第1部 第11話 光と影の狭間
手術室を出たとき、カイは全身の力が抜けそうだった。
マスクを外し、壁にもたれ、深く息を吐く。
(……終わった。)
手の甲がかすかに光る。
ナノマシンの微細な反応は、まだ完全に制御できていない。
(なんだったんだ、あれは。
俺の力なのか、誰かに与えられた何かなのか――。)
医局から駆け寄ってきた後輩が、息を切らせて言う。
「カイ先生!ニュースに出ています!
あなたが手術を成功させたって、速報が!」
「……は?」
一瞬、耳が遠くなる。
医局のモニター前では、上席医師たちがざわめいていた。
「まさか成功するとは……。」
「助教授すら尻込みした症例を、研修医が……。」
狸教授だけは静かに微笑んでいた。
「光は強ければ強いほど、影を落とす。
さあ、椎名カイ……どう動く?」
その夜、カイはひとり屋上にいた。
街のネオン、低ランク地区の闇。
吹き抜ける風が、頬に冷たい。
「……一人じゃ、もうどうにもならないのか。」
拳を握り、そっと手を開く。
ナノマシンの微光が消えていく。
(あれは、俺の力じゃない。
でも、今の俺には必要だ。)
「君は立った。」
背後から声が響く。
振り向くと、そこには天城レイが立っていた。
「椎名カイ、君は今、世界に見つかった。
ここから先は――独りじゃない。」
レイの目は穏やかで、だが底知れぬ決意が宿っていた。
遠く、議会の一室では風見惣一郎が報告を受けていた。
「……椎名カイ。面白い子だ。」
彼は笑い、古びた懐中時計を指先で転がす。
「盤上の駒は揃った。
さて、ゲームを始めようか。」
その目は、時代を見抜いていた。