第1部 第1話 序列の街、救えない命
はじめまして、緋色と申します。
この物語『虚数の燈』は、
私にとって初めての長編作品となります。
舞台は2080年、
命に序列がつけられる近未来の日本。
物語の根底に流れるのは、
「人間は、どんな時代でも理想を求め続けられるか?」
という問いです。
正しさを貫こうとする若者、
冷酷に現実を支える大人たち、
理想のために悪に堕ちたもの
この物語の中で、それぞれの正義が交錯します。
もし最後まで読んでいただけたなら――
あなたの中に、小さな問いが残れば幸いです。
では、物語を始めましょう。〜7月17日に最終話が投稿されるようにしています。
緋色
夜。東京――いや、かつて東京と呼ばれた場所。
西暦2080年、街は「ランク」によって色分けされた光を帯び、
高ランク者が住む地区は白く輝き、低ランク者の区域は闇に沈む。
椎名カイはその闇に立っていた。
救急車の後部扉が開き、担架に乗せられた中年男性が吐血しながら運び込まれる。
「ランクC、労働履歴なし、治療優先度……最下位。」
救急隊員が冷たく言い放つ。
「ふざけるな!」カイは叫んだ。
カイは27歳の外科研修医。
医局では三流医大出の「雑草」と笑われ、狸教授の命令に従う駒の一人。
だが、彼は現場の人間だった。患者を選ばない。
――それが理屈に合わなくても。
「カイ先生、搬送受け入れを拒否するよう言われています!」
後輩の医師が慌てて駆け寄る。
「Cランク患者はここでは診られないと……。」
カイは歯を食いしばった。
「……医者が患者を選ぶ?それでいいのか……!」
夜の救急外来、冷たい蛍光灯の下、
医局の先輩医師たちは誰一人、患者の方を見ていなかった。
狸教授――通称「狸」と呼ばれる男もその一人だ。
「おい椎名。お前は駒だ。駒は指示に従え。」
狸教授は笑いもせず、書類に目を落としたまま冷たく言う。
「教授、それでも俺は――」
カイが言いかけたとき、狸の目が一瞬だけ動いた。
「駒が勝手に動けば、どうなるかわかるだろう?」
その目線の奥に、ただの怒りではないものがあった。
試すような、見極めるような……。
カイは息を吐いた。
――理想なんて、口にしたところで何になる?
救えない命が目の前にある。それだけだ。
彼は一歩、患者の方へ歩き出した。
「拒否するなら、俺一人で診る。」
後輩が絶句する。
先輩医師がざわめく。
狸教授はただ、静かに目を伏せて笑った。
その夜、遠く離れた議会ビルの奥――
天城レイはひとり、暗い会議室で端末を見つめていた。
「椎名カイ。やはり君だ。」
未来から戻った政治家は、
まだ自分の存在を知らない男の名を、口にした。