第1部 第7話 覚醒の兆し
朝。病院の廊下。
カイは白衣を引っ掛けたまま、自販機の前に立っていた。
ボタンを押す手が、微かに震えている。
(何なんだ……これ。)
皮膚の奥、神経の先端、
まるで脳が拡張されたような感覚。
医局での書類、カルテ、モニター越しの患者情報――
視界に入った瞬間、構造や意味が頭に流れ込んでくる。
(夢じゃない。
何かが、俺の中で……変わっている。)
「おい、椎名。」
振り向くと、助教授が立っていた。
冷たく、鋭い目。
「昨夜の件、狸先生には感謝しろよ。
普通ならお前は、今ここにいない。」
「……感謝ですか?」
カイは思わず笑った。
「そうだ。狸先生はお前の才能を試してる。
お前がただの駒か、それとも使える駒か。」
助教授は背を向け、歩き去った。
カイは深く息をつく。
(駒、か……。
だったら……。)
自販機から落ちてきた缶コーヒーを握りしめる。
(このままで終わってたまるか。)
その夜。
病院の地下に、小さな影が動いていた。
狸教授が、秘密のモニタールームで映像を見つめていた。
「面白くなってきたな……椎名カイ。」
画面の中、手術室でカルテを読み込むカイの背中。
その肩越しに、微細な銀色の光がかすかに見える。
「……駒のくせに、盤面を乱す気か。」
狸は笑った。
病院を出たカイは、夜の街を歩いていた。
冷たい風。
ネオンの光の向こうに、闇に沈む低ランク地区が広がる。
(レイ……。
あんたは未来を見てる。
でも俺は、目の前しか見えない。)
不意に、心臓が跳ねる。
視界の端、低ランク地区の奥で、
倒れる子供の姿が見えた。
次の瞬間、カイは駆け出していた。
(間に合うか、いや、間に合わせる――。)
夜風を切り、
彼の中の何かが目を覚まそうとしていた。