心霊地図
金曜の夕方、正俊は物置の整理をしていた。整理というよりは探し物が目的。以前物置の奥にキャンプのセットをしまったので、近々出掛けようと思い、探しているわけだ。まだ中学生だが正俊の趣味はソロキャンプで、休みの日には一人でキャンプを楽しんでいる。家族と出かける事もあるが、単独行動を好む正俊は、専らソロキャンプが主流。男子という事もあり両親はその辺りを理解し、好きにさせているのだ。(近頃雨が続いて行けなかったから、どこにしまったか忘れてるや……)埃やら工具やらと格闘しながら、キャンプのセットを探して約二時間。「あっれえ……?おっかしいなあ……?こんな探してんのに何処にもねえな……」思わず独り言が出た。もっと奥に在るのかと別の所に手を伸ばす。「!」伸ばした手に何かが触れた。「ん?何だ?」引っ張り出すとそれは、埃まみれの古い地図だった。「うおお!年期もん!歴史感じるな!」キャンプと同じくらい歴史が好きな正俊は、地図を見た瞬間ときめいた。(浪漫を感じるな……どらどら?)巻物のような地図を開くと、これまた浪漫溢れる地図模様が描かれているではないか。(ときめく……!)どうやらその地図は町内の場所を描いたものらしい。ここら一帯が描かれた地図を眺める目が、ある場所で止まった。(ん?『桜丘キャンプ場』へえ……っ!)地図の山側、自宅から、さほど遠くない場所にキャンプ場が描かれてある。これはいい、と正俊はキャンプ欲が目覚めた。「ん?」キャンプのセットが今、見付かった。しかも散々探した場所にあった。「ここにあったのか?何度も探したのに……ま、いいか」(休みはここのキャンプ場に行くぞ!)
土曜日午後、キャンプのセットを背負い正俊は早くに家を出た。「火の始末はちゃんとするんだぞ」「夜更かしも駄目よ」両親とも正俊を見送る際、しかと用心を促す。なれているからこそ、油断大敵なのだ。「気を付けるよ!キャンプ場だから、万一に備えて熊避けの鈴も用意した」用意周到。「明日のお昼には帰るよ」「「行ってらっしゃい」」二人に見送られ、正俊はバス停に向かった。
バスに揺られながら正俊の頭の中にはキャンプの事で、いっぱいだった。(テント組み立てる前に、先ずは思いきり寝転がりたい!)ワクワクしながら計画を寝る時間がとても楽しい。(次のバス停だ!)『桜丘キャンプ場前』のバス停が近付き、正俊の指は降車ボタンに伸びた。『次は青葉市役所前、青葉市役所前……お降りの方は……』(え?)降りるバス停が違う。「すみません!運転手さん、次のバス停『桜丘キャンプ場前』ですよね?」席から運転手へと声を掛けた。しかし運転手は妙な表情を浮かべ、怪訝に答える。「いいえ……お客さん、次は『青葉市役所前』ですが。もしかして、キャンプでしょうか?」「ええ、はい……地図で見て行こうと思いまして……」「お客さん、そのキャンプ場今は廃業されてます」「えっ?」運転手は手慣れた手付きで運転を続け、表情も慣れた感じで語る。「たまにいるんですよ、キャンプ場の廃業を知らないお客さんがキャンプをしに……まあ、廃業してますがキャンプ場は残されたままです。どうされます?」「そうですか……折角来たんだし、キャンプ場があるんなら……降ります」少し残念な気持ちになったが、場所はあるのなら行くのもあり……と考えた。「料金は一つ前のバス停の金額で良いですよ」「す、すみません。ありがとう御座います」今はないバス停で降りた正俊は運転手に一礼する。運転手もまた営業スマイルを返し、扉を閉めるとバスを発車させた。「やってないのか……」廃業となったキャンプ場を目指して歩く正俊の目に、開けた景色が現れた。「うわあああ……っ!」目が覚めるような色彩豊かな草原、隣り合うキャンプ場はとても廃業したとは思えないくらい整備されたままの状態でいる。「最高!廃業なんか感じさせない……当たりだ!」無邪気に駆け出し、草原を転がりだした。「ひゃっほう……!」これがソロキャンプの醍醐味。自由に振舞い、仔犬のようにはしゃげる。変な目で見る者はいない。「のんびり出来る……!」廃業になったキャンプ場を独り占めし、正俊は楽しい時間を過ごせた。
翌日昼過ぎに帰宅した正俊は、キャンプの話に花を咲かせた。「へえっ……それはいい経験したな」「廃業って淋しい印象あるわね。怖くなかった?」父と母とでは受け止め方が真逆。「淋しいどころか、心地いい所だったさ!ほら……よくテレビでやってる臨死体験の再現映像で出てるような綺麗で、怖さより畏怖な感じがしたよ」正俊の心はまだワクワクしている。「廃業だけど、今度家族で行こうよ!場所も近いしさ、ほら……この辺……?」地図を出して位置を示そうとしたが、あの場所は描かれていない。「?何処だ?」「何処にあるの?」(あれ?)確かに描かれていたのだが、その場所にキャンプ場は記されていない。「えっと……位置を忘れてるや!」ごまかしたが、腑に落ちない。その夜正俊は夢を見た。あのキャンプ場が現れた夢。『来てくれてありがとう……私を怖がらないで、また来て欲しい。どうか、忘れないでね』(ああ……そうか……)何度も探した場所から見付かったキャンプのセット……運転手が言っていたキャンプ場を訪れる乗客……思い出すと納得出来た。(誰かに来て欲しかったんだな……安心しなね、忘れない……さ)夢の中で正俊の声が、鮮やかな草原を抜けていった。