天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました
第1話
“幸運を運ぶ手芸品を作った<謎の天才手芸家>は名乗り出よ。証拠となる手芸品を持ち、ビルンナ小国の宮廷を訪れるがいい。虚偽の申し出をした者は厳しく罰する”
この御触れが出てから、一週間後のことでした。私は公爵令嬢モニカ様が主催した手芸会に、付き合いで参加していました。黙々と針を動かしていると、モニカ様の取り巻きのひとりが口を開きました。
「ねぇ、訊いてもよろしいかしら? 謎の天才手芸家の正体は、モニカ様ではないのですか? あれほどの作品を作れる手芸家は、モニカ様しかいませんわ」
「私もそう思っていたところです」
「私も同じ考えですわ」
するとモニカ様は嬉しそうに微笑み、答えました。
「――ええ、実は私が天才手芸家なのよ」
それを聞いた途端、私は縫っていた人形を落してしまいました。しかしモニカ様に注目が集まっていたため、私の動揺に気付く者はいません。
「まあ! やはりそうでしたのね! でもなぜ隠していたのですか? 孤児院や治療院に手芸品を送ることは慈善行為なのですから、名を明かせばよかったのに」
「公爵令嬢の私が名を明かしたら、恐縮されるでしょう? 平民にも気軽に受け取ってもらいたくて、匿名で送っていたのよ」
いえ、違います。私は目立つのが嫌いなのです。だから匿名だったのです。
「モニカ様はお優しいのですね。それにしても、孤児院へ送った熊のぬいぐるみは、子供達の喘息を止める奇跡を起こしたそうですね? やはり魔法ですか?」
「魔法だなんて大袈裟ね。私は孤児のことを思って祈りを込めただけよ」
いえ、違います。私は意図的に【喘息止め】の加護をぬいぐるみへ付与しました。
「祈りで奇跡を起こすなんて、聖女のようですわ! 宮廷に飾られている女神のタペストリーはまだ奇跡を起こしていませんが、それにも祈りを込められたのですか?」
「あれに祈りは込めてないわ。宮廷人に芸術を知ってもらいたくて送ったの」
いえ、違います。私はタペストリーに【思慮深さ】の加護を付与し、議事堂へ飾るよう手紙で指示しました。しかし国王が宮廷の隅に飾ったので、効果を発揮していないだけなのです。
それはそうとして……こんなにも嘘が吐けるだなんて、逆に尊敬してしまいます。モニカ様というお方は、嘘を吐いていないと死んでしまうのでしょうか。
「素晴らしいですわ! 憧れのモニカ様が、天才手芸家だったなんて! このことを国王陛下が知ったら、喜ばれるに違いありませんわよ!」
「あら? 国王陛下はすでにご存知よ?」
そこで私は人形を縫う手を止め、モニカ様に尋ねました。
「モニカ様、証拠品を持って宮廷へ申し出たのですか?」
「その通りよ。ええと、あなたは伯爵の……誰でしたかしら?」
「ヴィオラと申します。それで、国王陛下はお認めになられたのですか?」
「勿論よ。近々、国中へ発表するそうよ」
私は驚愕のあまり目を丸くしました。加護のない手芸品が、しかもモニカ様のような未熟な作り手の手芸品が、私の手芸品と同一であると認められた……――
信じられません。信じたくありません。少しだけ気が遠くなりました。
「――お嬢様、隣国ネッシーレからの使者が面会を求めております」
その時、公爵家の執事が来客を告げました。モニカ様はしばらく執事と話し込み、その使者を部屋へ通すよう指示します。
そして数分後、思わず息を飲むような美青年が現れました。銀から青へと色を変える美髪、銀細工のような冷たい瞳、彫像を思わせる顔立ち……その美しさは彼の誇り高さから生まれている、そんな印象を受けるほど凛とした男性でした。
「まぁ……何て綺麗なお方……」
「素敵だわ……お近付きになりたい……」
令嬢達が熱視線を送りますが、美青年は微動だにしません。やがて一礼すると、彼は口を開きました。
「折角の手芸会を中断させてしまい、申し訳ありません。私は隣国より遣わされたスカウトマンのエヴァンと申します。本日は、このビルンナ小国の天才手芸家を我が国へスカウトするためにやってきました」
すると令嬢達は一斉にモニカ様を見ました。彼女はうっとりとした眼差しでエヴァン様を見詰めています。
「まあ、私を迎えに来てくれたの? 隣国ネッシーレはとても栄えている国だから、あなた次第では行ってあげても……」
しかしエヴァン様はモニカ様を無視して、こちらへ歩いてきました。そして恭しく足元に跪くと、私を見上げて断言したのです。
「天才手芸家はあなたですね。伯爵ヴィオラ・コフィ様――」
その発言に、手芸会に参加していた全員が凍り付きました。
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第2話
「天才手芸家はあなたですね。伯爵ヴィオラ・コフィ様――」
エヴァン様がそう断言すると、モニカ様が憤然と立ち上がりました。
「馬鹿なことを言わないでッ! 天才手芸家はこの私よッ! そんな髪をひっつめて片眼鏡を着けた芋女……天才手芸家な訳ないでしょうッ!」
モニカ様は激怒しながら、私の容姿をなじりました。センスのない芋女には、洗練された手芸品は作れないと言いたいようです。
確かに、私は髪を纏めてバレッタで留めていますが、これには【完全防御】の加護があるのです。さらに片眼鏡も着けていますが、これは【情報表示】の加護ありです。まあ、情報表示すると結構うるさいため、普段は加護をオフにしていますが。
「ほらッ! 芋女も、そうだと言いなさいよッ! ふうっ……ふうっ……!」
どうやらモニカ様は怒りのあまり呼吸を乱しているようです。しかしエヴァン様は冷静そのもので、事実を淡々と告げていきます。
「ネッシーレ国は調査を重ね、ヴィオラ様が天才手芸家だと確信致しました」
「その調査って……私のことも調査したのでしょうね……!?」
「勿論です。しかしモニカ様はすぐに候補から外れました」
「な……何ですって……!?」
そしてエヴァン様は慇懃に語ります。
「モニカ様の手芸品はあまり丁寧に作られていない上、基礎的な部分でミスを犯しています。しかもあなたの手芸品には、邪悪な気配を発するものがいくつか含まれていました。もしかして呪いをかけましたか?」
「そ、そんな訳ないでしょッ……!? 何を言っているのッ……!?」
「申し訳ありません。少々気になったもので」
否定の言葉とは裏腹に、モニカ様は動揺しています。エヴァン様は、そんな相手に頭を下げると、話を戻しました。
「兎に角、モニカ様の手芸品は未熟です。しかし天才手芸家の手芸品は非常に丁寧な作りで、基礎は完璧なのです。そしてヴィオラ様の手芸品も、同じように丁寧で完璧な作りでした。これは、天才手芸家の作品と一致します」
