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面作りはオディールを苦しめた。この面が完成すればジュールは戻ってきてくれるのだろうか、兵の士気が上がったらどうなるのか、犠牲者が広がるのではないか…私のせいで誰かを失う人が出てくるのでは…
オディールは面のモデルであるガムラン将軍が憎くて仕方がなかった。国の英雄なのに。辛い…悲しい…憎い…行き場のない怒りが全て面に注がれる。そうして完成した面はオディールの思惑から外れ、軍人たちを喜ばせた。
「おお!なんて威厳のあるお顔!角度によって怒り、勇ましさ、猛々しさを感じる最高の面だ!」
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オディールの作った面により行われた偽物のガムラン将軍による大規模な集会は結果として大成功を納めた。偽物のガムラン将軍の旗振りを見た兵士たちからはまるで地鳴りのような歓声が上がったらしい。若い軍人が興奮気味に語ってくれた報告をオディールは魂の抜けた人形のような表情で聞いていた。
予想以上に効果を発揮した面のせいでオディールはもうしばらく軍の施設内に留め置かれることになった。
世間では我が国が優勢であるという本当か嘘かわからない情報が蔓延していた。我が国の勝利目前とされていた時、魔法が使える者がいるという他国の介入によりその情勢は一気に変化を迎えた。
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軍の施設で過ごして半年が過ぎた頃、オディールは慌ただしく家に帰された。そして二ヶ月前に王都に魔法弾が落とされ、結果として我が国が敗戦したことをその時初めて知ったのだった。
急に姿を消したオディールを親戚の人たちが心配していたと近所の人に聞き、エマに手紙を書こうと思ったが戦争により物流は不安定だという。
軍の施設にいたのにジュールの消息も聞かされず、とにかく生活ができるように一人で埃を被った工房や家の掃除をしていると息を切らして父が訪ねてきた。
「オディール!無事だったか!」
「お父様!お父様もよくぞご無事で!」
父によると王都に落とされた魔法弾は目を刺すような光を放ち多くの建物や人を吹き飛ばしたらしい。今まで国境沿いの前線以外でこのような大規模な攻撃を受けたことのない我が国は一気に力を失い白旗を揚げた。
「ちょうどエマたちが住んでいる地域だったんだ」
「エマは無事なの!?」
「家にいたエマは無事だったが、学校の校庭で遊んでいたリュカくんが目をやられてしまって…」
「…そんな…!」
「隣国は魔法弾を落とす前に通告したと主張しているらしいが私たちは全く知らなかったんだ…。知っていたらリュカくんは…」
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人形を作るのをやめてもオディールの支えになっていたのは人形たちだった。ジュールは生きているはずだとジュールと同じ瞳の色をした人形を抱えていると本当にジュールが帰ってきた。
「ジュール…!貴方、目が…!」
他の男性に支えられながら帰ってきたジュールは頬が痩け目に包帯を巻いていた。さらに片足を引き摺っていた。
「オディール、帰るのが遅くなってすまない。目と足の治療が長引いてしまった。約束通り君の元へ戻ってきたよ」
オディールを探すようにのびたジュールの手を、オディールはしっかりと握りしめジュールの胸に飛び込んだ。
「ああジュール!生きていてくれてありがとう!本当にありがとう!」
ジュールの目は完全に光を閉ざしたわけではなく、うっすらと像が見えているという。
「見たくないものを沢山見た。私の目がやられてしまったのは、私がそう望んだからなのかもしれない。もう何も見たくないと」
オディールが毎日ジュールの身体を拭き清める時、ジュールはぽつりぽつりと話し始める。それをオディールはいつも黙って聞くことにした。ジュールは一体どんな悍ましい光景を目にしたのか、オディールには想像することすら怖かった。
