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怖れが己の心のうちのどこにもないことを、キトは不思議に思った。
かつて10万のキャナ軍を一人残らず消し去ったと伝えられる”古都”の首席が目の前に座っている。
新大陸の最強国--いや、おそらく旧大陸とアースディア大陸を含めた全世界で最強国だろう--ショナの首都、デアにキトはいる。
キトは多くの国を巡ってきた。
しかし、これほど繁栄した都市は他にはなかった。
物に溢れ、何より人々の笑顔が明るい。
『遠くまで来た』
つくづく思う。
もっとも、故国であるキャナ王国を出て、アースディア大陸の南の果てを経由してここまで来た。キャナ王国とショナは通商も行っている。むしろ、近くまで戻って来たと言っても間違いではない。
「それで、わたしに何の用かしら」
”古都”の首席が問う。
優しい声だ。
ウェーブした長い金色の髪を背中に落とし、細くしなやかな足を優雅に組み、艶やかな笑みを浮かべて、赤味を湛えた栗色の瞳でキトをまっすぐ見つめている。
デアの中心部にあるスフィア神殿に近い茶屋だ。
茶屋にいる人々は、誰も彼らに注意を向けていない。”古都”の首席の後ろの席には親子連れらしい二人が向かい合って座っている。赤い髪をしたまだ幼い子供は、”古都”の首席に背中を向けてオレンジジュースを飲んでいる。
余りの平穏さに戸惑いを覚えながら、キトは、「教えて頂きたいことがございます」と答えた。
「”古き国々の都”、--貴女様が首席を務められる”古都”が何故滅んだのか、ご存知であれば、教えて頂けないでしょうか」