第1部 第14話 進化の代償
夜の廊下。
カイは一人、窓辺に背を預け、額を押さえていた。
(……頭が割れるように痛む。)
最近、発作のように襲ってくる頭痛、
視界の端に走る光の軌跡、
手は震え、心音が耳のそばで聞こえる。
(ナノマシン……。
これが、代償か。)
彼はわかっていた。
未来から持ち込まれた異物――
人間の限界を超える技術は、
必ずしも無傷で使えるものではない。
医局。
助教授が狸教授に報告をしていた。
「カイは限界です。
彼をこのまま暴走させれば、
現場が崩壊します。」
狸教授は黙って書類に目を落とす。
「止めましょう。
あの男は危険です。」
狸はわずかに笑った。
「……危険だからこそ、面白い。」
助教授は言葉を失った。
「駒がどこまで戦えるか。
最後まで見届けようじゃないか。」
一方、議会ビル。
レイはシグの映像データを見つめていた。
モニターには、カイの体内データが表示され、
警告信号が赤く点滅していた。
「もう限界だ、レイ。」
シグの声が冷静に響く。
「これ以上、ナノマシンを使えば――。」
「彼は止まらない。」
レイの声はかすかに震えていた。
「彼は、誰よりも目の前の命に、
しがみつく男だ。」
深夜の手術室。
カイは一人、静かに呼吸を整えていた。
(こんな体でも、
まだやれるか?)
瞼を閉じる。
ナノマシンが神経に絡む感覚、
感覚の鋭さと引き換えに、
少しずつ削られていく命。
(……それでも、手を止めるわけにはいかない。)
彼はそっと手を開き、
手術器具を握りしめた。