世界一くだらない召喚儀式
「ワシは──ちんこ召喚の儀を執り行うッ!!!!!!」
都内某所のマンションにて、アホのたからかな宣誓が響き渡る。片目隠れツインテールという中々の属性を持つ美少女は、しかしアホの子で済まされないほど頭がすっからかんだった。
「は?人の家で何やらかそうとしてくれてんだお前」
アホの友人たる家主は、ベッドに寝っ転がってラノベを読みつつツッコミを入れる。ちょっと睨みを効かしたら並のゴロツキ程度は撃退できそうな強面の彼は、残念ながらただのクソオタク男子高校生であり、そのポテンシャルを活かす予定はなかった。
「仕方ないんや、ワシの家にワシのプライベートは無いんや。そんなクソみたいな召喚儀式なんかしとったら、ただでさえ危ういワシの人権が本格的に死んでまう」
「クソって自覚あんならやめろよ。てかお前の人権の代わりに俺のプライベートが侵害されてんだが」
手にしたラノベから一切目をそらさず、片手間にあしらう紫野原にもめげずに少女は無い胸を張って言う。
「?紫野原はラノベさえ読めりゃプライベート保たれるやろ、何言っとんの?」
「……まあ、そうかもしれないが。つかなんでこんな事やるんだよ」
不思議そうにしている様子そのものは可愛らしいが、発言内容は何も可愛く無かった。
なお残念ながらこの場に真の常識人は存在していないため、紫野原のラノベがあればプライベートを保てるという謎生態に疑問を持つ者はいない。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!紫野原も知っての通りワシの股間のしなやかながらも力強い大太刀は『急性性転換病』とかいうクソトンチキ病のせいで逝ってしもうたんや……」
よよよ、と涙を拭う演技をする美少女改め元少年。そう、彼なのか彼女なのか表記に困るこのアホは、一か月前までどこにでも居る普通のアホ男子高校生だったのである!
「故に!ワシはちんこを召喚するんや!」
これこそが本題だと、ドヤ顔でどうしようもない発言の再放送が行われる。それに対し紫野原は的確なディスりを働いた。
「どうせ今後も使う機会無いんだしそのままで良くないか?」
「は?!てめえよりワシのちんこのがまだ使用確率あるわ!」
嘲笑を多分に含んだそれに縹が噛み付く。童貞と童貞の間にしょーもない緊張状態が走った。
「縹こそ何言ってんだ俺には恋人達が」
「てめえの時空じゃあ一方的に自分勝手な白濁ぶっかけてるだけの紙ペラを恋人言うんか?随分と斬新やなあ!」
「あ?殺すぞ」
ラノベのページ数を頭に叩き込んでから閉じ、むくりと紫野原は起き上がる。その骨ばった手は、縹の美少女フェイスを遠慮なく鷲づかんだ。アイアンクローである。
紫野原のアイアンクローを皮切りに、元男子現美少女のアホVS二次元に頭をやられた強面DKという勝敗がわかりきった戦いはしばらく続いたものの、常識的に縹が負けるという結末に落ち着いた。
「うう……死角を狙ってくるなんて卑怯やろ……つか今ワシが出るとこ出たら訴えられるで。何たって今のワシは最強に美少女なんやから」
「知るか。黙れエセ関西弁ださいたま民」
頭を押さえ涙目で文句を言う、という相手を選べば兵器に等しい仕草を縹は繰り出すも、相手が相手故に効くはずもなく。
「はあ?!ワシは高校進学を気に大阪から上京してきた設定なんやが?!」
「今なんか関西弁おかしくなかったか?」
「……か、関西ネイティブのワシの関西弁がおかしい訳がないやろ!つ、つか東京出身の紫野原に判断できるわけないと思うんやが!」
半泣きの縹に、自ら自滅していると言う残酷な真実は(面倒くさかったので)紫野原は指摘しなかったのだが。どうやらそれを自分の勝利と受け取ったらしいアホは、異様な立ち直りの速さで仕切り直しを敢行する。
「まあいい、とにかくワシはちんこ召喚の儀を開催するんや!ってことで今から召喚陣書くわ」
「くれぐれも原状復帰はちゃんとしろよ。親に怒られたくねえから」
「その辺は抜かりないで!ちゃーんとカーペット持ってきたからな!この上に召喚陣を書くんや!」
何故かアホが遊びに来るときに抱えていた旅行鞄から、黒いカーペットが出てくる。その辺りで「自分に被害なさそうだしいっか」と面倒くさくなった紫野原は視線をそらし、再びベッドへと戻りラノベを開いたのだが。
「……なあ、縹。なんかめっちゃケチャップ臭いんだけど」
何故か妙に鼻につくケチャップ臭に、紫野原は眉を顰め縹へ問いかける。なんだか猛烈に嫌な予感がするが多分気のせいだろう、頼むから気のせいであってほしい、そう祈りながら紫野原はラノベから視線を動かしたのだが。
「せやな。だってケチャップで召喚陣書いてるし」
残念ながらそこにはケチャップのボトルを握りしめ、真剣なまなざしで黒いカーペットに幾何学的な紋様を書いている意味不明な美少女がいた。
「せめて絵の具使えよなんでよりによってケチャップ!?」
「仕方ないやんカーペットの時点でワシの所持金が尽きたんや!」
「いやケチャップだって……まさか」
「家の冷蔵庫から命がけでかっぱらってきたんやで?!」
「お前死んだな」
紫野原は正論を叫ぶも、アホが正論ごときでどうにかなるわけがなかった。
なお紫野原は流石に食費は残していて、くだらないことに使える金がゼロ円なのだろうと考えていたようだが、縹の現在の全財産は正真正銘十三円である。アホを甘く見てはいけない。
「あ~もうちょい拡大できんのかな~。細かいとこ模写できひんのやけど」
なおその後もスマホと睨めっこしながらケチャップで召喚陣を書くアホを紫野原は観測したりしていたが、全て見なかったことにした。
「紫野原!完成したで!」
「ケチャップ臭い」
発言内容に目をつむれば飛び切りの笑顔を浮かべる縹の手は、ケチャップで大惨事となっていた。ついでに言えば召喚陣も文字が歪んでいるし、カーペットに吸収されて意味をなしていない部分も既に存在しており、はっきり言って大惨事な出来栄えである。
