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40:守りたいもの

 ボルテッサお姉様は私の英雄(ヒーロー)だった。

 誰よりも勝気で強くて、真っ直ぐ突き進む稲妻のような人。私の憧れであり理想の女性。


 お姉様の傍にいればどんなに怖い人が現れても怖くなかった。

 例えそれが幼い頃から私に暴力をふるうお母様でも、お母様以外の女性に現を抜かすお父様でも。


「エアリス! この、間抜け! 出来損ない! またあの稲妻女に負けたの!?」

「きゃあっ! やめて、お母様! 痛い、痛いわ!」


 お母様は苦手だ。いつも怖い顔をして、私の頬を打つんだもの。時には鞭まで取り出すことだってある。

 でもお母様だって昔はそんなに暴力的な人ではなかった。もっと温厚で優しい御方だった。


 お母様が変わってしまったのはお父様が原因。私はある日、使用人達の陰口によって知ってしまったのだ。お父様が多数の女性と浮気していることを。

 幼い私の耳に入るくらいだから、きっとお母様も知っている事実。その時私はお母様はお父様の不義によって心を病んでしまわれたのだと悟った。


 お母様はお父様の心を取り戻そうと必死だったのだ。故に出来損ないの私を教育して、誰もが認める優秀な淑女に育て上げようとした。

 お父様はボルテッサお姉様の父でもある優秀な兄にコンプレックスがあるようで、それを知っていたお母様はよく私とボルテッサお姉様を比べた。


 私がボルテッサお姉様に学問でも魔法でも勝てれば、きっとお父様が「よくやった」と褒めてくれるとでも思ったのだろう。

 だからお母様はよく従姉妹のボルテッサお姉様を越えろと何度も言っていた。私も泣きながらも何度もお母様の期待に応えようと頑張った。


 でも……ボルテッサお姉様は最強だったのだ。

 魔法学園に入学して、より思い知った。ボルテッサお姉様と私の格の違い。


 魔法の技術も、保有する魔力量も、知識も、心の強さも、全てが敵わなかった。

 そんなお姉様を超えることだけを考えながら私は必死に学び続けた。でも、代わりに周囲とコミュニケーションをとることを怠っていた。今思えば淑女としてあるまじき態度だったと思う。

 そして無愛想で一位にもなれない私はどこぞの馬鹿貴族から陰湿ないやがらせを受けるようになったのだけれど……。


「エアリス? あなた、私の従姉妹のエアリスよね?」

「ッ!」


 お姉様に見つかってしまった。失くしたと思ったらボロボロの状態で見つかったノートと教科書をぼんやり眺めているところを。

 私は咄嗟に馬鹿にされると身構えてしまった。気の強いボルテッサお姉様のことだ。きっと嫌がらせにやり返さない私を嘲笑するだろうと思ったから。

 

 私は血の気が引くのを感じた。お姉様が私に近づいてくる。


「あなた、そんなことをされていたの?」


 私は思わず逃げようとした。でもお姉様に腕を掴まれて逃げられなかった。

 髪がピリピリする。お姉様の魔力の影響だろうか。恐る恐る顔を上げると、お姉様がとっても怖い顔をしていた。


「許さない。私の身内にこんなことをするなんて……。エアリス、どこの令嬢か分かるの?」

「えっ」


 身内。私はまさかボルテッサお姉様にそんな風に思われているとは思わなかった。彼女に憧れてはいたけれども、父はボルテッサお姉様のお父様を毛嫌いしていたし、私もお姉様にそんなに愛想よく接していなかったから。事実、私の入学から今この瞬間まで学園で話しかけたこともない。廊下ですれ違ったら軽く会釈をする程度だろうか。


 でもお姉様は怒ってくれた。私のために。

 衝撃だった。落ちこぼれの私を気にかけてくれる人なんてもうこの世にいないとすら思っていたんだもの。


「エアリス、今後何かあったら私に言いなさいな。分かった?」

「あ……」


 私は気づけば泣いていた。

 誰も必要とされていないと思った。でも違ったのだ。お姉様は、お姉様だけは私を見てくれる。


 この日から私はお姉様を心の底からお慕いすることになった。

 暇があればお姉様の後ろをついて回り、それを周りから指摘されたり嘲笑されても気にしなかった。


 むしろ優越感があった。あの気が強く周囲を威圧するお姉様が私にだけは優しいことに。

 それにお姉様は強いけれど、弱いところだってある。お姉様はライゼル陛下のことを愛している。ライゼル陛下のことになると普通の乙女のように不安で泣いたり嫉妬したりする。

