1
子どもの頃、どんな物にも心が宿っていると信じていた。
「さぁ、服を着ましょうね〜」
「あらオディール、さっそくお人形で遊んでくれているのね」
「あ!おばあさま!えへへ、可愛いお人形を買ってくれてありがとう!」
「喜んでもらえて私も嬉しいわ。これは隣国の有名な人形作家の作品なの。従姉のエマにも五歳のお誕生日に買ってあげたのよ。大事にしてね。それぞれ一点物よ」
「いってんもの?」
「ふふ、この子は世界にひとりだけ、ということよ」
「ええ!とびっきり大事にするわ!お祖母様、ありがとう!」
「いいえ。それじゃ、お礼に肩でも揉んでもらおうかしら」
-----
人形を褒められると私のことを褒められているようで嬉しかった。
「オディール、この人形とっても素敵ね!自分で作ったの?」
「そうなのよ、エマ。お祖母様から貰った人形にお友達を作ってみたの。少し不恰好だけれど見様見真似にしては上手でしょう」
「凄い才能だと思うわ!」
「ありがとう。エマは人形に合わせて話すのが上手よね。エマが人形の後ろで話すと人形が本当に生きているように見えるもの」
「うふふ、嬉しいわ。ありがとうオディール」
-----
従姉のエマと共に父と伯父の仕事に同行し、隣国の有名な人形作家の作品展へ連れて行ってもらった時はとても興奮した。
「オディール見て!男の子の人形もあるわ!」
「本当ね!青い目でとっても素敵!」
「ジュールと同じだって思ったでしょう?」
「やめてよエマ!ジュールとは友達よ!」
「ジュールはそうは思っていないと思うけれど?」
-----
幸せも人形が運んできてくれた。
「ジュール、ずっと黙ってどうしたの」
「オディール、君に伝えたいことがあるんだが…勇気が出なくて」
「ふふふ、エマの言うとおりね」
「え?」
「もし今日のデートでジュールが口籠っていたら人形を渡してみてって言ったのよ。はい、これが貴方の分の人形。これは私のね。話しにくいことは人形に喋ってもらうのよ」
「なるほどな。俺と同じ青い目だ。これはこれで恥ずかしいが、ありがたく人形の力を貸していただくよ」
『オディール、成人したら俺と結婚してくれないか』
「…ってジュールの奴が言ってる」
『…はい、喜んで』
「…ってオディールが言っているわ。ふふふ!」
-----
悲しい時も人形が寄り添ってくれた。
「オディール、この度は…」
「…ジュール、来てくれたのね。お祖母様も喜んでいるわ…」
「オディール…」
ジュールはオディールが持っていた人形にそっと取り、人形を使って話しかけた。
『ねぇオディール、知っている?お空の国にはそれはそれは美味しいケーキがあるんだよ。オディールのお祖母様もお空の上で美味しい美味しいって言っているよ』
「…ありがとうジュール。そうね、きっとお祖父様が迎えに来てくれて一緒にケーキを…微笑みあって…」
オディールは人形を抱きしめてわんわん泣いた。
-----
寂しさも人形が埋めてくれた。
「オディール、元気を出して。二年なんてあっという間よ」
「ありがとうエマ。でも私には毎日がとてつもなく長い時間に感じるのよ」
「兵士訓練所にいる間は給与も得られるし待遇も申し分ないと聞くわ。私たちは大きな商家といえど平民なわけだし、そこで出世すれば名誉が得られる。ジュールなんて、俺は三男坊だから得意の剣術で出世してみせるよ、なんて言ってたじゃない」
「そうなんだけれど…。私はジュールが側にいてくれたらそれだけで良いのに」
「…ねぇ、オディールも何かに打ち込んでみるのはどう?きっと気が紛れるわ」
-----
憧れの人形作家がいる隣国への留学は親族たちから猛反対されたが、後押ししてくれたのは父だった。
「これから私たちを取り巻く環境は大きく変わっていくだろう。オディール、君には自分で見てきたものを信じて欲しいのだよ」
----
「待っていたよオディール、この時勢によく来る決心をしたね。君を歓迎するよ」
私は師匠の元で朝から晩まで人形作りに打ち込んだ。
「う〜ん」
「どうしたオディール、おお、随分と上達したな」
「いいえ。師匠の子たちは少し角度をつけるだけで表情が出てまるで生きているかのように感じるのに…私の作品はただの人形になってしまって」
「ふむ…オディールは人形を作っているのだな」
「ええ、もちろんそうですが…」
「私は人形を作っているというよりも作らされていると感じることが多いよ」
「それはどういう意味でしょうか」
「作っていると人形になる前の物が訴えかけてくるのだよ。もっとこうして欲しいと。そうして私は作らされている、いや、作らせていただいているのだよ」
-----
食事を取る時もジュールからの手紙を読む時も製作中の人形を抱いていた。
『愛するオディールへ。
隣国の暮らしはどうだい?俺は成果を出したので昇格したんだ。少しだけどこれからもっと頑張って出世してみせる』
『愛するジュールへ。
隣国といっても言葉はほとんど同じだし師匠たちも優しくて快適よ。昇格おめでとう。どうか怪我はしないように気をつけてね』
-----
『オディール、早く国に戻ってくれ。隣国の奴らは卑劣だと聞く。俺も随分出世して、もう朝から晩まで訓練していた見習い兵士じゃなくなった。胸のバッジも増えたし予定よりも早く帰ることができそうなんだ』
『ジュール、どうしてそんなことを言うの?私は隣国に住んでいてこの国の人の良さを誰よりも知っているわ。私は二年の留学期間を全うしたいの』
私はこれまでよりももっと人形作りに打ち込んだ。
「オディール、少し休憩しなさい」
「…」
「オディール?」
声が聞こえないほど人形作りに熱中しているオディールの手元を覗き込んだ師匠はその作品を見てギョッとした。まだ未完成らしい人形は既に生気を纏っている。生きている人間とはまた違う、どこか畏怖を感じさせる動かない生気を。
「…ええ、ええ分かっているわ。そのようにしてあげる」
うわごとのようにブツブツと独り言を話すオディールを見て、師匠は師弟関係の終わりを感じた。
-----
オディールの希望は通らず、国同士の関係の悪化を受けて予定よりも早めに国に帰ることになった。
「師匠、国へ帰っても人形を作り続けますわ」
「オディール、君の作品は人の感情をも動かすだろう。使い所を間違ってはいけないよ」
「ええ。人を喜ばせる作品をたくさん作ります!」
「…人形の声に耳を傾けていれば間違いはないよ」