「し、仕方ないやろ!とにかくこれで召喚の準備は整った!早速実行したいところやが……その前にちょっと手ぇ洗いたいから洗面所借りても構わん?」
「行ってこい」
流石の縹でもケチャップまみれの両手は許容できないらしい、紫野原の許可を得た縹がパタパタと紫野原の自室を出ていく。
「えーと何々~……異界に住まいし理外の生命たちよ、我が願いに応え、召喚に応じよ?」
暫くして部屋に戻ってきた縹は意気揚々と召喚陣にひざまずき、スマホをガン見しながら呪文を唱えていく。これで着ている服が制服じゃなくて魔女っ娘コスプレだったらもうちょい映えたのになあ、と紫野原がラノベ七割縹三割ぐらいで眺めていると。
縹が書いたヘタクソ召喚陣がまばゆい光を放った。
「はあ?!おい待て縹どういうことだよ?!」
「ふ、わ、ワシの召喚陣が正常にき、ききき機能したってだけや!」
「いやお前も分かってねえじゃねーかよ」
もちろん機能するはずがないと冷静に眺めていた紫野原の驚愕と、自分でやりつつネタと割り切っていた縹による焦りが室内に響き渡る。なお紫野原はラノベを取り落としていたし、縹はドヤ顔を保とうとして失敗していた。
「おいどーすんだよこれ?!」
「ワシに聞かれてもどうしようもないねん!ってわ、眩しっ」
二人が言い合いっている間にも、光はどんどん増していき。ついには何も見えない、となったところで。
すう、と目を焼くような光は失われていく。後に残ったのは薄らとしたもやのような闇と、それに包まれたナニカであった。
「我を喚んだのは貴様か?小娘」
それは、人ならざるものだった。人間ではありえないほど隆起したたくましい筋肉に、様々な獣の特徴を併せ持った頭部と、そこから生える雄々しい角。趣味の悪い派手さを持つある意味らしい衣装を身にまとったそれは、これまたいかにもな杖を手にしている。その勇者を前に世界の半分がうんたらかんたらとか言い出しそうな異形は、まさしく。
「──魔王?」
ベッドに寝転がっているからばれていないだけで、実は腰を抜かしている紫野原が震える声でそう問いかける。RPGの中から飛び出してきたかのような人ならざるものは、存分に人間の恐怖を浴びたことにより、満足げに彼の言葉に応えた。
「如何にも。我こそが第六百六十六代目魔王なり」
腹の底を震わせるような、本能的な恐怖が湧き上がるおどろおどろしい低音。容姿も相まって、発言にもそれ相応の説得力が宿る。
そこはアホの言葉に従ってちんこだけが召喚陣から生えてくるとかじゃねえのかよ、それこそがちんこ召喚の儀じゃねえのかよ、と紫野原が現実逃避気味に縹レベルの思考をしてしまう中。ビビりつつも召喚主としての責務を果たそうと、縹がおそるおそる自称魔王に話しかける。
「そ、そうや!わ、わわわワシがあんさんを喚んだんや!」
「ほう、そうか。して小娘、貴様は何を望む?」
産まれたての小鹿を通り越して、バイブレーション機能を搭載し始めた縹の足が視界に入っていないのか、それともヒトという種にはスマートフォンと同じ機能が搭載されているものとでも捉えているのか。シリアスな空気感を崩さずに問いかける自称魔王に、意を決したように縹は口を開こうとした、のだが。
「わ、ワシは……」
「世界の半分か?それとも、世界そのものを滅ぼして欲しいとても願うか?よかろう。そのどちらであろうと我は」
「い、いやワシは世界滅亡とかしてほしくないんやが?!ワシまだ童貞卒業しとらんし!か、彼女だって」
「そこじゃねえだろ?!仮にお前が童貞じゃなかったら世界滅んでもいいのかよ?!」
アホの問題発言に、思わず紫野原が魔王への恐怖を忘れツッコミを入れる。
「……」
「おい目を逸らすな!」
縹がそれはもう見事に視線を逸らす。友人のどうしようもない本性を垣間見てしまった紫野原であったが、こんな事をしていようとも、今二人の目の前に魔王を名乗る何者かがいるという異常事態は解決しない。
「ふむ。そうなると貴様が望むのは世界のは」
「……や」
「は?」
二人を置いてけぼりに、RPG的なシチュエーションは進行していく。その最中、問いかけへの答えを縹が小さくこぼすも、無論そんなか細い言葉を魔王が取り合う訳もなく。強い調子で聞き返された縹は、そのままヤケクソ気味に己の願いを叫んだ。
「ワシは!!!!!ちんこが欲しいんや!!!!!!!」
「……何故?」
純粋に理解できないものを見る目で縹を見る自称魔王と、ついに言ってやった、とすっきりとした様子の縹。音声を聞かなかったことにすれば王道な状況かもしれないが、音声が音声の為全く王道ではなかった。
「何故?!当たり前やろが!ちんこは必須やろ?!」
「いや貴様には男性器よりも先に足りないものが」
怒気を滲ませる縹を前にして、若干焦りながらも自称魔王は縹の頭に視線を向ける。おそらく頭の出来の方が足りないと自称魔王は至極冷静に判断していたのだろうが、生憎相手はアホさに定評のある縹である、その程度のジェスチャーが通じるはずもなく。
「何言っとんや基本的にパーフェクトなワシに足りてないのはまさしく!!!!ちんこだけやろ!!!!!」
「そ、そう言われてもだな。そもそも貴様が我を喚んだという事は即ち、世界を」
「ワシが世界を手にしたら自動的にちんこも手に入るんかァ?!あ゛ぁ゛?」
「そ、それは我には確約できな」
こいつ顔が良いから誤魔化されてるだけで、実際外見が怖い俺より遥かに怖いんだよなあ、とダン、と召喚陣に足を踏みおろし自称魔王を脅しにかかる縹を、ベッドに寝転がり半分ほど視界に収めながら紫野原は思う。なおもう半分は無論ラノベに向けられていた。
そんな治安が最悪な奴と友人をやれている時点で、こいつも大概である。
「ワシの股間にちんこがない世界なんぞ、存在価値が全くないんやが?!」
この先生きている中で絶対に二度と聞くことは無いだろうな、というとんでもない台詞をシラフで吐く縹。本人は至極真剣である。例え発言内容が弁護のしようがない低俗なものだろうとも。
「な、何を言って」