 私にしか知らない、お姉様の一面。私はお姉様のそういう弱いところも含めて大好き。本当に好き。


 お姉様と一緒にいる時間が増えていくと、そんなお姉様の弱さを知っていく。その度に私の心に少しずつ変化が生じた。

 最初は「お姉様のようになりたい」という憧れの気持ちが次第に「私がお姉様を幸せにしなきゃ」という庇護欲に近い感情が私の中で芽生え始めたのだ。


 私は悟った。人というのは誰かを守ろうと思った時こそ成長するのだと。

 私がお姉様を世界で一番幸せにする。お姉様の弱いところは私しか知らないのだから。例えあのライゼル陛下だって知らないのだから。

 

 王妃候補として入城する数日前。お亡くなりになったはずのブレイズ殿下と出会った。彼はどういうわけか悪魔の力で生き返ったのだという。

 詳しくは知らない。でも彼は生前よりも圧倒的に膨大な魔力を保有していることは分かった。その牙がライゼル陛下の首に届き得ることを確信するほどに。


 故に私は得体のしれない悪魔の力を借りることにした。断ったらその牙がお姉様にまで及ぶことを恐れたからだ。その上、ライゼル陛下が亡くなればお姉様も悲しむ。

 と、いうわけで特に両親にも情もなかったから、私は私を含めて私の一家全員の命を差し出すことにした。


 ──お姉様。あなたは私の英雄であり、私の守るべき存在。だから私もあなたを守る。あなたを幸せにしたい。こんな落ちこぼれの私を見てくれる唯一の光。

 そのためならなんだってする。普通の方法じゃ、落ちこぼれの私ではできないけれど……普通じゃない方法ならあるみたいだから。




 お姉様、愛してるわ。だから世界中で誰よりも幸せになってね。




***




「皆様、こちらです!」


 ソノラ一行の目的地はドミニウス王城玉座の間だ。通りすがりの従者達の会話から、エアリスとブレイズはそこにいることが判明している。

 人の足音を素早く察知し、ライゼル達を安全に玉座の間まで導くのがソノラの仕事だった。


「しっ! 向こうから警備兵がやってきますわ。この道は回避した方がよいかもしれません」

「うむ。では少し迂回するか……。皆、こっちだ!」


 ソノラの音魔法とライゼルの的確な指示の下、目的地までたどり着く──直前。

 ソノラは玉座の間の前で誰かが立っていることに気づいた。エアリスだ。もう迂回する方法はない。仕方なく一行はエアリスの前に姿を現した。

 エアリスはソノラ一行を見て目を丸くしている。そこでボルテッサが一歩前に出た。


「あら、まぁまぁ。お姉様! 一体どうしましたの? なにかご不満でもありましたか?」

「エアリス。この先に用事があるの。そこにブレイズ様がいらっしゃるのよね? 通してちょうだい」

「えぇ、それは構いませんが……どうしてその女も一緒に? よく見たら投獄されたセラ様までいらっしゃるではありませんか!」


 エアリスは不思議そうに首を傾げたが、次の瞬間には満面の笑みになる。その笑顔がどこか不気味に見えた。口元は笑っていても目が笑っていない。その目は獣が獲物を仕留める直前のような鋭さがあった。


