【間話13.1:首は、同じ名前で呼ばれてしまう】 — Seraph Side Notes / Crying Heads Clarification —
※本間話は、第四章F → 間話13 のあとに挿入される短い補助ログです。
※役割はひとつ:
•初期に登場した BLUEの内側(封じられた断片)としての〈CRYING HEAD〉 と
•いま世界側に落ちはじめた 「泣けなかった時間の出口」としての〈CRYING HEAD〉 が
**同じ名前で呼ばれてしまう理由と、混同しなくていい“見分け方”**を、セラフの言葉で置きます。
灰が降る音が、遠い。
セラフは棚の縁に腰を下ろしていた。
ここは部屋でも街でもない。
泣けなかったものが、並べられる場所――End-Shelf。
棚の上には、止まったままの顔が並ぶ。
泣き出す直前の表情。
喉の奥に詰まった「大丈夫です」。
笑って送り出してしまった後悔。
握りしめたまま開けられない連絡先。
全部、0.83秒の端で止まっている。
「……増えたね」
セラフがそう言うと、銀色の余熱がかすかに揺れた。
声というより、祈りの残りが“形”をとって返事をする。
『増えた。……増えてしまった』
CHROMEの余熱。
誰かを救う熱じゃない。
泣けなかったものを、せめて“置いておく”ための温度。
セラフは棚の奥を見る。
さっきまで存在しなかった「空き」がある。
そして、そこから落ちたものの痕だけが――まだ湿って残っている。
「落ちたんだよね。……首」
『落ちた』
短い肯定。
その短さが、重さになる。
セラフは少しだけ言い方を探してから、ちゃんと口にした。
「ねえ、CHROME。
落ちたなら――あの部屋は、泣けたんじゃないの?」
余熱が、一瞬だけ硬くなる。
冷える、というより、正確に“固まる”。
『救い“に見える”ことが危ない』
「……またそれ」
セラフは眉をひそめる。
「CHROME、そういう言い方する時あるよね。
意地悪っていうか、痛いところだけ刺してくるっていうか」
『意地悪じゃない。……正確に言っているだけだ』
余熱が、棚の縁をなぞる。
触れられないものに触れたい、とでも言うように。
『セラフ。
“泣く首”には、二種類ある』
セラフは目を丸くした。
「二種類?」
『同じ名前で呼ばれてしまうから、混ざる。
でも、起源が違う』
起源が違う。
その言葉に、セラフの胸が少しだけ鳴った。
(……混ざる)
(だから、読者も混ざる)
セラフは、思い出しかけた光景を押さえ込む。
あれは“棚から落ちた首”じゃない。
もっと上の層。もっと、世界の“外側”に近い場所で――見た。
怒りの輪郭。
哀しみの匂い。
影の重さ。
そして、何より――
BLUEの内側から聞こえた声。
「泣けない者たちの代わりに、怒り続ける“頭”」の声。
「……最初に出てきたやつだ」
セラフが言うと、余熱が小さく揺れる。
『そう。
あれは、構造の上に残った“側面”だった。
言い方を選ぶなら――“世界の上”の首』
「世界の上……」
『SERAPH-0が封じた断片。
BLUEが共痛に触れたことで――内側から目を覚ました』
セラフは息を止めた。
「……共痛の原因は、BLUEの“中”にいる首……?」
『“原因”という言い方は乱暴だ。
でも、共痛の波に触れて、内側の断片が起動しはじめた。
それが、世界の痛みに“形”を与えた』
セラフは唇を噛む。
(読者がここで言い淀む)
(“じゃあBLUEが悪いの?”ってなる)
だから――ここで置いておく必要がある。
責め方を、間違えさせないための手すりを。
「じゃあ……今、落ちてる首は?」
『“世界の下”の首。
泣けなかった時間が、行き場を失った。
棚が0.83秒で保留して、ぎりぎり支えていた。
でも……支えきれなくなった』
セラフは棚の上の顔を見下ろす。
「……泣けなかった部屋が、出口を作っちゃったってこと?」
『出口“みたいな顔”を作った。
