第1部 第13話 圧力
「お前、最近調子に乗りすぎじゃないか?」
昼休み、カイの肩を助教授が強く叩いてきた。
医局の中、ざわつく周囲の視線。
「研修医の分際で単独手術を成功させたからって、
何を勘違いしてる?」
カイは振り返らなかった。
だが、背中がじっと汗ばんだ。
「……指示がなければ動かない。
組織の一員なら、それが当たり前だ。」
助教授の声は低く、耳元で響いた。
「勘違いするなよ。お前一人で、
医療は回せない。」
夜。
カイは屋上で缶コーヒーを開けた。
(分かってる。
分かってるさ、そんなこと……。)
体が重い。
足元が、少し揺れた気がする。
「椎名。」
背後から聞こえた声に、カイは振り返った。
狸教授が立っていた。
「今日は話がある。」
教授室。
薄暗い部屋で、狸教授は煙草をくゆらせていた。
「……見せてもらったよ。
君の力。」
「……。」
「だがな、カイ。」
狸はゆっくりと目を細める。
「理想はいい。若者らしくて眩しい。
だが理想は、刃にもなる。」
カイは息を呑んだ。
「高く飛べば飛ぶほど、叩き落される。
それがこの世界だ。」
狸教授は立ち上がり、カイの肩を軽く叩いた。
「私は君を嫌いじゃない。
だからこそ言う。
――生き残れ、カイ。」
その声には、かつての理想主義者だった男の、
かすかな影が滲んでいた。
病院の外。
レイは街を見下ろし、シグの声を聞いていた。
『ナノマシンの負荷は増大している。
カイの精神、肉体への影響も時間の問題だ。』
「分かっている。」
レイは小さく笑った。
「だが、彼なら――。」
遠く、議会の奥で風見が嗤った。
「さあ、駒たちよ。
私を楽しませてくれ。」