「でもよかった。丁度、お姉様の邪魔になるその女共を殺しに行こうと思っていたのです。そちらから来てくださるなんて手間が省けましたわ!」


 ソノラはゾッとする。いつの間にかエアリスの手にはナイフが握られていた。ドレスの中に隠していたのだろうか。

 エアリスは怖い笑みを浮かべながら、ペロリと唇をなめる。その様子はとてもボルテッサの取り巻きだった彼女と同一人物には見えなかった。


「これは毒の刃です。ブレイズ陛下から必要だろうとお借りしたのです。これならすぐにお姉様の邪魔になる人間を殺せますわ! 待っていてくださいね、お姉様!」

「エアリス……!」


 ボルテッサは胸を抑え、泣きそうな声でエアリスの名前を叫んだ。

 そんなボルテッサを見てエアリスは眉を顰めて、ソノラとセラを睨み付ける。


「お姉様はなんで泣いているのですか? またその女共に虐げられたのですか? ならさっさと殺さないと……! お姉様は私が幸せにする。それが私の夢ですから!」


 エアリスの殺気を感じて、ライゼルとガイアがソノラとセラを背に隠す。

 ボルテッサは虚ろな瞳をしているエアリスを見て、唇を噛み締めた。そしてソノラ達に振り向く。何かの覚悟をした表情をしていた。 


「皆様、ここはどうかお先に! あの子は私が引き止めます。あの子はもう魔力が使えない。私一人で十分です」


 ライゼルはボルテッサの強いまっすぐな瞳に頷き、一行を玉座の間へ導く。

 エアリスが瞬時にソノラに刃を向けたが、それをボルテッサが腕を掴んで強引に自分の方へ向けた。


「お姉様!? どうして邪魔を!? まさかお姉様まであの女に洗脳の術でも……」

「エアリス! この馬鹿っ! さっさと目を覚ましなさい! 悪魔なんかに手を出したりして……!!」

「目は覚めているわお姉様。むしろ今の方が冴えているのよ!」


 ボルテッサはソノラ一行が玉座の間へ入っていったのを確認し、エアリスの腕を離す。

 そしてエアリスの刃を弾き飛ばし、背後から首に腕を回し、再びエアリスを抑え込んだのだ。


「ぐぅっ!?」

「武術の授業までとっていて正解だったわね。まさかあなた相手に使うことがあるなんて!」

「さ、流石お姉様ですわ……魔法だけじゃなくて、武術まで……凡人の私とは大違い……」


 エアリスは息苦しそうにもがく。ボルテッサはエアリスの耳元に口を近づけた。自分の本音を彼女によーく聞かせるために。


「エアリス。あなたは勘違いしているわよ。私はライゼル陛下を愛しているけれど、私の一番の幸せは彼と一緒にいることではないわ」

「……ッ! え……?」


 ボルテッサはそこでようやく腕を緩める。エアリスは酸素を吸い込むために勢いよく深呼吸をした。

 その場で膝を崩して呼吸をするエアリスの視線に合わせるようにボルテッサは屈む。


「私は強いわ。幼い頃から皆が私をそう褒めたたえた。最強の雷魔法の使い手の私を皆が一目おいていた! そうでしょう?」


 突然胸をはってそう言うボルテッサにエアリスは戸惑いながらも「それは間違いないですわ」と肯定する。

 ボルテッサが何が言いたいのかよくわからないと言いたげな彼女の頬にボルテッサは優しく触れた。


「私がライゼル様を愛していたのはライゼル様が私を守るべき対象だと思ってくれていたから。私は強いけれど、心まではそう強くはなかった。強くあるべきというプレッシャーで壊れてしまいそうだった。だからこそ私は誰かに守ってもらいたい、弱い自分を受け止めてもらいたいという願望が心のどこかであったんだと思うわ」

「…………、」

「まだ気づかないの、エアリス? それは既にあなたがずっと私にしてくれたことじゃない。あなたの前では私も弱い自分でいることができた。この世で一番ありのままの私を受け入れてくれたのはあなたにほかならないのよ」


 気づけば、エアリスの大きな瞳から涙がこぼれていた。ボルテッサが力強く華奢なエアリスの体を抱きしめる。


「私の幸せにはあなたが必要なのよ。だからもうこんなことはやめなさい。私を置いていかないで、エアリス……お願いよ」

「おねえ、さま……」


 震えるボルテッサの声。彼女らしくない弱弱しいその声を聞いて、エアリスは固まることしかできなかった。

 大粒の涙だけが溢れて止めらない。涙がエアリスと強く抱きしめるボルテッサの肩を濡らしていく。


「でも、お姉様……私は……悪魔と契約した大罪人です……もう、お姉様の傍にいることは、できません……」

「馬鹿ね。私も一緒に地獄にいくと言っているのよ。ライゼル陛下にお願いしてみるわ。私も一緒に罪を背負うことを、慈悲深いあのお方なら許してくださるはずよ」


 それは──その言葉は、ボルテッサが今まで積み上げてきた全てを捨ててでも、エアリスを選んだということだ。


 エアリスはボルテッサの想像を超える返事に何も言えなかった。静かに彼女の背中に腕を回して、子供のように泣くことしかできなかったのだ……。

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