6 夏雲
花火は家の二階から眺めた。この光景も、いつか思い出になるのだろう。八月はほぼ、実家の書庫に籠っていた。別に東京で一人でいるのとそう変わらなかった。
祭りが終わった翌日に私は東京に戻った。夏が終わりかけていた。ビルの隙間から、少し色の薄くなった入道雲が、やや砕けた波のようになっていた。波が引いていく。新学期のスタートに向けて、世界はまたあわただしくなっていく。ボストンバッグを肩に背負って電車の改札を抜ける。田舎とは違い、たくさんの人がエレベーターで行儀よく列を成し、同じ電車に詰め込まれ、改札を抜けて散り散りになっていく。この東京のどこにそんなに人の住む場所があるのだろうかと疑うほど、大量の人の群れが、小さな自分の巣穴へと戻っていく。
私はその群れの中に、平然とした顔をして紛れ込む。大勢の他人と同じ電車に乗り、同じ道を歩き、同じようにマンションの鍵を開けるのに、私だけが今を生きていない。現実ではなく、一層別のレイヤーにいるみたいに、その大勢には触れられない。私は今まで認めてこなかったが、おそらくとっくに狂人なのだろう。私は私の人生を物語だと思っている。
私は今日も物語を読み、物語を観る。他人と出会い、笑顔で会話をし、それを脳内に素材として記憶する。その物語がいつか伏線となって再び私の目の前に現れる日を楽しみにしながら。
私はこの夏中つけっぱなしになっていた直近の元彼氏からもらったピアスを外し、ジュエリーボックスの中にしまい込んだ。そして、実家から持って帰って来た最初の彼からのゴールドのピアスもその横に据え、他の男からもらったものもすべて入れて、大切に蓋を閉めた。小説は、文庫になればみな、どんな名著だろうと駄作だろうと同じように並べられる。私にとってこれらはすべて等しく、愛すべき完結した物語だった。
私を幽霊みたいだと表現した、元彼氏を思い出す。彼はもしかしたら私を一番理解していたのかもしれない。たとえそれが本能的な直感だったとしても、かなり言いえているような気がする。
私は、人間の形をした幽霊みたいだった。
半分くらい実話。誰の名前も具体的じゃないのは、幽霊は抽象のままでいたいから。