その言葉を聞くことができて、救われました。エヴァン様、調査員様、私の手芸を認めて下さって、ありがとうございます――と、心の中で感謝します。私は常に冷静ですが、手芸のことになると少しだけ興奮しやすくなってしまうのです。
一方、モニカ様は顔を真っ赤にして怒り狂いました。
「出ていってッ! 二人共、出ていきなさいッ! 私はねぇ、このビルンナ小国から正式に認められたのよッ! 誰よりも手芸が上手いんだからぁッ!」
私は席を立ち、荷物を持って扉へ向かいます。するとエヴァン様も私に続きました。一方、モニカ様はまだ怒っているようで、嫌味を吐いていました。
「せいぜい隣国で紛い物の手芸品を作るがいいわ! もし国王陛下があなたの手芸品を見ても、絶対に認めることはないでしょう! 国王陛下はね、私のことを実の娘のように可愛がってくれるんだからね!」
国王と仲が良いのですね。しかしあの国王は胡散臭いので、あまり関わりたくないと思っています。だから名乗り出なかったのです。
「大嫌い! アンタみたいな芋女……大嫌いなんだから!」
モニカ様はまるで幼子のように感情を露わにします。そうですか。モニカ様がそのレベルなら、私も同レベルまで降りて差し上げましょう。
「私も同じです」
「……何ですって?」
「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」
そして私はエヴァン様と共に、部屋を出ました。扉の向こう側から怒声が響いてきますが、無視して歩きます。
「……くっ……くはは!」
その時、エヴァン様が歩きながら吹き出しました。
「公爵令嬢と国王が大嫌い、か……。不敬罪を恐れず、よく言ったものだ……。確かに俺も、さっきの女とこの国の王は嫌いだが……くくく……」
あら? さっきと一人称が違うのですが?
笑いを堪える相手を見詰め、片眼鏡の【情報表示】の加護をオンにします。直後、あらゆる情報がレンズに表示されました。なになに……このお方は、ネッシーレ国の第一王子エヴァン……? スカウトマンではない……?
「あなたは、ネッシーレ国の王子なのですか?」
私がそう尋ねると、エヴァン様は微笑みました。
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第3話
隣国の王子であることを看破すると――エヴァン様は微笑みました。
「流石だ。天才手芸家の域を超えているな」
「私がただの天才手芸家ではないとご存知で?」
するとエヴァン様は美しい瞳を光らせ、私の正体を口にしようとしました。
「ああ、知っている。伯爵ヴィオラの正体は――……」
エヴァン様はそう言いかけて、口を閉じます。そして私の肩を抱くと、歩みを速めながら耳元で囁きました。
「……すまない。つい気分が高揚してしまい、君の正体を公爵家の屋敷内で口にするところだった。すぐに馬車へ向かおう」
「お気遣い感謝致します。しかしそんなに喜んでいただけるとは」
「ああ。俺は君をスカウトできたことが、思っていた以上に嬉しかったようだ」
そして私達は公爵家を出て、馬車に乗り込みました。
「このまま竜車の搭乗口へ急ぐ。三時間後にはネッシーレ国だ。爵位は返上、屋敷と土地は売却、財産は我が国の銀行口座へ移すだろう? 委任状にサインをくれるか?」
「勿論です。至れり尽くせりですね」
私に家族も友人も恋人もいないことは、調査済みなのでしょう。やがてサインを終えた頃、馬車が停まりました。そのまま竜車に乗り込みむと、座席に腰かけたエヴァン様がぽつりと呟きます。
「……レアスキル【アミュレットマスター】の持ち主。それが君の正体だ。この世界に数人だけしかいないスキル頂点者。だからこそ君は手芸品に加護を付与できる」
「仰る通りです。それで、私に何を頼むつもりなのでしょうか?」
「話が早い。このままだと、俺は君を益々好きになる」
「左様ですか」
するとエヴァン様は困ったように眉尻を下げました。
「君、本当に十六歳の少女か? 中身は高齢女性じゃないのか?」
「私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化しております。ですので、肉体年齢よりもわずかに精神年齢の方が高いかと」
「わずかに……じゃないだろう?」
「わずかにです」
エヴァン様はふっと笑い、本題に入りました。
「君には、ネッシーレ王家専属の手芸家になってもらいたい。そして王家から仕事を受けてほしいのだ。すでにいくつか依頼があるが、聞いてくれるか?」
「どのような依頼でしょう」
実は、内心では面倒臭いなぁと思っておりました。こういうのが嫌だったから匿名だったのですよね。しかし匿名でいたからこそ、モニカ様のような馬鹿が調子に乗ったのです。今後はきちんと名前を出し、功績も責任も受け取ることに致しましょう。
「依頼者はブフル国のモハメド国王だ。この国では、二十年ごとに国王が呪いにより亡くなっている。そして今年がその二十年目らしい」
「つまり呪いを解き、モハメド様の命を守ってほしい、と」
「天才手芸家の仕事の域を超えているが、できるか?」
私はそこで初めて笑みを見せました。エヴァン様が目を見開き、息を飲みます。
「可能です」
「そうか、楽しみにしている。俺はしばらく眠るが、構わないか?」
「ええ、お邪魔は致しません」
そして五時間後――竜車はブフル国へ辿り着きました。
「……おい? 俺達はなぜブフル国にいるのだ?」
「エヴァン様が眠っている間に、行き先へ変更しました」
「調査をする気なのか? それならそうと言ってくれれば――」
そんな会話をしながら、砂漠の国へ降り立ちます。ブフル国は魔石の産地で、非常にお金持ちな国です。魔石で成功した人物のことを、魔石王と呼んだりもします。
すると黄緑色の美しい羽虫が、エヴァン様の肩に留まりました。
「天然記念物の虫がいるな……」
「可愛いですね。ほら、お菓子をお食べ」
私は、ビスケットの欠片を虫に差し出します。すると虫は美味しそうにビスケットを食べ始めました。
「それでは、モハメド国王の元へ挨拶に行くか。調査はその後だ」
「いえ、国王へ【魔除け】の加護ありネックレスを渡せば、依頼達成です」
「……何? 依頼達成だと?」
エヴァン様は私を振り返り、怪訝そうに眉を顰めます。どうやら彼は私の実力を見くびっているようですね。
「五時間あったのですよ? 私が窓の外を眺めて時間を潰していたとお思いですか?」
「では……ずっと仕事をしていたというのか……?」
「ええ。もう呪いは解けたも同然です――」
さて、お代はいかほど頂けるのでしょうか?