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ジュールが帰ってきた数ヶ月後、エマたちがオディールが住む田舎に居を移した。それは視力を無くしたリュカたっての希望だったという。エマたち一家が近くにいるというのにオディールはエマに会えずにいた。エマは私に会いたくないのではないかと漠然と感じていた。
そんな折、リュカが自分の父に連れられてオディールを訪ねてきた。視力を失ったリュカは、それでも短い杖を巧みに使い物との距離感を計りながら歩いていた。
「オディールおばさまの人形を使った劇をもう一度して欲しいんだ」
見ない間に子供から大人びた少年になっていたリュカは真面目な顔をして言った。
「僕の目は見えないけれどね。僕のためというか母様のための劇さ。母様は僕の目が見えなくなったことをずっと嘆いている。確かにまだ僕だってうなされる夜はあるけれどさ、でも僕はこの目に慣れてきた。もう哀れで可哀想な子ども扱いは飽きたのさ。むしろ僕は幸運だって思っているよ。だって亡くなった人だってたくさんいるんだ。僕は生きている。その喜びを母様に知って欲しいんだ」
「リュカ…貴方は大人になったのね。分かったわ。考えてみる。でもその前にエマと会わなくてはね。私の罪を晒さなければ…」
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昔お祖母様に貰った人形を抱えてエマに会いに行った。少しふくよかで優しげな瞳をしていたエマはげっそりと痩せ、目の下に深い隈が見えた。
「エマ…私また人形劇のための人形を作ろうと思っているのよ」
「…」
「知らなかったとはいえ今度は戦争を煽るような劇には決してしないわ。リュカの話を聞いて思いついたの。傷付いた母親たち、自分を責めている人たちのための人形劇よ」
「…」
「…エマ…貴女の前に現れてごめんなさい。今日のところは帰るわね」
オディールが退室しようとした時、エマのか細い声が聞こえた。
「分かるわけないわ…」
反射的に振り向いたオディールは、怒りに満ちた目でこちらを見据えるエマを見た。
「あの子は…!あの時何をしていたと思う?戦争ごっこよ。オディール、貴女の人形を使った軍の劇のせいで戦争は正義だなんて信じてしまっていたのよ!目に包帯を巻いたあの子と対面した私の気持ちが分かる!?何度も飛び起きて暗い、怖い、母様どこにいるのと泣き叫んでいたあの子を私がどんな気持ちで抱きしめていたと!?分かっているわ!貴女のせいなんかじゃないと!でも、じゃあこの憤りをどうしたらいいの!?リュカを守れなった無力な私はどう償えばいいの?何に怒っていいのか分からないの!ずっと自分を責め続けているわ!苦しいの!苦しいのよ…」
エマは膝から崩れ落ちて嗚咽した。オディールは自分の中にあった罪を明確にされ同じく膝をつき嗚咽した。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
私が軍の劇用の人形を作っていなければ…。
ガムラン将軍の面を作っていなければ…。
オディールが後悔の念をくりかえしていた時、リュカのハリのある声が響いた。
「母様、オディールおばさま、僕は生きているよ」
オディールとエマは虚ろな目でリュカを見た。
「ねぇ、母様もオディールおばさまも生きているよ」
リュカは壁をつたってエマのところまで行くと、エマをギュッと抱きしめた。
「生きている人は生きる、それでいいんだよ」
エマは手でリュカの頬を包み真っ直ぐに目を見ると泣き崩した顔で笑った。
「リュカ、そうね。生きている。それでいいのよね」
いつの間にかオディールの側にはジュールが寄り添っていた。エマはリュカに、オディールはジュールに抱きついて泣いた。
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国内で密かに人気を集める人形劇がある。シナリオの大筋である、子供と兵士の話という設定はリュカが考えた。そこに大人たちが肉付けをした人形劇は、始めこそ劇団の人に演技を頼んでいたが、まるで監督のようなリュカの「この役は母様がやってみてよ」という一言によりエマも参加することとなった。オディールはこの人形劇のために四体の大きな人形を作った。目が悪い人でもなんとなく像が分かるように大きな人形を、というリュカからの要望だった。その大きさから一人一体が限界であり、黒い布を纏った人間の体に二回り小さい人形を固定し、全身を使って人形を動かすダイナミックなものとなった。
