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プロローグ

「ひぃっ……あっ、あっ、んん……!!」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 ソノラはそんなことを心の中で呟きながら、お手製の耳型粘土細工──疑似耳をカリカリと軽く爪でひっかく。


「あっ……っひぅ……っうぅ……!!」


 その刹那、目の前のベッドに横たわっていた美丈夫の身体がビクンッと魚のように跳ねた。その反応が楽しくて、ソノラはさらに指を疑似耳の奥へと入れ、爪の先を先ほどよりも早く動かす。

 再び身体が跳ねる美丈夫。今度は必死に口を手で押さえ、声を出さないようにかみ殺していた。王族のプライドなのだろうか。ソノラは苦笑いを浮かべる。


(まだ耳をちょっと掻いただけなのだけれど……。アロマオイルや梵天を使ったらどんな反応をするのかしら……)


 ソノラの好奇心がむずっと疼いた。しかし今の彼女の任務は目の前の美丈夫の身体を跳ねさせることではないのだ。


(ASMR慣れをしていないとはいえ、こんなに耳の感度がいい人は初めてね)


 ソノラはそっと疑似耳を己の口に寄せる。任務を遂行するためにラストスパートをかけるつもりだ。

 吐息まじりの、今にも空気に溶け込んでしまいそうな甘い声で疑似耳に囁く。吐き出された吐息が、疑似耳を通して美丈夫の耳の中に振動として伝わる。

 ビクンッとやはり彼の身体は跳ねた。


「うっ、あ、あぁ……っ……くっ」

「よしよし、よしぃ、よしぃ……よーしよしぃ……」


 歯の隙間から空気を通して、微かな振動を与え続ける。前世では無声歯茎摩擦音と言うんだったか。その振動が美丈夫の外耳道、鼓膜を刺激し続け、美丈夫の身体の内側まで伝わっていく。

 美丈夫の身体がようやく跳ねなくなったことを確認しながら、ソノラはとにかく囁く、囁く、囁く。赤子をなだめる母親のような優しい声で。時折「カリカリ」や「ふわふわ」などのオノマトペを添えたり、耳に暖かい吐息を送ってみたりしながら。


 そうしているうちに、部屋に微かな寝息が聞こえてきた。

 そこでようやくソノラは囁くのをやめた。任務完了である。


「おやすみなさいませ、陛下。どうかいい夢を」


 すぅすぅと腹を上下する美丈夫に、ソノラはそう呟き──ゆっくりと伸びをする。

 

 この目の前の美丈夫──正確にはドミニウス魔王国、国王であるライゼル・ドミニウス・モルドラックの耳に囁き、彼を眠らせること。

 いつしか、これが彼女、ソノラ・セレニティの夜の日課になっていたのである。

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