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7:王太后フィアメール

(つ、ついにあの“賢母”フィアメール様に謁見できるのね……!)


 ライゼルとの約束の晩。ソノラは自前のドレスの中で一番高価なものを着て、張り切るフランに化粧を施されていた。

 そこで、部屋の扉がノックされる。扉の先にいたのは──茶髪で褐色肌の青年。ライゼル同様に背が高く、鋭く細い目がソノラを見下ろしていた。

 見定められている。ソノラは直感でそう感じた。


 少しの沈黙の後、青年はソノラに一礼する。


「お初にお目にかかります。ライゼル陛下の指示の下、参りました。ガイア・レオフリックと申します。この度、王太后宮までの護衛をさせていただきます」

「よっ、よろしくお願いします!」

「ではさっそくご案内致します。他の王妃候補には内密ですので、マントを被っていただけますか?」

「分かりました」


 ソノラはフランをチラリとみる。フランは親指を突き立てて、ソノラにウインクをした。身支度は完璧ということだ。ソノラの方も、フィアメールに披露する「音」の準備も万端だった。念のために環境音だけではなく、様々な種類のASMRを用意している。ASMRの好みは千差万別なのである。


(セラ様は喜んでくれたけれど、王太后様は気に入ってくださるかしら……)


 ソノラは緊張で身体の内側がくすぐったくなった。




***




 ドミニウス王城の最北、特に城壁が厚くなっている場所に王太后フィアメールが住む「黄金宮」が聳えている。前回の王妃選定を勝ち抜いた者の宮は従者の数、飾り宝石の数や内装の輝きがセラの聖宮とも比較にならないほど立派である。


(こ、こんな立派な宮に住んでいる尊い御方に私の技術が本当に通じるの!? いえ、どちらにしろ陛下にお願いされたのだし、私はやるべきことをやればいい……)


 その時である。


「ねぇ、アレ……」

「音姫のソノラ様よ。ほら、盗聴しか能がない下品な魔法の……」

「やだ! そんな人を黄金宮に入れてしまったらフィアメール様の体調に響いてしまうわ」


 ヒソヒソと、どこからか聞こえた悪意。フランが声の方を睨んでいたが、ソノラは振り向かなかった。「注意しましょう」と眉を顰めるガイアを「大丈夫、慣れますから」と制止する。今の最優先事項は言うまでもない。不本意ではあるが、悪意によって冷静になれたソノラは背中を押された気分になった。


 黄金宮の最奥。そこにフィアメールの寝室がある。

 他の部屋とは明らかに横幅も高さも倍以上ある扉をくぐると、窓際にある天蓋付きベッドの上で何者かが身を捩ったのが分かった。勿論、その正体こそが王太后フィアメールである。

 黄金宮の名にふさわしい金髪の下に情熱的な赤いルビーの瞳が眠っていた。ライゼルと同じ瞳だ。病を患ってなお、彼女の瞳の炎は強い輝きを放ち、見た者の心を照らしていく。


「貴女が、ソノラ・セレニティね。よく来てくれたわ。愚息の我儘に巻き込んでしまってごめんなさい」


 聞き心地のよい、それでいて油断してはいけないと緊張させる、そんな矛盾を抱えてしまうような声だった。ソノラはフラン、ガイアと共にひざまずく。


「お初にお目にかかります。お会いできて光栄です。ソノラ・セレニティ、ライゼル陛下のご指示の下、御身の前に」

「あー、いいわよ。そういう固い挨拶は好きではないの。貴女は客人なのだから、もっと気楽でいいのよ?」


 フィアメールは肩を竦めて、そう言った。その後、その赤い瞳がガイアに移る。


「それにしてもガイア。愚息はどうしたの? ソノラさんに病床の母を押し付けて、自分は一体何をしているのかしら?」

「陛下は……どうしても外せない執務があり……」

「はぁ。どうせ『母上に会わせる顔がない』とか言ってわざと予定を詰め込んでいるのでしょう。まったく……」

「…………」


 ガイアの無言。それは図星であることを示していた。

 そういえば、とソノラは思う。


(陛下自身、そんなことを言っていたわね。お二人の間に何かあったのかしら?)


 しかし自分がそんなことを知っても意味がない。ソノラは沈黙を貫いた。


「まぁいいわ。それよりもソノラさん。貴女、珍しい魔法技術を持っていると聞いたわ。あの頑固なライゼルを一瞬で眠らせたって!」


 ぱっとフィアメールの表情が明るくなる。それは美しい花を見つけた少女のようだった。ソノラはふと目を凝らす。フィアメールの目の下にも、初対面時のライゼルと同じくらい酷い隈があることに気づいた。彼女も眠れていないというのは本当なのだろう。ソノラはきゅっと拳を握った。


「はい、王太后様。私は音魔法の使い手です」

「音魔法……。あまり馴染がない魔法ね。どんなことができるのかしら?」

「音魔法は()()()()()()()()()()()()()と貴族の方には思われているようですので、馴染がないのは当然かもしれません」


 ここでソノラはチラリと部屋の隅を見る。フィアメール付きの侍女達が数人立っていた。その中の二人が明らかに顔を青くしたことから、先ほどの声の主が分かる。


「……ですが、これからその音魔法を使った『ASMR』という技術をフィアメール様に体験していただきたいと思います」

「えー、えす、えむ、あーる?」

「はい。音によって心身をリラックスさせる技術のことです。ひとまずこの粘土細工をフィアメール様のお耳につけていただけますか? 耳の形に合わなかったら教えてください。様々な形をご用意しております」


 フィアメールはイヤフォンをまじまじと観察する。そして、ゆっくりとそれを自分の耳に挿した──。

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