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8.こころの準備期間

「それとこれとは話が別です。わたしだってお姉様の幸せを守りたいです」


 わたしがキッパリと言うと、お姉様は眉を寄せた。

「私の話を聞いていた? あなたの犠牲の上に、私の幸せなんてないのよ」

「わたしは十分幸せですし、ジェラルド様にもシェフィールドのお屋敷の皆にもとても良くしてもらっています。あえてカール様に会う危険を冒す必要はないと思います」

「もう、頑固ね!」

「お互い様だと思います!」

 思わず声を上げたお姉様にわたしも精一杯大声で対応すると、それ以上に大きな声でジェラルド様が盛大に笑いだした。


「はははっ! あなた方は、姉妹揃って似た者同士だな!」


 わたしとお姉様は同じタイミングで、ジェラルド様のほうに顔を向ける。

「ジェラルド様、笑いごとではありません! お姉様を説得するのを手伝ってください」

「いいえ伯爵、妹を説得するほうを手伝ってくださいませ。この子、あなたの言うことなら聞きそうですし」

「意地悪な言い方をなさらないで、お姉様」

「マリア、あなたが出席すると一言いえばこのお話は終いに出来るのよ」

 姉妹ながら顔立ちはちっとも似ていないものの、こうして頑固に主張を曲げない姿はそっくりのようでジュラルド様にまた笑われてしまう。


「ではこうしてはどうだろう? ベルは俺と一緒にパーティに出席する。婚約者がいる相手に、堂々と一目惚れしました、なんて言ってくる男がいたら誰がどうみてもそいつがおかしいのだから、あなた方姉妹の評判が下がる心配はいらない」

「でも」

 わたしが言い募ろうとすると、唇にジェラルド様の指がかざされる。

「そしてアリシア嬢は、カール殿がもしもベルに一目惚れしてしまったとしても、決してベルを責めないこと」

「……勿論です。私がお願いしたことなのですから」

 お姉様は、さすがに固い表情で頷く。


 カール様のことを愛しているし、信じているが、これまでのわたしの所業の所為で100%の自信はないのだろう。

 でも信じると決めたお姉様はやっぱりしっかりしていて、強い。


「……わかりました。パーティに、出席します」

「よかった! ありがとう、マリア」

 お姉様とジェラルド様にまでこう言われて、わたしにはもう我を張り続ける力がなかった。

 またお姉様の求婚者を奪ってしまうかもしれないという不安と、それでもこれまで迷惑をかけ続けたお姉様からの頼みを叶えたいという気持ち。結果の相反する感情がぐるぐるとわたしの中で混ざり合う。


 その後、お帰りになるお姉様を何とか見送ったものの、直後玄関ホールでわたしは倒れてしまった。

 虚弱っ!!!


 熱を出して寝込む中、何度かジェラルド様がお見舞いに来てくれた。ような、気がする。

 眠りと覚醒の狭間で、時折活けられている花が変わっていたり、大きな掌に頭を撫でられた感覚があったり、とジュラルド様がいた痕跡があった。ような、気がする。

 うんうん唸ってベッドの住人となること数日。その間にあった出来事は、夢なのか現実のことなのかわたしには判別がつかなかった。

 そしてようやく回復した頃には、お姉様のガーデンパーティはかなり日が近くまで迫っていてわたしは真っ青になる。


「何も準備出来ていないわ……! お昼間のお出掛け用のドレスに、アクセサリー、靴? あとはええと……」

 本来こういういった支度は、幼い頃からちょくちょくお茶会などに出席して母親や姉、周囲の女性の先輩達に助言を受けつつ慣れていくものなのだろう。

 ベッドの住人だったわたしにはほぼ初めての経験であり、数えるほどに出席した会もすべて母が采配してくれていたし、結局いつも途中で熱を出して退場していた。

 そうだ。カール様に会って云々以前に、わたしがまず無事きちんと出席出来るかも問題だった。


「すぐに手配しなきゃ、あの、仕立て屋さんとか……!!!?」

 パニックになって再び倒れそうなわたしに、昼食の席でジェラルド様はにこやかに頷く。

「ベル、大丈夫だ。全てちゃんと手配されている。今日の午後仕立て屋が仮縫いしたドレスを持ってくるので、サイズ調整をしてもらってくれ」

「え、ジェラルド様!? そんなことまでしていただいて……!」

 わたしの前にはサイコロ状に切って綺麗な色のソースのかかったステーキのお皿が置かれているが、ジェラルド様の前には分厚いステーキがパンケーキみたいに二枚重なったお皿が置かれている。ソースは隣の小さなポットだ。

 す、すごい。絵本の海賊みたい。


「いや、アリシア嬢がルクセントールにいた頃からベルが懇意にしていた仕立て屋を紹介してくれて、ドレス選びもほとんど彼女がしてくれただけだ。だから礼は姉君に」

「お姉様が……あ、でも費用は」

「それぐらいは俺に任せてくれ、これでも伯爵だし、あなたの婚約者は少しばかり裕福だ」

 大柄で豪快な見た目のジェラルド様にぱちりとウインクをされると、その仕草が随分チャーミングでわたしはホッと肩から力を抜いた。

「我々の婚約は、後々のことを考えてお披露目なんかはしていないしな。可愛い婚約者が着飾る費用を出すのは、男の甲斐性というものだ。任されよ」

「……ありがとうございます」


 ジェラルド様は本当に優しい。そして、本当に太陽のようにあたたかな人だ。

 条件だけで彼を選んだことを後悔し謝りたくなるぐらい、わたしはジェラルド様に助けられて、守られている。

 カール様と対面しもし万が一わたしが一目惚れされなかったら、お姉様は間違いなく彼と幸せになれるだろう。

 もしもそうなったら、随分早いけれど、わたしはジェラルド様を解放してさしあげるべきだ。問題が取り除かれたのだから、わたしが誰かと結婚しておく理由はなくなる。

 そうなったら、


 とても寂しい、と思うことはわたしの罪なのだろう。

 このままずっとジェラルド様のお傍にいたい。そう思うわたしの、何て傲慢なことだろうか。

 これまではお姉様に迷惑をかけ続けて生きてきて、今は寄生相手を変えてジェラルド様に頼っているだけ。

 甘える相手を変えただけだ。


 そんなことではいけない。お姉様が信じる通り、きっとカール様はわたしになんて一目惚れせずに、お姉様への愛を貫くに違いない。

 そしてわたしは、ジェラルド様にお礼を言って、婚約を解消してもらうのだ。

 それが、一番正しい状態。


 元の状態に、戻るだけだ。



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