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7.今度はこっちが、説得対象

 

「でも……」

 わたしが言い淀むと、お姉様はさらに言い募る。

「これは私だけではなく、カールの望みでもあるの」


 カール、というのはお姉様の婚約者の名だ。ヘイブン子爵家の三男、カール・ヘイブン様。

 今年社交界デビューしたアリシアお姉様だが、カール様とは以前から友人であったらしく、求婚者がわたしに一目惚れして交際のお話が無くなってしまう度に彼に愚痴をこぼしていた為、わたしの事情もよくご存知なのだとか。

 勿論、わたしはお会いしたことはありません。


「お姉様、ですから……わたしがカール様にお会いして、万一のことがあっては申し訳が立ちません」

 まさか一目惚れされては、何ていうことは出来なかったが、ジェラルド様もお姉様も省略した言葉を察してそれぞれに微妙な表情を浮かべた。

「それでも……いえ、だからこそ、カールに会って欲しいの」

「それは……どういう意味ですか?」

 言いながら、眩暈がする。


 わたしにはあまりにも会話の内容の刺激が強すぎて、今にも倒れてしまいそうだった。隣に座るジェラルド様がそっと手を握ってくださったので、それがまるで命綱のように思えて必死に握り返す。

「今まであなたに会って……一目惚れしてきた男性達は、正直私のほうでも家の為に結婚しようと思っていた相手ばかりだったの」

「そう、なんですね……」


 それは別に悪いことではない。

 政略結婚は貴族の常だし、お姉様がそれを申し訳なく感じるのならばジェラルド様に偽装結婚を持ちかけたわたしのほうが、ずっと悪いだろう。

「だから、あなたに一目惚れをして乗り換えられても私もさほど傷つかなかったわ。次を探しましょう、と考えていたぐらい」

「はい……」

 話の先が見えなくて、わたしは少し視線を彷徨わせる。するとジェラルド様と目が合い、彼には分かっているようだった。


「でもカールは違う。彼は私に友人としてずっと寄り添ってくれていて、求婚された時は私もとても嬉しかった」

 お姉様の言葉に、わたしはドキリとする。それってつまり、お姉様も……!

「お姉様」

「ええ……私もいつの間にか、カールのことをとても愛するようになっていたの。彼に求婚されて初めて、私が今まで求婚者に対してすぐに気持ちが冷めてしまったり、気にならなかった理由がよくわかったわ。心がないのに求婚に応えようだなんて、彼らにも失礼なことをしていたの……」

 お姉様はそこで長い睫毛を伏せる。

 家の為の結婚ならば、心が相手になくても問題ないのに、お姉様は本当に真面目で優しい。ますますわたしが条件でジェラルド様を選んだことに縮こまる思いだった。


「……マリア、あなたが彼らを一目惚れさせてくれていたおかげで、私がカールと結ばれることが出来たのよ。お礼を言うわ」

「そ、それはさすがにわたしのことを買いかぶりすぎでは……」

 恨まれるどころか、褒められてしまった。

 わたしが頬を赤くして照れていると、隣でジェラルド様が静かに笑っていた。声を押し殺しても体の震えで分かりましてよ! 


「でしたら、なおさら……そんな大切なカール様にわたしがお会いするのは、危険なのではないでしょうか」

 今まではお姉様としても気にならなかったけれど、カール様がわたしに一目惚れしてしまったらさすがにお辛いのでは。

 お姉様の本当の恋を、邪魔してしまうリスクは避けたいです。


 するとお姉様は首を横に振った。

「私は本当にカールのことを愛しているし、カールも同じ気持ちよ。だからこそ、マリアとしっかり対面して一目惚れなんてしない、私のことを変わらず愛している、と証明して欲しいの」

「え……」

「でなきゃ、結婚した後もいつかマリアとカールが出会い、一目惚れしてしまって私と離縁するんじゃないかとビクビクしながら過ごすなんて、嫌なのよ。ハッキリさせておきたいの」

 お姉様の白黒つけたいアグレッシブな発言に、わたしは目を白黒させる。


 大丈夫!

 まさにそんな不安を払拭する為に、わたしはジェラルド様との偽装結婚を画策したのだ。


「その点でしたら、ご心配ありませんお姉様! ジェラルド様がシェフィールド領にお帰りになる際にわたしはそちらにご一緒させていただいて、二度と王都にも参りませんし、ひっそりと暮らしていきますので!」

「それが嫌なのよ!!」

 すでに計画がバレているのなら、と意気揚々と説明すると、お姉様に怒鳴られた。

 どれほど両親がわたしばかり構おうと、幾人もの求婚者をわたしが虜にしてしまっても、こんな風にお姉様は感情を露にして怒鳴ったりしなかった。

 初めて、怒鳴られたのだ。


 驚いて身を引くと、ジェラルド様の温かい手が背中を支えてくれる。

 不安で顔を見上げると、彼はとても優しい表情で頷いて、視線をお姉様に誘導した。わたしも恐る恐るそちらを見遣る。

 どうしよう、やっぱりわたしはお姉様の邪魔ばかりしているから、怒られてしまったの?

 お姉様を見遣ると、彼女もわたしのほうを見つめていた。その美しい瞳には涙が溢れている。

「お姉様……!?」

「マリアは自分のことばかり犠牲にしようとしすぎよ。体が弱いあなたを特に大切にするのは、家族なら当たり前のこと。それに悪いのは、私に求婚していたのにあなたに乗り換える男達なのに、あなたがそれを背負う必要はないの」

 お姉様が珍しく強い口調でそう仰るのを、わたしはドキドキしながら見つめた。


「家の後継のことを心配してくれたのも、分かっているわ。でもね、私もお父様もお母様も、家が大事なのは、家族が大事だからなのよ。家族を犠牲にして家を守ったところで、意味はないの」

 家族、とは勿論領民のことも指しているのだろうが、お姉様はハッキリとそう言った。

「あなたを犠牲にして、家を守り続けても、意味がないのよ。私達が家を守るのは、家族を守る為、家族の幸せの為なのよ」

 そこですくっと立ち上がったお姉様は私の隣に座って、ジェラルド様が握ってくれているのとは逆のわたしの手を握った。


「マリア。あなたが幸せじゃないと、私達も幸せじゃないのよ」

「お姉様……」

「……ガーデンパーティに出てくれる?」


 感激するわたしに、お姉様はすかさずそう言ったのでわたしは首を横に振る。



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