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第4話 モニカ視点
ヴィオラが隣国へ渡ってから、三日後のことよ。ビルンナ小国は、この私が<謎の天才手芸家>であると公表した。
「もう! 国王陛下ぁ! 公表するのが遅いですってばぁ!」
「ふふふ……モニカは怒った顔も可愛らしいなぁ……」
「だって私は国王陛下のペットですもの!」
王都から離れた街の高級宿にて、私達は逢瀬を重ねていた。国王陛下は、美しさと可愛さを兼ね備えた私のことが大好き。だからどんなお願いだって叶えてくれるの。ハゲデブおっさんと肌を合わせるのは嫌だけど、とても便利よね。
やがて事を終えると、国王陛下は葉巻に火を点けながら呟いたわ。
「それにしても、幸運を運ぶ手芸品か。そんなものある訳ないのにな」
「そもそも<謎の天才手芸家>自体が存在しないのですわ」
そう、それが真実――私は、天才手芸家なんて存在しないと思ってる。偶然、持ち主に幸運を運んだいくつかの作品が、誰か一人の作品だと思われてるだけ。だから手芸の先駆者である私が、天才手芸家の正体として相応しいの。ヴィオラはカスよ。
しかし……あのエヴァンという美貌のスカウトマン……許せないわ。
あの後、私は何度も空想した。エヴァンが血相を変えて戻ってきて、「ヴィオラは偽者でした! やはりモニカ様が天才手芸家です!」って叫ぶ場面を。そして彼は私の前に跪いて、許しを請うの。やがて私からの愛情も欲するようになり、どんな命令にも従う奴隷となる……最高の空想だったわ。
でもそれが現実となる日は近いはずよ。今頃、ヴィオラは化けの皮が剥がれているに違いないわ。きっと空想した通り、エヴァンは血相を変えて戻ってくるの。そして私だけの愛の奴隷になるのよ。そしたら、公爵家で飼ってあげる。
「どうした? 今夜は随分と機嫌がいいのだな?」
「うふふ……国王陛下とお会いできたことが嬉しくてぇ……」
私はハゲデブおっさんの太鼓腹を優しく撫でる。本当は、エヴァンの引き締まった肉体を弄びたい。でも私が幸せに生きていくには、こうするしかないの。
早く……早く私の元へ戻ってきなさい……エヴァン……――
翌日、私は手芸品の最終チェックを行っていた。これらはオークションに出品し、貴族達に競ってもらうのよ。私は<謎の天才手芸家>だもの。きっと手芸品は高値で落札されるに違いないわ。もしかしたら、たった数時間で国一番のお金持ちになったりして……うふふ。
その時、国王陛下がお忍びで使う伝令者がやってきた。そして“すぐに宮廷を訪れてほしい”と告げていったわ。
「……何かあったのかしら?」
でも私は少しも心配していない。きっと喜ばしい出来事があったに違いないのよ。だってこの私が<謎の天才手芸家>だと判明したのよ? 喜ばしい知らせは、喜ばしい出来事を呼ぶんだから! おめかしして行きましょう!
そして私はゆっくりと準備し、宮廷へ向かった。
「……遅い。貴様、何をしておったのだ」
「申し訳ありません、国王陛下」
「ふん、愚図が」
あら……? おかしいわね……?
優しいはずの国王陛下がこんなにも冷たいなんて、どうしたの? 機嫌でも悪いのかしら? 王妃殿下と喧嘩でもしたの? そんな私の心配をよそに、国王陛下は苛々とした様子で言った。
「それでは、本題に入る。天才手芸家は存在した」
「はい、ここにおります」
「……違う! 貴様ではない!」
「え?」
そして国王陛下は恐ろしい表情で、告げた。
「ヴィオラ・コフィ――あいつが<謎の天才手芸家>だったのだ。儂は、大金を生む国民を隣国へと逃がしてしまった。それもこれも、全て貴様の所為だぞ、モニカ」
「な……何ですって……? 何があったのですか……?」
「黙れ黙れッ! 貴様は口を開くでないッ!」
国王陛下は杖を激しく突き鳴らし、怒りを隠そうともしない。
何なの、こいつ……? そしてヴィオラが<謎の天才手芸家>だなんて、一体何が起きたというの……?
