第2部 第2話 未来を知る者
政府医療局、地下制御室。
巨大なAIコア《Rebirth》の前、榊マコトは独り佇んでいた。
「……やっぱり、そういうことか。」
目の前の端末には、複雑に絡み合う未来予測シミュレーション。
だが、彼の指先が止まったのは、
その計算結果に混じる「説明不能な未来技術の痕跡」だった。
(レイ……お前、どうしてそんなデータを持ってる?)
榊は目を閉じ、記憶を掘り起こした。
十数年前、海外の大学。
飛び級で入学してきた東洋人の少年、天城レイ。
当時、孤立していた彼に最初に声をかけたのは榊だった。
「お前、何者だ?」
「……ただの政治家の息子だ。」
冷たく言い放つ少年を、榊は笑い飛ばした。
「面白いやつだな。
なら、孤独な天才の弟分ってことでどうだ?」
それ以来、二人はずっと一緒だった。
だが――
あのとき、榊は一度だけ、
試すように問いを投げたことがあった。
「なあ、次の首脳会談、どこで行われるか知ってるか?」
それは、まだ極秘扱いの情報。
知っているはずのない政治情報だった。
だが、レイは一瞬答えてしまった。
ごく自然に、確信を持った声で。
「来月の、ジュネーブだろ。」
榊は何も言わなかった。
ただ、心の奥に引っかかりが残った。
(……こいつ、何を知っている?
いや、どうして知っている?)
現在。
榊は椅子に座り、端末を閉じる。
「未来から来たのか、レイ。」
「……お前、いつの間にそんなものを背負った。」
彼の声は低く、笑みは苦味を帯びていた。
「なら、兄貴分としての最後の役目を果たしてやる。」
一方、カイは病院の屋上に座り込んでいた。
頭が痛む。
心臓が乱れる。
視界の端に、光が走る。
(……もう、ダメかもしれない。)
ナノマシンの副作用は限界に近づいていた。
だが、彼の背後に誰かが立った。
「生きろ、カイ。」
振り返ると、そこにはレイがいた。
「お前がいないと、
ゼロレクイエムは始まらない。」
「……俺は、
お前の未来のために生きてるわけじゃない。」
カイは唇を噛んだ。
「俺は、目の前の命のために生きる。」
レイは微かに笑った。
「それでいい。」
夜の議会最奥。
長身な老紳士は懐中時計を見つめ、
呟いた。
「面白い。
やはり、私は正しかった。」
彼の瞳の奥に、影と光が交錯していた。