第1部 第3話 駒の反逆、暗闇の刃
救急処置室――。
「鉗子……いや、違う、まずクランプだ。」
カイは声に出して確認する。
一緒に入った看護師は、不安げに手を動かしながらも、彼の指示に従う。
「出血点は……ここだ。止まれ、止まれ……!」
血に濡れた手が震える。
だが彼は止まらない。
「頼む、心臓、止まるな……!」
周囲のざわめきが、カイの耳から遠のいていく。
医局のモニタールーム。
「……生き残るか?」
狸教授は腕を組み、目を細めた。
横で助教授が言った。
「無理ですよ。奴は駒です。せいぜい“熱い若造”の域を出ない。」
「だからこそ、面白いんだ。」
狸は小さく笑った。
「駒が駒であることを自覚しながら、盤面を乱そうとした時……
そこからが、本当の勝負だ。」
患者の体が跳ねる。
「再開確認!心拍再開しました!」
看護師の叫びに、カイは息を吐く。
指が痛い。震えている。だが――生きている。
「……やった。」
全身の力が抜け、崩れ落ちそうになる。
後輩医師が駆け寄って支える。
「カイ先生、あなた……!」
「大丈夫。なんとかなった。」
口元だけ笑った。目は赤かった。
議会ビルの屋上。
天城レイが月を見上げる。
「これでようやく、始まった。」
彼の手の中の端末が淡く光る。
その瞬間、街の奥の影が揺れた。
「……あとは、君次第だ。」
その影の中に、微かに銀色の光が混じっていた。
それはまだ姿を見せない、失われた科学者シグの手による、未来の技術。
ナノマシン。
未来を変える、異分子。
カイはまだそれを知らない。