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第5話
ブフル国の宮殿にて――私はモハメド様へ向けて話し始めました。
「それでは、呪いについて説明致します。ブフル国の建国者は神の怒りに触れ、無数の虫として生き続ける呪いを受けました。小さな虫となった創建者は悪さをすることができません。しかしその虫は二十年に一度大量発生し、強力な魔力を持った個体を生むのです。その個体に噛まれると、呪われて死に至る。そういった仕組みです」
モハメド様は絶句しています。エヴァン様は心配そうに尋ねてきます。
「それは確かな情報か? 君はいつの間にそんなことを調べたのだ?」
「エレメンタルという人間よりも下位の存在である霊体をご存知でしょうか。私は、そのエレメンタルを使役できる加護ありの指輪を嵌めています」
「まさか、そのエレメンタルに調べさせたのか?」
「はい。私の左側の耳飾りは霊体の声を聞くことができる加護ありです」
エヴァン様は納得したように頷き、さらに尋ねました。
「しかし虫はどうする? まだ駆除していないだろう?」
「今していますよ。もう種は撒きました」
「何だと……?」
私はビスケットを取り出します。
「先ほど、建国者である虫に【浄化】と【伝染】の加護を重ね付けしたビスケットを食べさせました。その虫が同じ種類の虫と接触すると、浄化が伝染し、そのうち完全に無害化します。建国者が姿を変えられた虫とは、あの天然記念物の虫なのです」
そして私は【魔除け】の加護を付与した自作ネックレスを取り出しました。
「これは虫が完全に浄化されるまでのお守りです。肌身離さず着けてさえいれば、虫に噛まれることはありません。どうぞ」
モハメド様はそれを受け取り、首にかけます。そして不安そうに尋ねてきました。
「これで……私は死ななくて済むのか……?」
「はい。虫が浄化されれば、死の危険は消えます」
「本当か……? その証拠はあるのか……?」
「ええ、もうすぐいらっしゃいます」
「誰がだ……?」
突如として宮殿が闇に包まれました。遠くから足音が聞こえてきます。やがて巨大な骸骨が姿を現すと、エヴァン様とモハメド様が身構えました。
「あなたが、ブフル国を守護する暗黒神ですね?」
『ヴィオラ……建国者を浄化してくれたことを感謝する……。彼奴を虫に変えたのが最高神であったため、従神である我は手出しできなかったのだ……。さあ、何なりと申せ……褒美を与える……』
「いえ、私は大したことはしておりません。しかし褒美を頂けるのなら、私の仕事が確かなものだと証明してほしいのです」
『その望み、聞き入れよう……』
その直後、ひたひたと足音が響きました。それはこちらへ近付いてきて、モハメド様そっくりの男性二人が姿を現したのです。
「あ、あなたは……呪いで亡くなったお父様! それに、お祖父様ですか!?」
モハメド様が問うと、二人の男性はにっこりと微笑んで頷きました。そして「呪いは解かれるだろう」と言い残すと、暗黒神と共に消え去ったのです。いつしか宮殿には、太陽の日差しが戻っていました。
「……ヴィオラ様、感謝します……」
「モハメド様、私の仕事をお認め下さいますか?」
「勿論です。今すぐこのネックレスを買い取らせて下さい」
そう申し出ると、モハメド様は小切手に金額を書き込んで渡してきました。そこには“五十兆ルレ”という金額が書かれてあります。それを目にしたエヴァン様は、口元を綻ばせました。
「……なるほど、五十兆ルレか。ビルンナ小国の通貨に換算すれば、約五百兆ゼベ。これはビルンナ小国の国家予算を遥かに上回る金額だ。まさに桁違いの報酬だな」
まあ、何て太っ腹なのでしょう。流石、お金持ちの国の王様は違いますね。
「こんなに頂いて、よろしいのですか?」
「ヴィオラ様は私だけでなく、未来の国王も救って下さいました。この金額は私達の命の値段です。どうぞお受け取り下さい」
「では、遠慮なく頂戴します」
私は満面の笑みを浮かべ、小切手を鞄へ仕舞います。エヴァン様はそんな私を眺めつつ悩まし気に独り言を呟いておりました。物凄い小声でしたが、【集音】の加護がある右側の耳飾りのお陰で、バッチリ聞こえます。
「これが【アミュレットマスター】の力か……素晴らしい。このままでは、俺はヴィオラの魅力から目を離せなくなる……いや、すでにそうなっているのか……――」
あら? ようやく私の実力を認めて下さったようですね?
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第6話 モニカ視点
隣国へ渡ったヴィオラこそが<謎の天才手芸家>だった――国王陛下はそう告げて、怒り狂っている。
「いいかッ! よく聞けッ! 今朝、ブフル国より知らせが届いたッ! その知らせとは“モハメド様が、ビルンナ小国の天才手芸家ヴィオラより手芸品を買い取った。その価格は五十兆ルレ”というものだッ!」
その金額を聞いた途端、私は固まった。えっと……五十兆ルレって、大金よね? この国のお金だったら、いくらなのかしら? 私が首を傾げていると、国王陛下が睨みを利かせた。
「貴様、まさか儂の言葉を理解していないのか? 五十兆ルレとは、我が国の通貨に換算すると、約五百兆ゼベ。その金額は、ビルンナ小国の国家予算を超える」
「えッ!? 国家予算ッ!?」
金槌で頭を殴られたような衝撃を受ける。
五百兆ゼベ……国家予算……まさか……手芸品に……そんな値段が……――
「ふん、ようやく事態の深刻さに気付いたか。お前ではなく、ヴィオラを天才手芸家として認めて仕事をさせていたら、儂の懐に五百兆ゼベが転がり込んできたかもしれぬのだぞ? お前はこの儂に、どれほどの損をさせたのだ?」
「も……申し訳ありません……国王陛下……」
「黙れ。汚らわしい雌猫よ」
国王陛下が合図をすると、すぐに兵士が飛んできた。そして私を羽交い絞めにして、ずるずる引き摺っていく。
「な、何をするの……!? 離して……!?」
「抵抗すれば罪が増えるぞ。これより公爵令嬢モニカは偽者だと公表し、嘘吐き女の刑に処す。その汚らわしい口に轡をつけて、王都中を歩くがいい」
「そんな……! 嘘吐き女の刑だなんて……――」
それって途轍もなく屈辱的な刑罰じゃない!? 確か……鉄製の轡を嵌めて、街を練り歩くのよね……? すると街中の人から、罵声を浴びせられて、邪魔にされて、石を投げられて軽蔑されるのよ……! そんなの嫌ッ! 助けてッ!
