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9.春の庭にてお祝い

 

 そして遂にガーデンパーティ当日。

 わたしは体に負担がかからないように手早くメイド達に着付けられて、玄関ホールで待つジェラルド様の元に向かった。


 お姉様が見立てたというドレスは、淡いピンク色の生地が幾重にも重なりだんだんと濃い色になってゆき、腰の部分で光沢のあるリボンがきゅっと結ばれているデザイン。

 いつかジェラルド様がくださった、あの素晴らしい香りのピンクの薔薇と同じ色だ。


 飾りは真珠と銀で統一されていて、自分にいうのはすごく恥ずかしいのだけれど、所謂「妖精姫」を強調するかのようなふんわりとした美しさで纏められている。

 何故ですかお姉様……! カール様に一目惚れされては困るのです。今日のわたしに一番似合いのドレスはええと……ど、泥色とかですよ!


 とはいえ、わたしも女性の一人なので、美しく装うと気持ちも華やぎ高揚してしまう。

 ましてそれがジェラルド様のエスコートで、だなんて! 今日の任務がなければ、わたしはひたすら浮かれていただろう。


「お待たせしました、ジェラルド様」

「…………ああ、ベル」

 ホールで既に待ってくれていたジェラルド様はわたしを見て、青い瞳をぱちりと瞬いた後にあの素敵な笑顔を浮かべてエスコートの為に手を差し出してくれた。

 す、素敵!

「この前の外出着も素敵でしたが、盛装したジェラルド様は特に素敵です! 体に厚みがあるので、光沢のある上着の生地が映えますこと」

 大人の男性としてはまだまだお若いのに、威厳がありとってもしっかりと地に足がついた落ち着いた佇まい。厚みのある体は盛装が本当によく映えて、何とも頼りになりそうな大人の男性だわ。

 わたしの勢いにちょっと驚いたジェラルド様だったが、すぐにまた笑顔になる。

「ありがとう。でもベル、間違いなくあなたのほうが素敵だ」


 どうしよう! わたしの婚約者が魅力的過ぎて倒れそうです!!

 わ、わたし、こんな素敵な方の隣を歩くの? へにゃへにゃの、棒きれみたいなわたしが?

「本当にわたしには、勿体ないほどの方です、ジェラルド様は」

 ぽろりとそう言うと、ジェラルド様はますます嬉しそうに笑った。

「光栄だ」


 そのままスムーズにエスコートされて、わたしは何一つ体に負担がかかることなく馬車の座席へと座った。

 昼日中の姉の婚約披露のパーティに赴くにしては、家紋の入った立派な四頭立ての馬車は大袈裟な気がする。わたしが視線だけで不思議そうにしていると、向かいの座席に座ったジェラルド様が答えをくれた。

「ルクセントールの屋敷までは少し距離があるから、この馬車があなたに一番負担が少ないだろう」

「まぁ……! お心遣いありがとうございます」

 確かに馬車が大きいほうが振動は少なく、その長時間乗っていても体は楽だ、同じ王都内とはいえシェフィールドの屋敷からルクセントールの屋敷まではちょっとそこまで、という距離ではない。

 このタウンハウスが離れているのもポイントの一つだったのだ。外出圏内が重なっていては、デートしているお姉様とお相手に出くわしてしまうかもしれないから。

 もっとも、わたしは滅多に出歩かないからこれは優先順位が低い条件だったけれど。


 などと考えていると、馬車はとても滑らかに走り出した。僅かな揺れが心地よくて、眠気を誘うほどだ。

 ついうとうととしてしまうと、向かいでジェラルド様が喉を震わせた。

「眠ってしまっても構わないよ。着いたら起こしてあげよう」

「まぁ、これからパーティなのに、眠ったりなんて、しませんわ……」

 反論しつつ、もう語尾が危うい。

 それぐらい、この馬車は心地よかったのだ。向かいに座るジェラルド様は持ち込んだ本を開いて、わざとこちらを見ないようにしてくださっているし、ちょっとぐらいならいいかもしれない。

 パーティで頑張る為に、体力を温存するのは大事よね。





 なんて思ってたら、ぐっすり寝てしまいました! 虚弱!! ……は、あまり関係ないかしら。


 くすくすと珍しく抑えて笑うジェラルド様に手を引かれて、数ヶ月離れていただけなのにもう懐かしい気持ちになる実家の扉をくぐる。

 出迎えてくれたのは、幼い頃からわたしを知っている執事だった。

「おかえりなさいませ、マリアベルお嬢様」

「久しぶり、バル! 元気そうでよかったわ」

「はい。お嬢様のほうこそ、お顔色もよくてわたくしもホッとしております」

 おじいちゃん執事のバルは目を細めてわたしを見つめ、それからジェラルド様にも挨拶をした。

 バルの先導に従って、勝手知ったる屋敷内を進んで庭へと向かう。応接間から庭へと続く大窓が全て開け放たれていて、そこから皆庭へ出ているようだった。

「ではお嬢様、お楽しみください」

 バルに促されて、私はジェラルド様と一緒に外に出る。


 出た途端、ふわっと風が吹いて庭の花々がそれに一斉に揺れた。色とりどりの花々、見栄えのする枝ぶりの中木、鍛鉄のアーチには蔓薔薇が巻き付いていて、芝生は綺麗に刈り揃えられている。

 見慣れた、懐かしい庭。

 だが、今日は特に念入りに手入れされているのが分かる。シェフィールドの素朴なお庭も素敵だったが、華美さや貴族的という意味ではルクセントールの屋敷の庭はかなりのものだ。

 ここをパーティの会場に選んだお姉様の気持ちがよく分かる。


「アリシア嬢とカール殿を探さないとな」

 ひとしきり感心して庭を眺めたジェラルド様が、わたしのほうに少し屈んで言う。

 そうでした。郷愁にかられて当初の目的を忘れるところだった。むしろ、忘れていたかったのかも。

「はい」

 頷いて、ぎくしゃくとわたしが歩き出すとジェラルド様がスマートにエスコートの姿勢に入ってくれた。チラチラとわたし達を見遣る視線が気になるが、わたしにそれを構う余裕はない。この広い庭、大勢のお客様の中からお姉様とカール様を探して、出来れば人のいないところで対面してご挨拶をお祝いの言葉をのべる。

 たったそれだけのことが、今のわたしには途方もない不可能な任務のように感じられた。



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