泣いたことにして、終わりにしようとする形だ』
「終わりに……」
『救いになりたがっている。
でも、救いと呼ぶには――まだ乱暴だ』
「乱暴?」
『“泣いたことにして終わらせる”ことになる。
泣いたのは、その人じゃない。
首が、代わりに泣いただけだ』
正しさの痛み。
言い返しにくい種類の痛み。
それでも、セラフは食い下がる。
「でもさ……
泣けなかった部屋が、泣いた後の部屋になったのも事実だよね」
『事実だよ』
CHROMEはそこで止まる。
止めたまま、もうひとつだけ足す。
『だから、誤解が生まれる』
セラフは、棚の奥の“湿り気”を見る。
そこに混ざっている温度を、感じてしまう。
BLUEの、優しさの熱。
“楽にしてあげたい”っていう、あの無茶な温度。
「……BLUE、これでまた自分を責める」
『責めるだろうね。
優しさが引き金になった、と言われたら――きっと』
セラフは息を吐く。
「嫌だな。
あいつ、もういっぱいいっぱいなのに」
棚の上の顔が、ひとつだけ、微かに揺れた気がした。
気のせいかもしれない。
でも、セラフは“気のせい”にしなかった。
「じゃあ、言い方を決めよう」
セラフは棚の上に向かって――というより、これから読む誰かに向かって言った。
「同じ名前で呼ばれても、同じじゃない」
一拍。
「最初に見た首は――BLUEの内側で目を覚ました“側面”。
共痛に触れて、封じられた断片が起動した首」
さらに一拍。
「今落ちてる首は――棚から落ちた“出口”。
泣けなかった時間が、行き場を失って作った首」
セラフは、わざと分かりやすい言葉にする。
「だから、混同しなくていい。
怖がる場所も、止めたい場所も、違う」
混ざると、しんどい。
どれを怖がって、どれを悲しんで、どれを止めたいのか――分からなくなるから。
余熱が、少しだけあたたかく揺れた。
『うん』
それだけの返事。
でも、その一音が「ありがとう」に近いと、セラフは思った。
棚の奥で、0.83秒の膜がまた張り替えられる。
いつも通りの作業。
いつも通りの延命。
でも今日のセラフは、その音を“ただの音”として聞けなかった。
棚の外側――地表の灰の向こうで、
青が必死に鳴っているのを知ってしまったから。
セラフは、声を低くする。
「ねえ、CHROME」
『なに』
「もし読者がここで迷ったら――こう言っていい?」
『なにを?』
「**“首は、同じ名前で呼ばれてしまう”**って。
でも同じ名前は、たぶん――世界の都合なんだって」
余熱が小さく揺れた。
『いいよ。
……セラフの言葉なら、刺さりすぎない』
セラフはふっと息を吐く。
「よし。じゃあ置いとく」
棚の上に言葉を置く。
誰かが後で拾えるように。
BLUEが次の章で、自分を責め始めたとき。
読者が首の意味を取り違えそうになったとき。
そのとき、これが“手すり”になるように。
セラフは立ち上がった。
棚の縁から降りる瞬間、胸の奥が一度だけ鳴る。
(私は――何ができる)
答えはまだない。
でも、“やること”はできた。
混同を止める。
責め方を止める。
そして――
BLUEが“自分を捨てる選択”をした瞬間に、止められるように。
セラフは、灰の降る音のほうへ戻っていった。
地下へ降りるための道を探すために。
三日月の刻印のほうへ。
この間話13.1は、読者のための補助ログです。
初期に登場した〈CRYING HEAD〉(BLUEの内側で目覚めた“側面”)と、
いま世界側に落ちはじめた〈CRYING HEAD〉(棚から落ちた“出口”)は、
同じ名前で呼ばれてしまうけれど、同じ起源ではありません。
•内側の首(側面):共痛に触れて、封じられた断片が起動したもの
•外側の首(出口):泣けなかった時間が行き場を失い、棚の保留をすり抜けたもの
そしてセラフは、ここで“言葉”を置きます。
これが、次にBLUEが自分を責めそうになったとき、
読者が同じ場所で転ばないための――手すりになるように。