「てめえ魔王だ何だカッコつけたこと言ってるくせに使えへんなァ!口先だけの奴がどこの社会でも一番嫌われるって知らへんのか?!も~しかして魔王(笑)が収めてる国はそれでも成り立つ非社会的国家なのかもしれへんけどワシらは法の下に成り立つ文明社会で生きてんや!ってことでなァ──」
ビシ、と指を突き立てて。美少女がしてはいけない類の悪どい笑顔を浮かべ、縹は言った。
「──チェンジ!」
「き、貴様な、何を言」
断末魔を上げる時間すら与えられず、自称魔王の姿が掻き消える。後に残されたのはツインテール揺らすアホだけであった。
「いやなんでチェンジで消えるんだよ魔王のくせに!もっと粘れよ!」
あまりにもあっけない幕切れに、思わず紫野原が魔王へのクレームを口にする。それに対し平常運転に戻っている縹が見解を述べる。
「やっぱあれ魔王じゃなかったんやないん?だってワシの願い叶えられへんって言うとったし」
「世界はくれようとしてたから魔王ではあるんじゃねえの……?」
「あれやないん?T〇itterで副業がうんたらかんたら言った後プロフに誘導してくる詐欺的な」
「……流石に違うだろ。後あれ名前変わっただろ一応」
「ああセック」
「言わせねえよ?!」
隙を見つけては下ネタに繋げていくアホの頭をベッドから立ち上がった紫野原がスパーンと殴る。痛い痛いと縹がのたうち回った後、立ち直りの速さに定評のあるアホはすぐさま次の一手へと移り始めた。
「やっぱ触媒?ってのがなかったからあんな自称魔王のポンコツが出てきちまったんや。つ!ま!り!ワシの目的に適した触媒を用意すりゃいいんや!」
「当たり前みたいにもう一回召喚できる風だけどさ、また喚べるとは限らないんじゃないのか?」
「そして既にこの手に触媒はあるんや」
「無視かよ」
完全に自分の世界へと行ってしまったアホは、紫野原を他所にスマホを掲げる。
「そうここに──ワシの秘蔵のエロデータが!」
「おいなんつーもんを触媒にしようとしてんだよ?!」
スマホの画面いっぱいに表示された、肌色が使用されている面積がやけに多いそれに紫野原が絶叫する。特に触媒がない状態でああなのだ、そんな意味不明触媒を用いてしまったら何が起こるのか、考えたくもない。
「ちっちっちっ、冷静に考えるんや紫野原。エロ関係の願いなんやから、触媒もエロに関係する物であった方がいいやろ?」
「真っ当な意見言ってるような口ぶりだけどよ、ちんこの話してる時点でなんも真っ当じゃねーから!」
何一つ冷静になっていない、頭の湧いた発言を繰り出す縹に紫野原の真っ当なツッコミを当たり前のように縹は無視する。そして先程とは違い召喚陣(初回よりケチャップが染み込んでいる)の横に徐にスマホを置く。そのまま先ほどと同じ様にアホは呪文を唱えようとしたのだが。
「……これじゃ呪文見れへんやん」
「今更かよ」
アホはアホなので、スマホに触媒を表示していては呪文を確認できないことに気がついていなかった。
「ってことで紫野原、ちょいとスマホ貸しぃや」
「は?そんなクソみたいな儀式に俺のスマホを提供できるかよ」
ここから暫く縹が紫野原からスマホを奪おうとする戦いが引き起こされたが、紙に呪文を書き写すという天才的発想(縹談)に思い至った為、紫野原からルーズリーフを強奪するという方向性にシフトした。
その辺りで紫野原があのような意味不明な成功はまぐれなのでは?と気づいた為、どうせ次は成功しないだろうということで、ルーズリーフは縹に提供されることとなる。
「異界に住まいし理外の生命たちよ、我が願いに応え、召喚に応じよ!」
漢字にふりがな付きで書き写した為、先ほどとは打って変わって流暢に呪文を唱える縹。今度こそ何も起ころないだろう、と紫野原は安心してベッドに沈み込んでラノベを開いたのだが。
「……なんッでまたこんなクソみたいなので光ってんだよ召喚陣!おかしいだろ?!」
「ふはははは!ワシは天才だからちゃんとちんこが召喚できるんや!……痛ってえんだけどなんでワシを殴るんや世界から一人美少女が損なわれてまうで?!」
「うるせえ!」
エロによって起動してしまった召喚陣は、先程と同じように眩い光を放っている。強い光に目をやられながらも紫野原はベッドから猛然と立ち上がって縹に掴みかかり、殴り飛ばす。傍から見たら不良が美少女をいじめている光景だったが、残念ながら被害者は不良の方であった。
二人がもみくちゃになってやり合っているうちに、召喚陣が放つ光は徐々に収束していく。
「っ……おい縹股間を狙うのは卑怯だろうが!」
「今のワシには悲しいことにその急所はぶら下がってへんからなあ!そこ蹴っ飛ばして痛むんはイマジナリーちんこなんや、つまり痛むのはワシの心だけや、そしてワシは紫野原相手に痛む心の持ち合わせはあらへん!ってことで思う存分蹴っ飛ばしてやらあ!」
「クソみてえな論法やめろっての!」
喧嘩に夢中だった二人は、そんな事には気がついていなかったが。それでも事態は進行していく。
やがて完全に光が収まった先に、一つの影が現れた。
「だ・か・ら、ワシの美貌が損なわれることは人類の損失なんやって何度言えばわかるんや紫野原は!」
「うるせえお前がいくら美少女だろうとその程度で人類の損失になるわけが無いだろ」
「はあ?!頭湧いてるんかてめえワシは」
「……た、楽しそうだね~おぢさんも混ぜてくれないかな」
縹と紫野原が言い合っている所に、先程まで確実に存在していなかった第三者の声が響く。その無理矢理作ったような猫撫で声には、妙な気持ち悪さが伴っていた。
ギギギ、と鈍いブリキのようなぎこちなさで、二人は揃って声がした方に顔を向ける。そう、そこにいたのは──
「おぢさんはね、神様なんだ」
僅かに残った毛を脂ぎった頭上に撫で付けたバーコードハゲ。肥満体型特有の腹どころか胸にもたっぷり脂肪がついている醜悪な体。みっちりとした肉に埋まるような黒縁の眼鏡と汗で変色した白いシャツとハーフパンツ。
つまりエロ本の竿役として謎の黒いマッチョ並みにありふれているアレ、本来ならばエロコンテンツの中の住人であり厨二病マシマシの魔法陣の上に立つことなぞありえぬもの。そう、モブおじさん(自称神)である──!
