Filing2-6 縦横無尽の枷
数年前――
「あの部屋の親も処分しておけ。用があるのは生殖能力ができる有望な血だけだからな。」
ようやく作業の終わりが見えてきたな。
モニターに複数映し出される、無機質な室内に押し込まれている男女たち。
〔試行回数〕1000回
〔死亡個体数〕999体
彼の子には、申し訳ないがこうするしかないのだよ。君たちを看取った後に責任をとって私も逝くから許してくれ。
託したぞ
私潮田ノゾミは今、宙を浮いている2段ベッドから落ちたような不思議な感覚に襲われていた。
「誰か助けてくれ…。」
山積みになった本の中に1人埋められている。
職務中に居眠りをしている怠慢警官だと目に映るかもしれないが許してほしい。今一度、想像していただけないか。休息なく捜査にあたり、突如発生した事案に対処し、一晩中闘い通した。その後、間も置かずに捜査前線に駆り出されている少女にそんなことを言えるのだろうか。否、言えるはずはない。言ってくるやつは、はっ倒す。
そういえば、横にいる日暮さんの進捗はどうだ?
私は、怠慢警官である。
「あばばば…、ヤッバイな。」
何かあってからでは遅い。監視対象を見失うって…反省は後で、今は一刻も早く探し出すことが先決。
周囲を見渡し、身辺にはいないことを確認する。振り向くがそこが前なのか後ろなのかの境界が曖昧になるような感覚。
トイレ?いや、違うな。すぐそこのトイレの照明は消えたまま。トイレにはいない。
キョウスケ?あいつ、今どこいる?作業始めてからもうすぐ2時間…ならあいつも近くにいるんじゃ?
私は不覚にも背後の気配に気づくのが遅れた。
男誰だ?
「君には解るよね…あの人のこと。だって君もあの人と同じなんだからさ。」
その一言に私の背筋が奮い立つ。誰も知らないはずなのに、知らされていないはずなのに、それを『認知』『察知』してくる洞察力に嫌悪感を抱かずにはいられない。
「へぇ、あなたって私の身内でしたっけ?私は知らないけどなぁ…。」
何か仕掛けてくるか?何が目的だ。すぅ…、鎌かけてみるか。
深く息を吐き、横へと身体をやや移動させる。手のひらからは汗がじんわり滲み、グローブを軽く湿らす。
「そこまで確信を持つってことは、あなたは私のことをよく知ってるのね?こんな美少女だと、顔だけ知ってるなんてザラにあると思うけど…。」
こいつは絶対何かから情報を得ている。警察内部に内通者がいるのか?それとも…。だとしたら、今回は前回の東野秀雄より厄介かもしれない。
今、想定できる最悪のケースはこいつの能力とまではいかずとも潜在的に秘めている察知能力が私より上回られること…。
勘づかれればマズい。
恐らくこいつは"のっぺらぼう"。能力だけ付与された模倣体か、オリジナルかは定かじゃないけど…。
くそ、わかんない。
殺られる前にこっちから…。
刹那に視界を手が覆う。唐突な宣戦開始の火蓋がきられる。
間一髪で手の接触を避け、男の足元を崩しにかかる。
なんだこいつ、体幹弱すぎだろ…。
ア"ア"ア"ア"ア""""
耳をつんざく奇声に、思わず耳を覆いたくなる。目の前が左右に揺れ、脳が震えるのが気持ち悪い。
「いい大人が騒ぐんじゃねぇよ。大人しく本でも読・ん・で・ろ!!」
手元の本を、男の頭上の本棚に放り投げ雪崩を起こす。
「確信できましたよ。あなたなら、あの人を見つけられると…。だから、倒れるわけにはいかない。」
ドッ、ドク"シャ、ガッッ
本の山々から起き上がろうとする、男の頭部を激しく電気警棒を打ちつけ気絶を狙う。
やっと静かになった。こいつ、オリジナルじゃなかったみたいだな…。模倣体にしても、少し物足りないな。
何かが引っかかるが、今は日暮レイの保護が最優先。キョウスケは…まぁ、大丈夫か。
「私は本読まないけど、あんたは読んどけば?読んだ方が為になるみたいだからさ。」
私には関係ないもの。与えられなかったもの。
「文字だけの読み物読んだって、何が面白いんだか…。まぁ、私が見るなら写真集とか、かな。」
あの覗いてみたいのに覗けないもどかしさがたまんないんだよな。
「じゃあ、僕の力を貸してあげるよ。なんでも見れるよ!!視界が塞がれていても、どこでも透過して見渡せるんだよ。これで見つけるのを手伝ってよ…いいでしょ。」
ドスの効いた声が聞こえ振り向くと、そこはどこまでも続く『白い』何もない空間が広がっていた。
下がどこか、天井がどこまでか、本棚までの距離感も消え去った。
あの男が言ったことが正しければ、この能力は"透視"!?
誰だよ、ご都合主義で透視能力は服が透けて見えたりするって言ったやつは。
明るいのに、どこまでも暗く、深く落ちていく。今、目の前で何が起きているかも認識できない。
嫌だな。
嫌だな…。
嫌だ…もう嫌だ。
何も見えないのは、
何も見れないのは、
もう、嫌なんだ。
私は、見たいよ。