「国王陛下ッ! 助けて下さいッ! お願いしますッ!」
「口を閉じろと言っておるのだがな。雌猫には分からぬか?」
ここで引き下がっちゃダメ! どうにか、どうにかしないと……――
「そ……そうだッ! 国王陛下ッ! 私に提案がありますッ! 今から隣国を訪問し、ヴィオラに謝罪しましょうッ! そして我が国へ戻ってきてもらいましょうッ!」
「謝罪だと? ヴィオラが、それで許すのか?」
「はいッ! ヴィオラは、国王陛下を心から尊敬していると申しておりましたッ! それに加え、公爵令嬢の私からも謝罪を受けたら、大喜びするに違いありませんッ! きっと自らビルンナ小国へ戻ると、申し出るはずですッ!」
「なるほど……謝罪か……」
「行きましょう! ネッシーレ国へ!」
国王陛下はしばらく考え、そして兵士を下がらせた。やったわ……! これで刑罰を免れたわ……! 嘘吐き女の刑なんて絶対に嫌だったもの……!
「よし、分かった。モニカの提案を受け入れよう」
「はい! 陛下! 愛しております!」
「ふん。それでは、隣国へ参るぞ」
こうして私と国王陛下は王家専用竜車に乗り、隣国ネッシーレへ向かうことになった。ハゲデブおっさんはすっかり機嫌を直し、ニマニマと笑っている。きっとヴィオラが戻ってくると確信しているのよ。一方、私は飛行時間を利用して、かぎ針で人形を編んでいた。
「モニカ、何を編んでいるのだ?」
「ヴィオラへのプレゼントです。これを渡せば、きっと喜びます」
「ほう……プレゼントを渡すとは……やはりモニカは優しいのだな……」
「うふふ、幸せになぁれって願いを込めて編んでますぅ」
そんな訳ないでしょ? 呪いを込めて編んでいるのよ?
実は……私の母方の祖母は裏家業として呪術師をやっていた。母は呪術師である祖母から呪いの技法を継承し、そして私も母からその技法を継承した。つまり私は強力な呪いが使えるってこと。普段は気に入らない奴にプレゼントと称して呪物を贈っていたけど、今回は憎きヴィオラに贈ってやるわ。
私はドジを踏むような馬鹿じゃない。だから絶対にバレないように遅効性の呪いを仕込むの。そしてあいつがプレゼントの箱を開けたら、呪いが噴射される仕組みにしてやる。しかもその効果は最凶最悪……あいつは私の呪いによって奴隷になるのよ!
微笑みながら呪物を作り続ける。すると国王陛下が私の太腿に手を置いた。
「くくく……モニカはまだ儂が好きか……?」
「はい! 国王陛下が大好きです!」
「やはりそうか。可愛いのう」
くそッ! いつかハゲデブおっさんにも、呪いを喰らわせてやるッ! だけど、その前にヴィオラを壊してやるわッ! そしてついでにエヴァンを手に入れるッ!
ネッシーレ国に到着するのが待ち遠しいわね――!
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第7話
ブフル国を離れた後――
私はエヴァン様に頼み、他国の依頼も達成しました。そしてビルンナ小国を発ってから四日後、ようやくネッシーレ国へ到着したのです。国王陛下と王妃殿下、大臣達が整列して私を出迎えてくれます。
「ヴィオラ・コフィ殿ッ! ネッシーレ国へようこそおいで下さいましたッ!」
私はお辞儀をして謝辞を述べると、エヴァン様に耳打ちします。
「随分と歓迎して下さるのですね?」
「当然だ。君は国の宝となる。さあ、宮廷で歓迎パーティだ」
そして宮廷へ辿り着くと、私はドレスに着替えさせられました。解かれた髪はコテで緩く巻かれ、薄化粧だった顔も丁寧に化粧されます。バレッタや耳飾りや指輪などは外されてしまいましたが、片眼鏡と太腿に巻いたリボンは死守しました。この国が安全な場所だとしても、油断はできません。
やがて宮廷の広間に案内されると、エヴァン様が迎えてくれました。
「……ヴィオラ、何と美しい……」
エヴァン様は目を見開いて、立ち尽くしています。そんな彼も上質なタキシードを着こなし、凛とした美貌がより一層深まっていました。
「お褒めに預かり、光栄です」
お辞儀をしてエヴァン様を見ると、熱の籠った瞳に射抜かれました。もし私の精神年齢が十六歳のままだったら、一瞬で恋に落ちたはずです。まあ、【精神力強化】と【冷静沈着】の加護ありリボンが太腿に巻いてあるので、恋に落ちてはいませんが。
表情を崩さずに見返していると、エヴァン様が悲し気に目を逸らしました。私達の間に気まずい空気が流れた時、国王陛下がやってきました。
「ヴィオラ様、ネッシーレ国の一員となって下さったこと、心より感謝致します」
「こちらこそ感謝致します。ですが、私に敬称を使う必要はございません」
「そうですか……では、ヴィオラ。あなたには、公爵の爵位を授けます。できれば、この宮廷に住んで頂きたい。しかしそれがお嫌なら、屋敷を用意しますが――」
その時、背後から大声が聞こえました。
「か、勝手に入られては困ります……! 今すぐお戻り下さい……!」
「黙れ。儂はビルンナ小国の王であるぞ」
「私は公爵令嬢よ。失礼な態度を改めなさい」
広間の入口には、ビルンナ小国の王とモニカ様が立っていました。やがて二人は私の存在に気付き、笑いながら近付いてきます。
「ははは、ヴィオラ。この儂が来てやったぞ」
「まあ、ヴィオラ! 久しぶりね!」
ビルンナ国王は馴れ馴れしく私の肩へ手を伸ばします。しかしその時、エヴァン様がその手を阻みました。
「……ビルンナの王よ。あなたをパーティに招いた覚えはないが?」
「貴様、ネッシーレの王子かッ!? この手を放すがいいッ!」
「お断りします。ヴィオラに気安く触るのはやめて頂きたい」
先ほど冷たい態度を取られたにも拘わらず、エヴァン様は私を気遣ってくれます。客観的に見ても、彼はとても紳士的です。しかし精神面を強化している私への気遣いは不要なのでした。
「エヴァン様、私は平気です。ビルンナ国王陛下、モニカ様、どういったご用事で、私を訪ねてきたのですか?」
「おお、ヴィオラ……! やはり儂を尊敬しておるのだな……!」
「ほら! 言ったじゃありませんか!」
そして二人は笑いながら謝罪しました。
「ヴィオラ、すまなかった! お前が天才手芸作家だ!」
「そうよ! 手違いで私が認められて、申し訳なかったわ!」
その軽薄な謝り方に、エヴァン様が不快そうに眉を顰めます。どこまでも私の味方でいてくれる方なのですね。一方、私自身は特に感想もなく呟きました。
「そうですか」
「謝罪を受け入れてくれるか!? そうだ! プレゼントもあるのだ!」
「これ、私が竜車の中で編んだお人形よ? 今すぐ開けてみて?」
そう言ってモニカ様は小箱を差し出します。私は即座に【情報表示】の加護をオンにしました。片眼鏡のレンズにあらゆる情報が表示されます。なになに……小箱の中に入ったかぎ針編みの人形は……相手を“奴隷”と化す呪物?
