第2部 第3話 兄弟の断絶
夜、議会ビル最上階。
巨大なガラス窓越しに東京の光と影を見下ろす。
天城レイは静かに立っていた。
「来たか。」
背後から重い扉の開く音。
入ってきたのは榊マコト――政府医療局長、AI統治計画のトップ。
黒いスーツのまま、黙って歩み寄る。
二人の間に、かつてのような気安さはなかった。
「久しぶりだな、レイ。」
榊の声は低く、穏やかだった。
「久しぶりだ、榊兄さん。」
レイはかすかに笑った。
「……未来から来たのか。」
その言葉に、レイは驚かなかった。
榊なら察していると思っていた。
「そうだ。」
「それで、何をしようというんだ。」
レイは端末を手にした。
「ゼロレクイエム。
この国を、命に序列のない世界に戻す。」
榊は小さく笑った。
「理想をまだ捨てられないか。
……昔のままだな。」
「兄さんは変わったな。」
「そうだな。」
榊は手を組み、深く息を吐く。
「昔の俺は、理想主義者だった。
だが今は分かる。
理想だけでは世界は救えない。」
視線が交錯する。
「お前が未来を変えたいなら、
AIを敵に回すことになる。」
「分かってる。」
「そして俺を敵に回すことになる。」
レイの瞳が揺れた。
「……兄さん、
それでも、最後まで俺の敵でいるのか。」
榊は、かつての弟分をまっすぐ見た。
「お前は、もっと人に頼れ。
それができないなら、
お前の未来は、ここで終わる。」
二人の影が、夜の明かりの中で向かい合った。
どちらも、引かない。
かつて兄弟のように過ごした二人が、
今は世界の両端に立っていた。
その頃、病院の手術室。
カイはまた、限界の中にいた。
手の震えが止まらない。
副作用が進み、意識がかすむ。
(……だめだ。
もうナノマシンには、頼れない。)
彼は心の奥で決意した。
(次の手術は――
俺自身の力で挑む。)