う。

影だ。

影なのに、輪郭がやけに整っている。


「……誰?」


影は答えない。

代わりに、こちらを“観測”してくる。


圧で分かる。

人間じゃない。

でも、ただの残骸でもない。


“目”がある。


端末が低い音を出した。

警告みたいに、でも機械的すぎない音で。


《OBSERVER : ONLINE》

《YOU MAY PROCEED》

《BUT DO NOT APPROACH BLUE》

《DO NOT TOUCH HIS HEART》

《RISK : OVERFLOW》


……近づくな。

……触れるな。

“心臓”に。


私は息を止めた。


(心臓? ただのコアじゃないの?)


でも、分かってしまう。

「コア」って言い換えた瞬間に壊れる類のものが、彼の中で鳴っている。


画面が切り替わる。

短いログが流れた。


《E-09 is a SCALE.》

《He learned FEAR.》

《Next is HOPE.》

《Hope is dangerous.》


希望は危険。


理由が、胸の奥で形になる。

希望は前へ進ませる。

前へ進ませるほど、彼は――“世界を軽くするために自分を落とす”選択肢にも届いてしまう。


端末のログが続く。

最後の二行だけ、妙に鮮明だった。


《If you are SERAPH, go to L-17.》

《Bring the “Anchor”.》


アンカー。錨。


私は固まった。


(……なんで、私を“セラフ”って知ってる?)


背中の影が、ほんの少し近づいた。

足音がないのに、距離だけが詰まる。


怖い。

でも――敵意がない。


あるのは“確認”。

鍵を持つ者かどうかを測っている。


端末の横の壁が、低い音を立てて開いた。


隠し扉。

古い構造材が擦れる音。


その向こうに、細い通路があった。

暗いのに、奥のほうだけ――月明かりみたいに淡い光がある。


私は一歩踏み出しかけて、止まった。

端末に手を伸ばして、もう一度ログを戻そうとする。


戻らない。

消えていく。


だから私は、目で焼き付けた。


・L-17 / Observation Pole

・“Moon”

・“Anchor”

・DO NOT APPROACH BLUE / RISK : OVERFLOW

・DO NOT TOUCH HIS HEART


私は通路へ入った。

影は、一定の距離でついてくる。

逃げ道を塞ぐ距離でも、守る距離でもない。


ただの“観測距離”。


やがて、広い空間に出た。


地下駅のホーム……ではない。

ホームの形をした、手術室みたいな空洞。


中央に一本、柱が立っている。

柱の表面に、三日月。

その横に点が三つ。


――複数の目。

――同時接続。

――観測の束。


柱の根本に、金属のケースがあった。


私は膝をつく。

触れる前に、影の圧が少しだけ強くなる。


(……これは“武器庫”じゃない)


ここは、落ちないようにする場所だ。


ケースを開ける。


中にあったのは、錨の形をした装置ではなかった。


小さなリング。

金属の輪。

内側に、青い刻印。


丸い輪郭。中心に一本線。


同じ印。


私はその輪を持ち上げた。


ひやり、と指先が冷える。

それなのに胸の奥が熱い。


端末が、柱の裏で起動する。


《ANCHOR : STABILIZER》

《TARGET : O-M FLOW》

《FUNCTION : LIMITER / NOT A CURE》


治すな。

救うな。

止めろ。


さらに一行。


《PAUSE TIME : 0.83s》

《REASON : ONE “SHELF CYCLE” ONLY》


……0.83秒。


私はその数字を、見たことがある気がした。

“棚”の端で、何かを支える膜。

張り替えられる、ぎりぎりの時間。


長く止めれば、観測が追いつく。

長く止めれば、世界が介入する。

長く止めれば――彼は、別の形で壊れる。


だから、0.83秒だけ。


一回分の膜の張り替え。

一回分の“落ちる直前”を、保留する時間。


柱が続ける。


《USE WHEN : “HE BEGINS TO CHOOSE THE SHORT PATH”》

《TRIGGER : SELF-SACRIFICE INTENT》

《YOU MUST SPEAK.》


止めるだけじゃ足りない。

止めた0.83秒に、言葉を入れろ。


私はリングを握りしめた。


そのとき、影が初めて“音に近いノイズ”を落とした。


「……帰れ」


声じゃない。

でも意味だけが刺さる。


帰って、準備しろ。

近づくな。触れるな。

けれど――間に合え。


私は輪を胸に押し当て、立ち上がった。

影は道を開けるように、一歩だけ引いた。


私は走った。

戻るために。

“再会”のためじゃない。


“終わり方”を塞ぐために。

L-17で得た錨(Anchor)は、治療ではなく「自滅の選択肢を0.83秒だけ止める」ための制限具です。

0.83秒=“棚の膜”の一回分の更新窓。観測が追いつく前、世界が介入する前の、最小の猶予。

次の断章では、セラフは「その0.83秒に載せる言葉」を探しに行きます。

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