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雲の上で座り込んでいる坊やに青年が近付く。
青年兵士「どうしたんだい坊や、悲しそうな顔をして座り込んじまって。どこか苦しいのかい」
坊や「苦しくなんかないよ。お空に来てからずっと、とっても良い気持ちだもの」
青年兵士「ならどうして」
坊や「残してきたママが心配なんだ。きっと僕を哀れんで泣いているに違いないよ。僕はこんなに素敵なところにいるのに」
青年兵士「違いないな。俺もこっちに来てから痛みも苦しみも何も無くなって凄く幸せな気分さ。坊やこの国のケーキは食べたかい?」
坊や「もちろんさ!お空の国にしかないそれはそれは美味しいケーキ!僕はとっても幸せさ。それをママにも知って欲しい。ママには笑っていて欲しいんだ」
青年兵士「じゃあ、坊やのママのところへ行ってみようぜ。そうだ、天使の羽とやらを持っていこう」
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ここでエマ扮する坊やのママが出てくる。
坊やのママ「あ゛ああああ!!坊や…!私の可愛い坊や…!置いていかないで…どうして私だけ…!守ってあげられなくてごめんなさい…ごめんなさい…!」
エマの心からの咆哮は多くの観客の心を揺さぶった。
坊や「ママ、ママ、僕はここにいるよ。ねぇママ、僕の声、聞こえないの?僕の姿、見えないの?」
坊やのママ「ああ!この悲しみをどうしてくれよう!何を恨めばよいの?私はどうすれば良いの!?」
坊や「ママ、ママ、僕はママの子で幸せだったよ。今もとっても素敵な気持ちだよ。僕はママに誰も恨んで欲しくない。ママ、僕はここにいるよ」
青年兵士が天使の羽で坊やのママを煽ぐ
坊やのママ「…!今、風が!誰かいるの?…坊や!坊やなの?」
坊や「そうだよママ。僕だよ。ママ愛しているよ。もう大丈夫だよ」
坊やはママを抱きしめる。
坊やのママ「ああ…なぜだか分からないのけれど坊やが私を慰めてくれている気がする…坊や、坊や…」
しばらく坊やがママを抱きしめるシーンが続く。その後、青年兵士の独白のシーン。
青年兵士「俺も赤ん坊の時、空の上からあの親がいいと思って下りたことを思い出したなぁ。ねぇ、父さん、母さん、俺は死んじまったけど、決して不幸だとは思っていないよ。それだけは分かって欲しい」
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青年兵士「俺にも付き合って欲しいところがあるんだ。仲間のところさ。一緒に来てくれるかい」
坊や「もちろんさ、一緒に行こうよ」
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目に包帯を巻いた青年「…俺だけが生き延びてしまった…」
青年兵士「ははっ、相変わらず辛気臭い顔してやがる」
坊や「この人はお兄さんの友だち?」
青年兵士「一緒に戦った友さ。俺だけが死んで楽になっちまった」
目に包帯を巻いた青年は無言で項垂れている。坊やが天使の羽を煽ぐ。
目に包帯を巻いた青年「…?風か?」
坊やはもう一度天使の羽を煽ぐ。
目に包帯を巻いた青年「いや、確かに窓は閉めていたはずだ。…お前か?お前が化けて出てきたのか?」
青年兵士「化けてとはなんだ。失礼なやつだな。真面目なお前のことだ。きっと俺が死んだのは自分のせいだとか、自分だけ生き残って申し訳ないとか余計なことばかり考えているんだろうと思って来てやったんだよ」
目に包帯を巻いた青年「ああ!どこにいるのだ…!俺を呪ってくれ!祟ってくれ!俺も死なせてくれ!見たくないものを見過ぎてしまった!それでも生きていけというのか!」
青年兵士「そうだ。お前は生きるんだ。生きて生きて爺さんになって全うしたら俺に沢山話をしてくれ。それまで辛くても生きるんだ。それがお前の使命だ」
青年兵士は坊やが持っていた天使の羽を受け取ると、羽で友の頬をペチペチと叩いた。
目に包帯を巻いた青年「…!頬に何か当たった!…生きなければならない、そうお前は言っているのか。…そうか。そうなのか…俺は生きていくのか…」
