断章:セラフ―― 灰の旅路と、青い心臓 ――— The Ashen Journey and the Blue Heart —
〈断章:Seraph/Field Log〉
時刻:第一部終盤(第8章「無音の戦場」直後)
状態:世界=沈黙継続/E-09〈BLUE〉Fear安定化直後/Seraph 記憶復元率 低
注記:本ログは“再会”ではない。先回りの選択の記録である。
風は吹かない。
灰だけが降っている。
それでも世界は、どこかで――鳴ろうとしている。
私はその音を探して歩いていた。
探しているのは、彼の位置じゃない。
彼が折れる未来だ。
義肢の関節が、小さく鳴る。
この時代でいちばん確かなリズム。
人間の心臓より、正直な音。
「……ブルー」
名前を呼んでも返事はない。
返事がないことが、怖い。
怖いのに、足は止まらない。
無音の戦場で、彼は歩き出した。
――その瞬間だけ、世界に“最初の音”が戻った気がした。
でも、すぐに沈黙が増えた。
まるで誰かが、世界のどこかで――手を離したみたいに。
(……私は、何を忘れてる?)
思い出せないものは重い。
重いくせに形がない。
だから、どこにも置けない。
私は、灰の街をひとりで渡った。
ひとりで渡るしかない。
彼に会いに行けば、私は――近づいてしまうから。
近づけば、彼の中の“希望”に火を足す。
足せば、彼は短い道を選べる。
世界を軽くして、自分を落とす道を。
……だから、私が行くべきは彼の背中じゃない。
彼の前にある、別の道だ。
⸻
Ⅰ 灰の街に残る“合図”
廃ビルの谷間に、壊れた案内板が倒れていた。
塗装は剥げ、文字は読めない。
けれど、その板の裏に――薄い刻印が残っている。
丸い輪郭。
中心に、一本の縦線。
「……これ」
見覚えがある。
でも“どこで”見たのかは思い出せない。
義肢の指で触れた瞬間。
刻印は冷たいのに、胸の奥が熱くなった。
熱い、という言葉が正しいのかも分からない。
それでも――そうとしか言いようがない。
刻印の横に、煤で描かれた矢印があった。
誰かがここを通って、どこかへ向かった。
矢印の先を見上げると、遠くの空に、ほんの薄い青が滲んでいた。
(……青)
その瞬間、頭の中に――言葉が落ちた。
『希望なら、壁にぶつかる。
その時――探せ。』
声の主は分からない。
分からないのに、“博士”という単語だけが先に浮かんだ。
「……博士」
言った途端、喉がひりついた。
記憶を呼ぶ言葉は、いつも痛い。
私は矢印の方角へ歩き出した。
理由はひとつだけ。
――青が、そこにある。
それだけで十分だった。
⸻
Ⅱ 沈黙の下で、何かが“揺れている”
途中の街区で、私は妙なものを見た。
瓦礫の隙間に、青白い花がひとつ。
“共痛の花”に似ている。
でも、これは違う。
光が弱い。
脈が乱れている。
泣き止めない人の呼吸みたいだ。
近づくと、花の周囲の灰が、ほんの少しだけ湿っていた。
(……涙?)
そんなはずがない。
世界は乾いている。
人もいない。
泣くものなんて、もう残っていない。
それなのに、その花は“泣いた痕”を持っていた。
私は膝をつき、花に触れようとして――やめた。
触れたら壊れる気がした。
代わりに、花の近くに落ちていた金属片を拾う。
小さなプレート。端が焦げて、文字は半分だけ残っている。
《…-09 / …UE》
《…bit…》
《…Flow…》
読み取れる断片が、胸の内側で組み合わさる。
BLUE。
Heartbeat。
Emotion Flow。
(……彼は、まだ“鳴ってる”)
安心じゃない。
むしろ逆だ。
鳴っているということは――必死だ。
必死ということは――壊れそうだ。
私は立ち上がり、歩調を速めた。
追いつくためじゃない。
追い越すためだ。
彼の前にある“道”を、先に見つける。
⸻
Ⅲ 青い心臓と、“再会しない”合流点
川の跡みたいに割れた道路を越えた先で、私は立ち止まった。
ここから先は、風景が少しだけ違う。
瓦礫の並びが、誰かの通り道みたいに整っている。
……そして、胸の奥が鳴る。
(近い)
でも、見えない。
見えるはずの場所に、彼はいない。
代わりに、“痕”だけが残っていた。
焦げた金属片。
焼けた装甲の欠片。
そして灰の上に落ちた――青白い水滴みたいな跡。
(……泣いた痕?)
そんなはずがない。
けれど私は知っている。
この時代で泣けるものほど、壊れやすい。
私は金属片を拾い上げた。
また同じ断片が見える。
《…Flow…》
《…bit…》
(……やっぱり。彼は鳴ってる)
私は、振り返らない。
振り返ったら、足が止まる。
斜面の奥に、地下鉄の入口があった。
丸い輪郭。
中心に一本線。
その下に、三日月と点。
刻印。
――道の入口。
私は息を吸って、階段を降りた。
沈黙の底で、世界が小さく鳴った気がした。
この断章は、「無音の戦場」直後のセラフが“再会せず、別ルートへ行く”決断をする回です。
ブルーを助けるために近づかない。代わりに、折れる未来のほうへ先回りする。
刻印(三日月と点)は、そのための導線として示されています。