「不法侵入ァ゛ー!!!!!!!!!」
「い、いやよく見ろ縹こいつは召喚陣の上にいる、つまりはお前があの不審者を不法侵入させたんだよ!」
縹が絶叫し、紫野原がツッコミとして扱って良いのか微妙な塩梅の発言をする。二人共神を名乗るモブおじさんという意味不明の不審者を前にしてしまい、混乱を極めていたのだ。
「おぢさん嬉しいよ。縹チャンったら触媒を使ってまで、おぢさんを呼んでくれたんだからネ!」
「わ、わわわワシがてめぇ見てえなキショいの呼び出すわけな……触媒?ま、まさか……」
「おい待て縹心当たりがあんのかよ?!」
徐にスマホを手にし、画面に目を向ける縹に紫野原が言う。大した間を置かず、縹は口を開いた。
「紫野原……ワシが触媒にしたの、初めて彼氏ができて舞い上がってる処女JKが彼氏とヤるよりも先におっさんに催眠アプリでヤられた後、彼氏と初めてヤったけど満足できなくて彼氏と別れておっさんを選ぶやつやったわ……」
「どう考えてもそれが原因だろ!?つかNTRじゃねえか俺地雷なんだけど?!」
シリアス面をしながら紫野原の地雷を鮮やかに踏んでいく縹。最悪のテロであった。
「お、おぢさんにぴったりの触媒だよね!」
「いや確かにおっさんって意味じゃあ当てはまるかもしれんけどなあ!このエロ本のおっさんはてめえみたいに自称神を名乗ってはないんやが?!てめえよりは不審者度低いんやが?!」
「縹ちゃんは子供だからわかんないかもしれないけど、さ、催眠アプリってすごいんだよ?その力のおかげでおぢさんは今こうして神様をやってるんだから!」
「大人しくエロ本の竿役やってろよ!」
おそらく天地開闢以来初と思われる、エロ本の竿役になることが推奨されるような事態が発生してしまった。そんな状況下でも先程からモブおじさん(自称神)に対抗するために必死に食らいつく二人だったが、悲しいかなモブおじさん(自称神)はそれを容易く越えていく。
「おぢさんが好きなのはね、TS娘と親友くんのラブコメなんだ。だからこうして神様として君たちに夜の運動会をしてもらうためにやって来たんだ!」
「クソみてえな言葉の上にクソみてえなルビを重ねてんじゃねえぞクソキモじじい!」
「言ったれ紫野原!その調子や!」
どうやら主人公に感情移入するよりもエロいことをしている部屋の壁になりたがるタイプのおじさんだったらしい。
しかし残念ながらこの二人にはそういう方向性はあまり無いため理解されることはなく。ただひたすらに意味不明な気持ち悪い変態で理解が止まり、変態を罵倒する方向へと進んでいった。
「君には理解できると思ったんだけどねえ。ねえ、親友くん」
そしてそれはモブおじさん(自称神)にとっては良くないものだったらしい。先程より低い声で紫野原へと迫り、そう問いかける。
「親友くんってなんだよ親友くんってもうちょっと他に呼び方が」
戸惑いを全面に押し出した紫野原に対し、弱気な態度を受けて増長したらしいモブおじさん(自称神)は語気を強め叫んだ。
「なんで君は!!!縹ちゃんっていうこんなにもかわいいTS娘がそばにいて!!!手を出してないんだ手を!!!はよ出せ!!!!」
ビシ、と効果音が付きそうな勢いで縹を指差し、暑苦しい演説を繰り広げる変態の言葉に紫野原は驚きよりも呆れが勝ってしまっていたが。当のアホは違ったようで。
「い、言われてみれば……!ワシという宇宙一かわいい美少女が隣にいるんに紫野原はワシによこしまな視線ひとつよこす素振りすら見せん!ハッ、まさかこの歳でEむぐっ」
「んな訳ねえだろ馬鹿が!」
最悪の解釈に至ってしまったアホの口を紫野原が必死にふさぐ。なにせこの場には物事に対する捉え方が誤解意外存在しなそうな自称神(笑)がいる、少しでも誤解される要素は減らしたかったのだ。
「そっかそっか、親友くんは十代でおちんちんが使い物にならなくなっちゃったんだね。それならほら!象にも効く超強力精力剤!これなら股間のぞうさんも一瞬でげ」
「どいつもこいつも馬鹿じゃねえのか黙れ!」
しかし紫野原の行動も虚しく、モブおじさん(自称神)は事態を見事に曲解していく。
故にそれはそれは見事な回し蹴りが変態のたるんだ三段腹にめり込み、その衝撃で脂ぎった手からすっぽ抜けた怪しげな小瓶が宙を舞った。パリーン、と硬い音を響かせて床に桃色の液体が撒き散らされる。
「こら!子供が大人の言うことに逆らっちゃいけないんだよ!もーおぢさん怒っちゃったぞ!こうなったら〜こうだ!」
妙な嫌悪感を抱かせる間抜けな話し方とは裏腹に、モブおじさん(自称神)がいつの間にか手にしていたのはどことなく既視感がある画面を表示したスマートフォンであった。それは数多のいかがわしい書物やら映像やらで多用されてきたアプリである。
「おぢさんの催眠アプリの力で、なんで縹ちゃんに手を出さないのか答えさせてやる!」
「おかしいやろなんで紫野原が催眠アプリのターゲットにされてるん?!ここはワシが催眠かけられて紫野原に性的に襲いかかる流れやろ?!」
モブおじさん(自称神)が紫野原に向け掲げるそれに、縹が微妙にズレたツッコミを叫ぶ。その言葉を聞いた変態はきょとんとしながら口を開いた。
「おぢさんは催眠とか関係なく自分の意思でTS娘に親友くんを襲ってほしいからさ……あっもしかして縹ちゃんは本当は親友くんに女の子として見てもらいたいけど恥ずかしくてできないから催眠で後押ししてほしいってこ」
「んなわけあるかあ!ワシは男に戻りたいんや!……ハッ!そもそも催眠アプリなんちゅううさんくせえもんに紫野原が、つーか需要のない野郎が陥落するはずがないんや!し、紫野原大丈夫だよな?さ、さっきからなんも話してないのは気のせ」
縹が視線を向けた先には、お手本のように目からハイライトを消した紫野原がぼうっと突っ立っていた。百人中百人がトランス状態であると判断するような有様である。野郎の催眠には需要がないと縹が見誤った結果であった。
「なんっでそこで堕ちとんのや貴様ァ!目ェ覚ませやてめえが催眠にかかっても誰も得しないんやで?!それぐらいてめえが一番思い知っとるやろがいはよしろ!」