「うふふ、ヴィオラが幸せになぁれって願いを込めて編んだのよ?」
なるほど。私に呪いをかけて操ろうとしたのですね? バレバレですよ?
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第8話
私は、エヴァン様にちょっかいをかけ始めたモニカ様をそっと見詰めます。
「それにしても、またエヴァンに会えるなんて……いえ、エヴァン様はネッシーレ国の王子なのよね! 余計に愛おしくなりますわぁ!」
「はあ……? どちら様で……?」
「わ、私を忘れたの!? モニカよ!」
片眼鏡のレンズに、モニカ様の個人情報が表示されました。ふむふむ……モニカ様は呪術師なのですね。そして私へ恨みを抱き、呪いを込めた人形を編んだ。その人形に仕込まれた奴隷化の呪いは遅効性で、小箱を開けると噴射される仕組みとなっている。しかし修行不足のため、呪いの成功率は十八パーセント……ショボいですね。
それにしても、謝罪の際に呪物を贈るだなんて、有り得ません。少々意趣返ししても宜しいでしょうか……――?
私はビルンナ国王とモニカ様に向き直り、申し上げました。
「ビルンナ国王陛下、モニカ様、私に謝罪する必要はありません」
「な、なぜだ……!? 怒っているのか……!?」
「どうして……!? 小箱を開けてちょうだい……!」
私は静かに首を横に振りました。
「いいえ、怒っていません。むしろ謝罪とプレゼントに感謝しているのです。なので、お二人に加護を与えようと思っております」
私は小箱の蓋を開けないまま、中の人形へ【効果一億倍】の加護を付与しました。私は基本的に、ポジティブかニュートラルな加護しか付与することができません。しかし贈り物が呪物であったため、私の加護は最凶最悪にネガティブなものとなったのです。今やモニカ様の編んだ人形は、完全無比な呪物でした。
私は二人に向かって、説明します。
「実は、私はあらゆるものに加護を付与できるスキル持ちなのです。だから、ブフル国王が私の手芸品を高値で買ってくれたのです」
「ほ、本当か……!? 凄いじゃないか……!?」
「そ、そうね。悔しいけど、凄いわ」
ここで、モニカ様の人形が入った箱を差し出します。
「それで、この小箱の中のアイテムに“最高の加護”を付与しました。この小箱を開けた人物は、この世で最も幸せな存在になれます。天才手芸家など必要ないほどです」
「最高の加護だと!? それは五百兆ゼベより価値あるものか!?」
「はい。あらゆる富と名誉と地位と幸福と魅力を得ることができます」
「本当に!? 私の人形が最高の加護持ちアイテムになったの!?」
「はい。モニカ様が幸せを願って下さったお陰です」
その途端、二人は小箱を奪い合うように受け取り、背を向けました。
「それでは、儂は国に帰るぞ」
「私も帰るわ。またね、エヴァン様」
そして小箱を掴んだまま広間を出ていきました。現金な方々ですね。
それにしても――
モニカ様が本心から幸せを込めた贈り物でしたら、あの人形は少なからず祝福されていたはずです。そこへ私が【効果一億倍】の加護を付与したなら、あなた達は最高の幸せを手に入れられたはずなのです。呪いをかけたモニカ様、そんな彼女を選んだビルンナ国王、一億倍の呪いは自業自得として受け取って下さいね。
本当にさようなら。
「ヴィオラ……あいつらに加護を与えたのか……?」
エヴァン様が疑うように尋ねてきます。勘の良いお方です。
「いえ、小箱の中身は呪われた人形でした。ですので、【効果一億倍】の加護を付与して返して差し上げたのです。きっと二人は強烈な呪いにかかりますよ」
それを聞いたエヴァン様は唖然とし、やがて笑い出しました。
「まさか……そんな加護を付与するとは……! きっとあいつらすぐに小箱を開けて、酷い目に遭うぞ……! くっ……くくく……流石、ヴィオラだ……!」
エヴァン様は笑い上戸なのですよね。私もいささか愉快になって、微笑みを浮かべました。すると彼は、さらに嬉しそうに笑います。
「そうだ、もっと笑うといい。ヴィオラは笑顔が素敵だ」
「勿体ないお言葉です」
「冷静だな。しかし俺は嬉しい」
そしてエヴァン様は私へ手を差し出しました。
「腹立たしい相手には何倍にもしてやり返す。難しい依頼をいとも簡単に成功させる。俺は、それをやってのける君を見ていると楽しくて堪らない。ずっと傍で君を眺めていたい、そう思ってしまう。これからも、一緒に居ていいだろうか?」
そう語る彼の笑顔は、本当に素敵です。もし精神面の加護を手放した私が彼を目にしたら、嬉しくて震えてしまうでしょう。しかし私は差し出された手を取らず、恭しくお辞儀をしました。
「――身に余る光栄です。ご命令通りに致します」
エヴァン様の笑みは陰り、その顔に悲しみが浮かびました。しかしこの私に何ができるというのでしょうか。私は公爵で、相手は王子なのですから、ご命令に従うのが当然なのです。それに、私がエヴァン様の手を取るには早過ぎます。
なぜなら、まだ覚悟が決まっていないのですから――
………………
…………
……
そして翌日、ビルンナ国王と公爵令嬢モニカ様に関する知らせが、ネッシーレ国に広まりました。
その知らせとは……――
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第9話 モニカ視点
竜車に戻るなり、私と国王陛下は小箱を奪い合った。
「貴様ッ! 小箱から手を離せッ!」
「国王陛下こそ、手を離して下さいッ!」
私は国王陛下の脛を蹴り、国王陛下は私の髪を引っ張る。そんな攻撃をし合っても、お互いに小箱から手を離さない。本気で睨み合う。
「おい……儂は国王だぞ……?」
「この人形を作ったのは私ですよ……?」
何なの? 何なの? このハゲデブおっさん、本当に邪魔! レディーファーストしなさいよ! アンタみたいな老いぼれが幸せになっても意味ないでしょ!?
