第1部 第2話 拒絶の医局、孤独の戦場
「君一人で診る? 椎名、君が何様か分かっているのか?」
後ろで先輩医師が声を荒げた。
だがカイは止まらなかった。
救急車の扉を開け、患者の胸に触れる。
息は浅く、唇は紫色――明らかに大量出血によるショック状態。
「CランクだろうがAランクだろうが、死んだらただの記号だ。」
カイの言葉に、救急隊員が一瞬目を見開く。
後輩医師は顔を真っ青にして言った。
「カイ先生、僕たちは……僕たちは許可がないと動けません!」
カイはにやりと笑った。
「じゃあ見てろ。教科書通りにやってやる。」
救急処置室に入ったカイは、器具を整える。
彼は覚えていた。何度も読んだテキスト、何度も見たオペ映像、
だが「自分の手」でやったことは――まだない。
「……怖いか?」
彼は独りごとを呟く。
「当たり前だ。」
その頃、医局の奥の応接室では、狸教授が端末を操作していた。
「椎名カイ……面白い男だ。」
モニターに映る、監視カメラ越しのカイの姿。
外科医なら誰もが知る、超難度の救急処置をひとり試みようとしていた。
助教授が横で顔をしかめた。
「狸先生、放置していいんですか?」
「いいや。」
狸は口元をわずかに歪めた。
「これは放置じゃない。試験だ。」
議会ビルの一室――。
「……順調だな。」
天城レイは端末を閉じ、外を見やった。
東京の光と闇の境界線、その一番暗い場所に目を向ける。
「君がこの世界を変える。」
彼の手の中には、古びた指輪型の端末――
かつての盟友、シグが残した唯一の遺産があった。
「待っていろ、カイ。」
未来の記憶を背負った男は、
静かに笑った。