「無駄だよ縹ちゃん。おぢさんの催眠アプリはとっても優秀だからね。ねえ親友くん。君はどうして縹ちゃんとエッチしないのかな?」
焦った縹にがくんがくんと体を前後に揺さぶられるも、紫野原は催眠から帰ってこない。故にモブおじさん(自称神)の問いに、彼は素直に答えを口にした。
「……あいつは、美少女とか、そういうの以前に、友達、だし……」
「紫野原……」
夢うつつながらも、予想外にまともなことを発言する紫野原に縹が少しだけ驚く。てっきりこの時点で罵倒が飛んでくると思っていたので、正直意外であった。
「どんなに美少女でも……中身がただのアホな縹だと思うと……死ぬほど萎えるし……」
「紫野原……?」
しかし紫野原の発言は徐々に雲行きが怪しくなっていく。それに比例して縹の眉間にシワが寄っていった。
「あいつナルシストすぎてウザいし……未だに厨二病こじらせて自称関西人やってるし……」
「ワシはナルシストじゃないし自称関西人でもないんやが?関西人(真)なんやが?」
本当に催眠にかかっているのか疑わしいほど、妙に具体的な悪口に近づいてきた紫野原に、縹の怒りのボルテージが徐々に上がっていく。
「つーか……あいつ貧乳だから俺の好みじゃな」
「黙れ巨乳至上主義者アアアア!」
「うぶっ?!」
そしてついに、完全にブチ切れた縹の拳が紫野原こと巨乳至上主義者の鳩尾に決まった。
「ワシのこの華奢な細身ボディにはな!下品なまでに膨らんだ乳なんぞ必要ないんや!片手で簡単に優しく包み込めてしまうちっぱいこそが最適っちゅう世界の真理すら理解できないなんて、てめえの頭の出来がしれてるなあ!」
トランス状態の為、なんの抵抗もなくふらりと倒れ込んだ紫野原の体を掴み、縹は全力で己の肉体について語る。そう、紫野原と縹には好みのおっぱいのサイズという致命的な見解の不一致が存在しているのだ。
「……いや、巨乳、は」
「ワシは今のワシこそが最高のバランスなんやここから一ミリでもズレたら最高の美少女とは言えなくなるんやそんな簡単なことが何故わからん?!」
「……」
「そもそもなんでもかんでも肉を盛るのがスケベなんつーのは素人の発想なんや、この世でもっともエロいんは今のワシのようなスレンダーな体なんやからな!更にそこにツインテっつう属性を盛」
「うるせえ黙れ貧乳至上主義者!俺は巨乳がいいんだよ!」
が、と縹を押しのけて紫野原が叫ぶ。どうやら縹渾身の貧乳演説によって紫野原は正気を取り戻したようだった。
「紫野原……!」
「なんだそのほっと一安心みたいな顔。そんな顔する要素どこにも無かったろ」
無事催眠が解け、安堵に緩んだ表情のまま縹が紫野原の名前を呼ぶ。どうやら催眠にかかっていた間の事を覚えていないらしい紫野原は、その様子を不思議そうに眺めていた。
「……いや、まだかかったままやな。こいつ巨乳こそが至高みてえな意味不明な事ほざいとったし」
「は?巨乳こそ至高だろ何言ってんだお前」
「クッ……!やっぱりまだ紫野原はあのおっさんの手中に堕ちたままなんやな……!かわいそうな紫野原、ワシが目を覚まさせたる、貧乳こそが至高なのだと……!」
「何言ってんのか全くわかんねえけど俺が巨乳が好きなのは元からだよ」
そのままギャーギャーといつも通りの馬鹿騒ぎを繰り広げる二人の後方で。TS娘と親友がいる部屋の空気に徹していた自称神様のモブおじさんが意味深にスマホを操作していた。
実は紫野原が催眠から解放されたのは普通にアプリを止めたから、という真実に二人が気づけぬまま。おもむろにそいつは口を開いた。
「おぢさんは神様だからね、どうすれば縹ちゃんと親友くんがいちゃラブセックスしてくれるかわかったんだ!」
「まだいたのかってうわなんだこの光?!」
「て、てめえまだ何かするつもりなんか?!」
最早紫野原には存在ごと忘れられていた中年男性は、意気揚々とそう語る。それと同時に縹を中心に謎の光が周囲を包み込む。暫くすると、目を開けない程眩しいその光は徐々に再び縹を中心として収束していった。
「な、何をしたんやあのおっさん……ん?なんか、胸が重いような?」
「俺に聞くなよアレ喚んだのお前だろ……って、は?」
二人はぶつくさとぼやきながら目を開く。そこには自称神がやらかす前と後で、わかりやすすぎる程の変化がもたらされていた。そう──
「わ、ワシの乳がでかくなってる──?!」
たゆん♡とかどぷん♡とか効果音がついていない事に疑問を抱いてしまう程に、縹の胸が巨乳と化して揺れていたのである。それこそ、下に手を置いて支えられる程に。形もよく、垂れてもいない立派な巨乳であった。
「おい何してくれとんやあのおっさん!ワシはおっぱいじゃなくてちんこを求めてんのやそこら辺勘違いされちゃ困るんやけど?!……どこ行ったんやあのおっさん?!」
縹が混乱したまま辺りを見回すも、先程まで確かにいたはずのモブおじさん(自称神)は跡形もなく姿を消している。その横で紫野原は縹が探している人物がいたはずの場所に落ちていた紙を拾い上げた。
「『親友くんの為に縹ちゃんのおっぱいをおっきくしてあげたよ!これで思う存分二人でいちゃいちゃして縹ちゃんをメス堕ちさせてあげてネ!おぢさんより』……うわキモ」
よくわからないが不審者は縹の乳を盛って去って行ったらしい。文面からもにじみ出るキモさに紫野原が顔をしかめていると、紫野原の手から紙ペラが消えた。
「ふっざけんじゃねえよクソ野郎がァァァァァ!」
爆速で紫野原から紙を奪い取った縹が勢いよく破いた為である。破り捨てた紙を足で踏みつけながら縹は怒りを吐き出す。
「ワシのこのすんばらしいボディのバランスを崩しやがって!今のワシには!慎ましいおっぱいこそがベストや言うとるやろが!つーか紫野原の為に何故ワシが乳を盛られなきゃいけないんや何もかもがおかしいやろ?!」
「……」
「……いやよくよく考えたらてめえが巨乳好きとかいうからこうなってるんやないん?!」