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青年兵士「坊や、ありがとうな」
坊や「ねぇ、白い扉が出てきたよ。なんだかとっても幸せな気持ちだなぁ」
青年兵士「ああ、いよいよお別れか」
青年兵士と坊やが観客の方を無言でジッと見る。そして晴れ晴れとした声で別れの挨拶をする。
青年兵士「みなさん、さようなら!」
坊や「さようなら!生きて…また会いましょう!」
青年兵士と坊やは白い扉から出て行き見えなくなり、しばらく静寂が続く。シーンとした会場からは啜り泣く声や嗚咽が漏れ聞こえ、誰かがパチパチと拍手をすれば大きな渦となって割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くした。
四人の役者が黒い布を脱いで観客の拍手に礼を取る。
エマもその痩けた頬に大粒の汗と涙を滴らせ観客の拍手に笑顔で手を振った。
この人形劇は家族を亡くした人や元兵士たちに支持され各地で公演を行った。寄付を受け付け、戦争でお金を失った人たちにも公演を見えもらえるようにした。公演後は人形を近くで見てもらったり、役者との交流も行った。青年兵士の役をしていた元兵士の役者に抱きつき啜り泣く人や、坊やの人形の手を取り涙する人、エマのところへ「母さん!」と泣きながら抱きついてきた戦争孤児もいた。オディールのところへはこの瞳の色でこの髪色の人形を、と細かい指定のある注文が殺到した。
そして幾年か過ぎたある日、あろうことか敵国であった隣国での公演依頼があった。皆で話し合った結果、役者の中には隣国での公演に難色を示す者もおり、隣国での公演は隣国の役者にやってもらうことにした。
そうしてやってきたのは、元舞台俳優で子を亡くした母親と、片足を無くした元兵士を含む四人だった。エマを含むこちらの国の役者と、隣国の役者の初顔合わせはとてもピリピリした雰囲気だった。お互いに一言も話そうとせず自己紹介もしない役者たちを見かねて隣国で公演を依頼したオーナーは、まずは人形劇を実際に見ましょうと提案した。
そうして始まった少ない観客に向けた劇はいつもよりも役者の感情が爆発し役者の嗚咽が混ざる人形劇となった。劇が終わりエマたちが黒い布を外すと、隣国の役者たちが立ちあがって拍手をした。その顔はエマたち同様、涙と汗でぐちゃぐちゃであり、両国の役者たちは強く抱きしめあい、わんわん泣いた。
戦争は戦勝国、敗戦国関わらず民を傷付けていた。
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「オディール!今回の新作も素敵ね!なんだかこれまでの人形よりも顔と体の凹凸が印象的だわ」
「ありがとうエマ。これは目が見えない人でも手にとってわかりやすい人形なのよ。ほら、服も脱ぎ着しやくすなったの。リュカの点字を参考にしたのよ。リュカって凄いのね」
「あの子ったらずっと人形劇作家で食べていくと思っていたのに急に点字の改良に乗り出して。軍で使われていた暗号用の点の組み合わせを基に文字が見えない人のための文字を作る!なんて夢中なのよ。昔からある蝋面文字や押刻文字の原理を上手く利用した凹凸でイラストが分かる絵本も作ろうとしているわ」
「小さい頃、リュカが新しい文字を作りたいって言っていたじゃない?点字の改良はリュカにとってそういうことなのよ」
「ふふ、ありがとうオディール。リュカの代わりといってはなんだけれど、私、人形役者だけではなく人形劇作家の仕事もしだしたのよ。もちろん新しい公演が決まったらオディールの工房に注文するからね」
「まぁ!エマはお得意様ね!機嫌を損ねないようにしなくっちゃ!」
「あら、じゃあ肩を揉んでくださる?」
「何をお祖母様みたいなこと言っているのよ」
「あらオディール、もうすぐリュカに子供ができるのよ?私たちは立派なおばあさんだわ!」
「そういえばそうね…!いつの間にかこんなに長く生きていたわ…」
「オディール、まだまだこれからよ」
「そうね…ええ、これからも生きていくわ」
南方へ出征した大切な人に布を繕って送り出したことを後悔しながらも子どもを産み生きてくれたご先祖様へ捧げます。