第2部 第1話 ゼロレクイエムの幕開け
数週間後――。
椎名カイは、鏡の前で額を押さえていた。
微細な震え、視界の光、耳鳴り。
ナノマシンの副作用は、確実に進行していた。
(これ以上、このままで……。)
だが、彼は鏡の奥の自分に問いかける。
(もう、後戻りはできない。)
病院の外では、低ランク地区の暴動が広がっていた。
国民ランク制度に抗議するデモが、
次第に過激派の活動へと変わり、
警察と衝突を繰り返している。
政府医療局。
榊マコトは、AIによる秩序維持プランを見つめていた。
「ゼロレクイエム……。」
彼は呟く。
「理想か、暴力か。」
未来を知るレイの動き、
盤上の駒たちの狂乱、
そしてAIが導き出した結論は――
「異分子の排除」。
榊は目を伏せた。
「……レイ。
お前は、まだ分かっていない。」
一方、天城レイは街の屋上でカイを見下ろしていた。
「そろそろだ。」
彼の傍に、細身の男が現れる。
シグ。
未来の技術者、失踪中とされてきた男。
「ナノマシンは長くは持たない。
奴の体が壊れる前に、革命を完遂させろ。」
「分かっている。」
レイは小さく笑う。
「だが、これはカイの物語だ。」
病院の手術室。
カイは新たな患者に向き合っていた。
「またCランク……。」
スタッフがささやく。
「金も、票も、何も関係ない。」
カイは器具を構えた。
(ランクなんか、知らない。
今を、救えるか、それだけだ。)
だが、その瞬間――。
手が震え、膝が抜け、彼は床に倒れ込んだ。
「カイ先生!?」
意識が遠のいていく中、カイは思った。
(これが……副作用か。)
薄れゆく視界の奥、
かすかに誰かの声が聞こえた。
『立て、カイ。
お前は未来の鍵だ。』
レイの声だった。
議会の奥。
風見惣一郎は、微笑んだ。
「さあ、いよいよ始まる。
ゼロレクイエムの幕開けだ。」
懐中時計は、静かに時を刻んでいた。