「一回でいいからおっぱい揉ませてくれ」
真実にたどり着いてしまった縹がじろりと紫野原を睨む。しかし先程から完全に縹の乳房に脳みそと視覚を支配され、話なぞ一ミリも聞いていなかった紫野原は、真顔で己の欲望を垂れ流した。
「……は?」
「一回ぐらいはいいだろ、減るもんじゃねえし」
「……?」
縹が美少女になった直後すらも、幻覚を疑った後現実を呪っていたあの紫野原が。何故かここにきてある種正統派な態度を取り始めたことに、縹は本来抱く筈の諸々よりも先に困惑が勝った。
縹の中で紫野原は、殴ったり蹴ったり罵倒してきたりはするものの、セクハラをしてくる男ではなかったので。
「し、紫野原てめえでかい乳がついてりゃなんでもいいんか?!そんなに飢えてんのかてめえ?!」
「当たり前だろ。お前だって女の子になった直後に揉んだだろ」
「…………」
唐突に提示されたこの世の真理を前に、縹は真顔になる。
「……まあ、それはそう、やけど」
「ってことで揉ませろ」
「……嫌や」
胸をかばうように腕を動かす縹の仕草に若干違和感を覚えながらも、紫野原は何故ここまで縹が了承しないのか不思議であった。ちょっと触れるぐらいいいだろうに、どうせ中身はあの縹なんだし、と考えていたのだ。
「なんでだ?あれか、なんか奢ればいいのか」
「いやそういうわけじゃないんやが」
「じゃあいいだろ」
「……」
一方の縹は、何故自分が揉まれたくないと感じているのかということについて深く考えると、なんかロクでもないことになる気がすることを動物的な直感でもってして察知していた。妙なところで勘が良く、そういう意味で面白味のないアホである。
故に縹は、無言で行動に移った。
「ちょ、おいなにし」
縹はすたすたと紫野原の横をすり抜け、ベッドの上に放り出されているラノベを手に取る。紫野原の言葉をガン無視した縹は、ラノベを例の召還陣の脇に置いた。そして。
「異界に住まいし理外の生命たちよ我が願いに応え召喚に応じよッ!」
「おい待てお前何また召喚しようとしてるんだよ?!」
またもや召喚陣(ケチャップが八割方染み込んでおり欠損が多い)が光を放つ。そう、縹の足りない頭でたどり着いた状況の打開策とは、この召喚陣の起動である。
「何言っとんのや紫野原!まだワシの股間には!相棒が戻ってきてないんや!!!!!!つかこの盛りに盛られたおっぱいも含めてどうにかせんとあかんやろが!!!!!」
「いやそのおっぱいは少なくとも俺が揉むまではそのままで」
「うるせえワシの乳はワシの為にあるんやてめえの為の乳やない!」
バシ、と勢いよく縹の平手打ちが紫野原に直撃する。縹的になりふりかまっていられない状況の中でも、召喚陣は正常に機能し、放たれていた光も徐々に収束していく。そこに現れた、状況を打開するために縹に喚ばれたもの。それは──
「へぇ〜あなたがわたしを喚んだんだぁ」
夜が似合う桃色の長髪と、たっぷりとした睫毛に彩られた紅の大きな瞳が目立つ整った顔立ち。ボンッキュッボンという俗な言葉を体現したような体を覆う、露出過多なラバースーツ。そして彼女の正体をわかりやすく表すぐるりと曲がった闇色の角とハート型のしっぽ。つまり──えっちなサキュバスのおねーさんである!
「一生のお願いですヤらせてください!」
縹とかいう中身が縹な美少女よりも遥かに股間に来る美女の登場に、紫野原は反射的に叫びながら土下座を決め込んだ。その一連の流れは目で追えないほど素早く、見事なものであった。やっていることはロクでもないが。
「うわワシが喚んどいてアレやけど変わり身早すぎん……?つかてめえ流石に初対面相手に速攻ヤらせろはあかんやろ」
「だってえっちなサキュバスのおねーさんだろ?!えっちなことするのが生態みたいな存在だろ?!いけるだろ多分!」
友人が欠点中の欠点を積極的に露出していく様を、縹はどこか複雑な気持ちで眺めていたものの、その感情こそがヤバい気がしたため見ないふりをした。というか友人の残念具合に「やっぱワシの方が百倍まともやな」と思い直していた。当たり前だがどっちもまともではない。
「ん〜……わたしは今、そこの女の子に喚ばれてこの世界に居るから、その子以外の人からのお願いを叶えるとルール違反で怒られちゃうんだあ。だからそのお願いには答えられないの。ごめんねぇ」
ちなみにこの場でもっともまともなのはえっちなサキュバスのおねーさんである。規則をきっちりと守る真面目なえっちなサキュバスのおねーさんであった。
「な、ならこいつの願いごとが終わった後に俺があなたを召喚すれば」
「……多分、召喚できないと思う」
申し訳なさそうな表情を浮かべる姿すらもサマになる、まさに人外の美貌であった。
「なんでだよ?!こんなアホにできて俺はできないとかおかしくないか?!」
「ワシはアホやないんやが?!おう訂正しろやぁ!」
「今お前にかまってる暇は無いんだよ!」
困惑し叫ぶ紫野原の必死具合にも、平常運転を取り戻しつつある縹にも付いていけていないのか、少しおどおどとしているえっちなサキュバスのおねーさんは、それでも紫野原の問いに答えようと、健気に答える。
「ええっとねぇ。こういう召喚に応じる対価って、大体魂なの。それでね、今わたしを喚んでくれた女の子は、魂がすっごく強いの。具体的に言うと、百万人ぐらいを一気にお腹いっぱいにできるぐらい」
「つまりワシはすごいってことやな?!」
「うん。あなたはとってもすごいと思うよ。それでね、その。そっちの男の子は、その〜……」
視線を宙に彷徨わせた後、紫野原の期待する視線に耐えきれなかったらしいえっちなサキュバスのおねーさんは、おそるおそる口を開いた。
「えっと、たしかこの国のものだったと思うんだけど……植物?をベースにして油で上げたこう、棒状のお菓子って、あるよね?」
白く華奢な手を丸め、筒を掴むような形状にして彼女は表現する。その光景は状況を抜きにすれば、何というか別のナニを抜きにかかっているようなポーズだった。
「それって手コk」