私が心の底から苛々していると、国王陛下は怖い顔をして脅してきた。
「貴様、処刑されたいのか? 儂の権限を使えば、公爵令嬢と言えど簡単に殺せるのだぞ? それとも、生きたまま苦しみたいか?」
「はあああぁぁぁ!? 何その脅し! 小箱を開ければ、こっちのもんでしょ!」
「何だと……? その言い様は何だ……?」
「これが素ですけどぉ!? このハゲデブおっさん!」
「ハ、ハゲデブ……――」
すると国王は怯んで、手を弛めた。その隙に、全力で引っ張って小箱を手に入れる。やったわ! 奪ってやったわよ!
「最高の幸せが私の手に……――痛ッ!?」
「ふざけるなッ! 儂のものだッ!」
ハゲデブおっさんは私の髪を引き千切り、落ちた小箱を掴み取る。しかし私は負けなかった。おっさんの顔面を蹴り、小箱を奪い返す。そのまま蓋を開こうとした時、おっさんが全身でぶつかってきた。
小箱が宙を舞う。
「あっ……――」
「うわっ……――」
コトンと転がり、小箱の蓋が開いた。
「あああッ! 幸せがッ!」
「うおおおッ! 何てことだッ!」
私達は小箱に駆け寄って、激しく呼吸する。小箱の中からは紫色の煙が立ち上っている。これがヴィオラが付与したという加護なのね!? 早く! 早く吸い込むのよ! 最高の加護を! 加護……かご……か……ご……――
「国王陛下! モニカ様! どうなさいました!?」
竜車の扉が開き、御者が入ってきた。そのお姿はとても神々しい。ああ、このお方が私のご主人様なのね? 私にご命令下さるのね?
「何なりとご命令を……」
「ご主人様の仰る通りに……」
「国王陛下!? モニカ様!?」
その後、ご主人様は私達をビルンナ小国まで運んで下さった。そしてもっと神々しいご主人様達に会わせてくれたの。私ともうひとりの奴隷は、命じられるまま過去の罪を白状したのよ。
「儂とモニカは男女の関係にありました! モニカの美しさと可愛さに魅了されて、彼女を天才手芸家にしてやったのです! 王妃はババアなので嫌いです!」
「私は呪術師です! ヴィオラが憎いので、奴隷の呪いをかけた人形を作って渡そうとしました! でも最高の加護を付与されて返してもらったのです!」
そう告げると、ご主人様達が冷たい表情をした。
「母上。父上とモニカの呪いですが……国中の魔術師を集めれば、解けるかと」
「今はその時ではありません。あなたが王位を継いだら、解呪しましょう」
「解呪後は、二人に罪状の書かれた看板を持たせて王都を歩かせた後、平民になってもらおうと思います。この二人を許しては国民に示しがつきませんから」
「それがいいでしょう。あなたは暗君になってはなりませんよ」
「無論です、母上」
それから数ヶ月間、私達は小部屋にて待機していたわ。そしてようやく出られたと思ったら、大勢のご主人様の前に立たされて魔法を解かれたの。
「わ、私……今まで何をしていたの……!?」
「儂は何をしておったのだ……!?」
私達は大いに狼狽える。だって竜車で小箱の取り合いした後の記憶がないんだもの。すると目の前に、手持ち看板が差し出された。そこには、“私達は男女の関係を持ちました。天才手芸家だと嘘を吐きました”と書かれていたわ。国王の方は、“愚かな政治をして国を潰しかけました”とも書いてあった。
「何よ、これ……!? こんなの持たせないで……やめてやめてやめて……――」
「これを持って王都を歩くだと……!? 嫌だ嫌だ嫌だあああぁ……――」
私と国王に、拒否権はなかった。私達は看板を持って王都を練り歩き、罵倒され、笑われ、石を投げられた。やがてそれが終わると、平民となったことを告げられた。
「平民になっただと……? 儂らにあるものは、命だけなのか……?」
「はあッ!? ふざけないでッ!? 絶対に復讐してやるッ!」
元国王は早々に諦めて物乞いに落ちたけど、私は執念深かった。呪術師として生計を立てながら、ヴィオラを呪い続けた。呪術師の修行をして、ありとあらゆる呪いをかけ続けた。まさに呪い漬けの日々だった。
呪いの念は、隣国まで届くんだから! 今頃きっと苦しんでるわ!