「う○い棒?あれがどうしたんだ?」
故に「サキュバスにとってはちんこはおやつ判定なのか?」と最低な解釈をしたアホは当たり前のようにロクでもない事を口にしかけたが、紫野原が被せるように答えを発言した為彼女には聞こえなかったらしい。
なお紫野原も言葉にしていないだけで大体縹と同じことも考えていたので、結局どっちもどっちである。
「うん。多分それであってる。あのね、なんというか、その、気を悪くしないでもらいたいんだけど……」
どうしてここでうま○棒が出てくるのだろうか?と首を傾げる二人に見守られる中。
「あなたの魂は、食べきったとしてもあのお菓子よりもお腹が膨れないから……た、対価として見合わないんだよね」
えっちなサキュバスのおねーさんが言い淀むのも頷ける、あまりにも残酷な真実が告げられた。
「この俺が、縹以下だと……?!俺にはサキュバスのおねーさんは召喚できないと……?!」
「なんやその絶望顔。ワシに失礼とか思わんの?」
「こんな、こんな顔だけの奴に……?!」
「はあ?!ワシの魅力は顔だけやないが?!中身もめっちゃカッコいいんやが?!」
「あの、ここって多分集合住宅だよね?その、床を叩いちゃマズいんじゃ……」
かつてないほどに絶望を体現した様子で膝をつき、床を叩く紫野原。そしてそれに独自路線でいちゃもんをつけにかかる縹。冷静に紫野原の行為を咎めるえっちなサキュバスのおねーさん。異世界人に常識で負けるという本当にどうしようもない結果を二人は叩き出し続けていた。
「何とかならないのか?!」
「う〜ん、自分以外の生贄を用意するとか?でもそれってこの国だと大分難しいよね?だから実質不可能だと思う」
「生贄ならここにいるぞ」
「は?」
生贄を提案されてから縹を差し出すまで、コンマ数秒であった。友人を売る速度世界大会があったら優勝が狙えそうな男、紫野原であった。
「確かにこの子ならこの子自身の負担がほとんど無しに、大体何でも喚べると思うよ。けどその、それでいいのかは」
「よっしゃやろ」
「おいなぁにナチュラルにワシを生贄にする方向性で話つけとんのや紫野原。てめえいつからワシの命賭けられるほどご大層な身分になったんや?あ?」
(紫野原視点では)無事己の童貞喪失機会を得ることができた事になるためガッツポーズをしていたが、縹にとっては何も無事ではない為普通にキレた。当たり前である。
いくらガワが美少女だろうと、いくら紫野原好みのデカ乳をぶら下げていようとも、中身が紫野原の中で密かに元ヤン疑惑が浮上している縹である以上それなりに圧があるものであり。
「ワシのもんをたかがてめえの童貞の為に使わせてやるわけ無えやろ。ここは男らしくてめえのタマ賭けて潔く打ち上がってきたらどうや、最初で最期ぐらいじゃねえとてめえは童貞捨てられへんようなつまんねえ男らしいからなァ?」
「いやお前で童貞捨てれば」
「んな事したらてめえのケツにオモチャぶち込んでネットに晒すが」
「…………お前ガチで脅しにかかるとマジで怖いんだよ!なんでそうも極端なんだ」
目をかっぴろげて美少女がしてはいけない類の脅しをする縹に、紫野原がため息をつく。縹が本気でキレて仕舞えばどうしようもなくなることを紫野原は知っているので、大人しく両手を上げて降参の構えを取った。
「極端?ワシの貞操に比べりゃてめえのケツの純潔ぐらい安いもんやろ」
「いやなんも安くねえよ同じ処女だぞ?いや男に処女もクソもねえけど」
「ワシだって男なんやが?!処女とかそういう概念ないんやが?!」
「その胸で男名乗れねえだろ」
「こいつはワシの意思じゃなくてあの自称神様のおっさんのせいやし今からこいつとおさらばするんやから関係あらへんやろ!なっおねーさん!」
どうやらこの討論とも言えないやり取りでアホは本題を思い出したらしい、部屋の隅で縹の治安最悪ムーブに怯え空気と化していたえっちなサキュバスのおねーさんに話を振る。振られた側である彼女は挙動不審ながらも、一刻も早くこの場から逃げ出そうと口を開く。やはりえっちなサキュバスのおねーさんが一番の被害者では?
「う、うんそうだよ!願い事ならなんでも言ってね!」
「俺の童貞を」
「ちんこが欲しいんや!」
往生際が悪すぎる紫野原が足掻き続けているが、先ほどの言葉通りえっちなサキュバスのおねーさんはそれに取り合う気はないようだ。紫野原をさらりとスルーして、縹に手を伸ばす。
「わかったぁ!サービスって事で、自称神様のおじさん?の現実改変も解除しといてあげるねえ!」
彼女の行動はとどのつまり、おまけすることによりクレームを少しでも回避したいという悲しい事情であったが、それが二人に伝わる事はなく。ついでに発言内容に縹にとっては少々おかしなところが含まれていたものの、アホはアホなので気がつくはずもなく。
次の瞬間、縹をどことなくいかがわしい桃色の光が包み込む。これでやっと、と意気込む縹と己の童貞を捨てるまたとない機会が無くなってしまった事に落ち込む紫野原。
双方正反対の感情を抱きながらも、ついに──縹の願いは、叶えられた。
「……ん?あれ?ワシ女の子のままじゃん」
光が収束した後、えっちなサキュバスのおねーさんは既に姿を消していた。在るのは未だ女の子の見た目のままの縹と、沈黙を保っている紫野原のみ。若干関東弁に戻っている縹は、困惑した様子で己の身体をまさぐる。先程のような百人中百二十人が巨乳と断言するような乳こそ消えていたが、華奢な肩も腰のくびれも、先程までと何ら変わっていない。
首をひねりながらも調査の手が上半身から下半身へと移ろうとしたその時。縹がものの見事に硬直した。
暫くそのままだった縹だが、今度は猛然と制服のスカートの上から手を躊躇なく内側に突っ込む。どう考えても他人がいる場所でやってはいけない類の奇行に走り始めた縹を紫野原が止めるよりも早く。可憐な美少女フェイスに備わった大きな瞳は見開かれ、かくして元少年の絶叫が一室に響いた。
「わ、ワシの股にまんことちんこ両方あるんやがあああああああああ?!」
おそらく大半の読者にとって予想通りであろう展開である。冷静に考えれば男性器を寄越せと言われたら、その股ぐらに男性器を搭載して欲しいという願いとして捉えるのは当たり前だ。間違っても男に戻りたい、とは捉えられないだろう。勿論紫野原にとっても予想通りの結末だった為、やっぱそうなるかーと冷静に傍観し、ラノベに戻ろうとしていた。
「お、おい待て紫野原、なんでてめえは驚いてないんや?!」
「そりゃちんこつけろって言われたら女のままちんこつけるだけで終わらすだろ。だからなんでお前男に戻りたいって言わないんだろなって思ってたし、なんだったら召喚陣からお前のちんこがそのまま生えてくると思ってた」
「そこまで考えてたんなら何故ワシに教えないんや!」
縹の立場からすれば当然、紫野原は間違いを訂正しないまま放置した奴という事になる。話の流れで問われた理由を、紫野原はぶつぶつと述べ始めた。
「だって本当にふたなりになるのか興味あったし……ふたなりって二次元でしか見たこと無いから見てみたかったし……お前だってエロ本にしかいないレベルで性知識に欠けてる貧乳の女の子に会えるかも知れないってなったらそれぐらいするだろ……」
「まあそりゃあ、そうかもしれんけど……そういう無垢な子を自覚なしにどこに出しても恥ずかしくない肉べ」
「お前マジで陵辱モノ好きだな」
妙な所で納得を見せてしまったアホに、地雷を踏まれかけた紫野原が話を遮る。ひとまずこのやり取りで縹は落ち着いたらしい。改めて事態を正確に把握するために、恐る恐ると言った様子で己の股間を直視する。
その顔から、サア、と血の気が引いていった。
「おいどうしたんだよ縹」
「……ワシの目がバグったんかもしれんけど」
その異様な反応に、反射的に紫野原が問いかける。すると瞳に少しだけ涙を浮かべた縹が、顔面蒼白のまま理由を口にする。あまりにも残酷な、ものを。
「なんかこのちんこ、元々のワシのちんこよりご立派っぽいんやが……き、気のせいやろ?し、紫野原だってそんなんありえへんって思うやろ?」
「…………」
沈黙する。当たり前だが他人の男性器のサイズなんていう死ぬほどどうでも良いようなどうでも良くないような微妙なラインのものを、紫野原は記憶していなかった。故に彼はこの事について、肯定も否定もできない。
「……まあ、女の身体にデカいちんこついてるよりは、男の身体で粗チンの方がまだ童貞捨てられる確率があるんじゃないか?あとほら、俺は知らねえけどお前のちんこがめっちゃ膨張するタイプで、臨戦態勢なら今のちんこよりデカいかもしれねえし。も、もしくはそのちんこが臨戦態勢になってもそんなデカくならないタイプとか」
どこからどう見ても苦し紛れの慰めであった。このような特殊案件に対する慰めをできるほど、紫野原の人生経験は特段豊富ではないので。
「元々ワシのちんこは立派な大太刀なんやが?!粗チンやないんやが?!あっでも膨張率に関してはワシも一理あると思いたいわ!」
半泣きでそう吠えても大した迫力はない。言えば言うほど言葉の信用性は落ちていく、という残酷な真実を告げぬまま、紫野原は縹に問いかける。
「それで結局どうするんだ?」
「……ちょっと話しかけんでくれ、紫野原。ワシは今ちんこの大きさと性別を真剣に天秤にかけてるんや」
「こんなことが起きなきゃ一生同レベルとして扱われなさそうなラインナップだな」
ぐぬぬ、苦悶の顔を浮かべ悩む縹。なおその顔は紫野原には金欠により少ない小遣いを握りしめ、コンビニのホットスナックの前でどれを買うか選んでいる時と似たようなものに見えていた。とはいえ縹にとっては人生の岐路に立たされていると言っても過言ではない状況だ。
そして縹的には十分に、紫野原的には大した時間もかけずに。縹は己の答えを定めた。
「決めたッ!ワシはまたあの召喚儀式を行い──男に戻り、どさくさに紛れてちんこも超☆ウルトラスーパーハイパーDX巨根にしてもらうんや!ふっ、我ながら完璧な発想やな!」
「いや超☆ウルトラスーパーハイパーDX巨根ってなんだよ?!」
瞳を輝かせ、新たに目標を定める美少女と記述すればなんとなく良さげなものに聞こえるが。実態は男に戻るついでに己の男性器も立派にしてもらおうという姑息かつロクでもない計画を披露しているだけであった。胡乱げなワードにツッコミを入れた紫野原に、縹はきょとんとした顔で返す。
「なんや紫野原知らんのか?超☆ウルトラスーパーハイパーDX巨根は常識やろ」
「どこの世界の常識だよ?!」
「こんな簡単なことも知らないんやなあ、やっぱ紫野原ワシより頭の出来が悪いんやないん?ふっふっふっ、馬鹿な紫野原にこの最高に天才なワシが教えてやる、超☆ウルトラスーパーハイパーDX巨根は──」
「いや超☆ウルトラスーパーハイパーDX巨根とか言ってる奴は馬鹿に決まってんだろ、何言ってんだ」
「はあ?!何を言うとるんやワシは天才なんやぞう○い棒!」
「クッソ割とこっちは気にしてんだぞ元粗チン!」
「あ゛あ゛?」
こうなってしまっては売り言葉に買い言葉、いつものように二人の喧嘩が開戦するのも時間の問題であり。それは縹が美少女化して、更にそこに男性器が加えられようとも変わることのない二人の平常運転であった。
その後ふたなりに興味津々の紫野原に縹が脱がされかけたり、えっちなサキュバスのおねーさんの召喚に挑み倒れた紫野原に縹がドン引きしたり、久方ぶりにまともに性欲を発散できる状況になってしまった結果縹の息子が暴発しかけたり、一悶着どころではなく数多の事件が発生する事になるのだが。
その過程で縹が男に戻れたのか、それともモブおじさん(自称神)の思惑通りにメス堕ちしたのか、それは神(モブおじさん(自称神)ではない)のみぞ知る──
性転換病云々の設定が同じ「友人がオレ/俺好みの美少女になってたんだが?【https://ncode.syosetu.com/n4629ic/】というものもありますので、よろしければ是非。この話よりはまともなラブコメです。