………………
…………
……
しかしヴィオラが病気になったとか、死んだとか、そんな知らせは全くなかった。むしろ他国の問題を解決して、ネッシーレ国の株を上げているという知らせばかりが聞こえてきた。
そして馬鹿な私は、ようやく気が付いた。
ヴィオラは私の呪いを何倍にもして返すような奴よ。つまり格が違うの。この私は初めから負けていた……手芸も……呪いも……完敗だった……――
「はは……あはははははは……」
私はヴィオラを呪うのを諦めて、呪術師家業に精を出した。もう良い奴を呪うことはしない。悪い奴を懲らしめる呪いだけを請け負う。さらに、手芸品も作って売り出した。すると今までよりも、ずっとマシな暮らしができるようになったの。
元国王は、たまに家に呼んで食事を振る舞っている。
同じ立場になったんだから、少しくらいは優しくしてもいいでしょう……――?
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第10話
ビルンナ国王と公爵令嬢モニカ様に関する知らせは、二人が同じ病気に罹って幽閉されたというものでした。恐らく、王子殿下が王位継承するまで閉じ込められ続け、やがて罪を裁かれる……そうなるのではないでしょうか。
そして私ですが――
国王陛下の願いを聞き入れ、宮廷に住むことにしました。そうして王家から依頼を受けて仕事をしていると、使用人の噂話が色々と聞こえてきます。
それは、国王陛下と王妃殿下が本当に良い方だということ、エヴァン様も同様だということ、彼が国一番の剣の使い手であること、何人もの令嬢に好かれても見向きもしないということ、そういったものばかりでした。
そうですか……ネッシーレ王家は善人ばかりなのですね……――
………………
…………
……
「ヴィオラ、ここに居たのか」
「どうなさいました? エヴァン様」
私は庭のベンチで、本を読んでいるところでした。彼からは微かに汗の匂いがして、剣の稽古後であることが分かります。
「少し……話がある」
「何でしょう?」
すると彼は、私のすぐ横へ腰かけました。こちらを見ようとはせず、正面を向いたまま遠くを見詰めています。そして一呼吸置くと、言いました。
「知っていると思うが、俺はヴィオラが好きだ」
「左様ですか」
「ああ、君を深く愛している」
そして遠くを眺めながら語ります。
「君の全てが好ましい。君ほどの女性を見たことがない。君のことで頭が一杯なのだ。ヴィオラ以外に、伴侶にしたい女性はいない……良かったら、素直な気持ちを聞かせてくれないか? 脈がないことは知っているが、どうしても答えを聞きたい」
私はその言葉を理解し、口を開きました。
「畏まりました。しかしここでは返答しかねます。私の部屋へ移動しましょう」
「俺が恥を掻かないように気遣ってくれているのか? それなら――」
「エヴァン様、参りましょう」
私は有無を言わせず、歩き出します。するとエヴァン様も渋々と歩き始めました。そのまま自室として与えられた部屋に入って、鍵をかけます。
エヴァン様を見ると、判決直前の罪人の顔色をしておりました。
「それで、返答は……?」
「返答する前に、お願いがあります。私は【アミュレットマスター】の加護を使い、自らの精神面を強化していると言いましたね? エヴァン様は私の中身を高齢女性だと仰いました」
「あ、ああ……すまない……」
どうやら責められていると思ったようです。私は彼に近付いていきます。
「謝る必要はありません。ただエヴァン様に解いて頂きたいのです」
「解く……だと……?」
「ええ、太腿に巻いた【精神力強化】と【冷静沈着】の加護を付与したリボンです」
そして私はスカートをたくし上げ、エヴァン様に太腿を見せます。そこには、赤とピンクのリボンが巻いてありました。それを目にした彼は、息を止めます。
「この二つのリボンを解けば、精神年齢が十六歳に戻ります。その私は、エヴァン様に恋心を抱くでしょう。いいえ、きっと愛するに違いありません」
数秒間、エヴァン様は瞬きもせずに固まっていました。しかしおもむろに手を動かすと、【冷静沈着】のピンクのリボンに触れました。
「いいか……?」
「構いません。私は覚悟致しました」
「そうか……――」
エヴァン様は慎重な手付きで、リボンを解いていきます。結び目がほぐれた瞬間、心がぐらりと揺れて、心臓が早鐘を打ちました。彼が、私の太腿をなぞるように手繰り、残りの赤いリボンを解こうとしています。
「お待ち下さい、もう少しゆっくり――」
「駄目だ。もう待てない」
そして【精神力強化】の赤いリボンも解かれました。
徐々に……徐々に……心の強さを失って……――
私は、恥ずかしさのあまり涙ぐみました。エヴァン様の前でスカートをたくし上げるなんて、そして彼にリボンを解かせるなんて、自分自身の行為が信じられません。
「ヴィオラ、愛している。君の答えをくれ」
そんな愛の囁きに、返事ができませんでした。体が震えて、声が出せないのです。エヴァン様の銀細工のような瞳が、熱を持って輝いています。
「君は、俺を好きになってくれたのか? 愛してくれたのか? 返答をくれるといったじゃないか?」
彼は立ち上がり、その顔を寄せてきます。悲しみに浸っていたエヴァン様は、もうどこにもいません。挑戦的な笑みすら浮かべています。やがてこの状況に耐えられなくなった私は“好きです……”と小さく囁きました。
「ヴィオラッ……――」
すると優勢だった彼は、顔を真っ赤にして……解いたリボンを差し出しました。
「エヴァン様……?」
「いつもの君に、戻ってくれないか」
「な、なぜでしょう……?」
「今の君は可愛過ぎて、我慢できなくなる――」
私は、その答えに何度も頷くと、加護ありのリボンを足首に結びます。その途端、心が平静となり、強靭となり、普段通りの私に戻ったのです。
「……エヴァン様、私の気持ちをお確かめ頂けましたか?」
「ああ、よく分かった。その上で、頼みがある」
「何でしょう?」
そう問いかけると、彼は恥ずかしそうに頼んできました。
「俺以外の誰かに、その可愛らしい素顔を見せないでくれ……。そして冷静な時も、素顔の時も、ずっと傍にいてほしい……。どちらの君も、愛している……――」
私はその願いを受け入れた証として、人生最高の笑みを浮かべたのでした。
―END―




