6.仮病と姉の来訪、そして
「……よし、嘘の病欠にしよう!」
わたしは意思を固める為にわざと声に出した。
そうよ、これまでだってこの虚弱の所為で楽しみにしていた催しを欠席したことは数多い。一度ぐらい仮病を使っても罰は当たらない、と思いたい。
それに、このパーティにはわたしは出席しないほうが、誰の為にも幸せだろう。招待状をお姉様が送ってくれたのは家族としての優しさからだろうけれど、実際は病欠をお姉様も望んでいる筈。
大丈夫です、お姉様。マリアベルはちゃんと心得ておりますわ!
お姉様の意図をちゃんと汲めたことが誇らしく、わたしはフフーンと上機嫌だ。
さっそく、新しい滞在先にまだ慣れていないので当日は体調を崩してしまう可能性が高い為、予め欠席させていただくという内容のお返事を書く。
せっかくシェフィールド伯爵邸の皆さんにも伯爵にも良くしてもらっていて、むしろ健康になっていることを自慢出来ないことも、まるでお屋敷の所為で具合が悪いみたいに書くことも申し訳なかったが、今回だけ。今回だけなので、どうか許してください。ちゃんと事が解決したら、お屋敷の皆さんがどれほど素晴らしいか、お知らせして回るので!
「書けたわ。ちょっと濁した書き方になっちゃったけど……具合が悪くなるのが決定してます、なんてあからさまな仮病理由、書けないしね。お姉様ならちゃんと読み解いてくださるわ」
手紙にきちんと封をして、メイドにお願いしてルクセントールのタウンハウスへ送ってもらう手配をした。
お姉様が婚約! そして結婚なさるのよ!
直接お祝いの言葉を言えないのは残念だけど、わたしの所為でたくさん我慢させてしまったのだ。素敵な方に巡り合って、どうか幸せになってほしい。
貴族同士だけど、出来れば愛し愛されて。
その点、アリシアお姉様は美人だし、賢いし、優しいし、どこをどう見ても自慢のお姉様だから、きっと旦那様になる人はすぐにメロメロになるわね。
伏せるわたしの為に綺麗な花をお部屋に活けてくださったり、ベッドカバーに素敵な刺繍をしてくださったのもお姉様。
わたしが薔薇と刺繍が好きなのは、その影響なのだ。
遠くからだけど、お祝いの気持ちは人一倍ある。
「ああ、お姉様……おめでとうございます……!」
ぎゅっと手を握りしめると、傍にはジェラルド様のくださったピンクの薔薇の花が花瓶に活けてあって、そのうっとりするような香りがわたしの心を優しく包んでくれた。
しかし。
お姉様に返事をだして数日後、シェフィールド伯爵邸にその当のお姉様がやって来た。
「お姉様! どうなさったのですか?」
驚いてわたしが出迎えると、アリシアお姉様は困ったように微笑む。
「急にごめんなさい。パーティの采配が思ったよりも忙しくて、今日にしか来れなかったの」
「わたしはいつも屋敷にいますもの、構いませんわ」
何だかんだと直接会うのは久しぶりなので、嬉しくなってはしゃいだ声をあげるとお姉様はわたしをじっと見た。
「マリア……あなた随分元気そうね、顔色もいいし少しふっくらしたんじゃない?」
「う」
ええ、ええ、太りましたとも。わたしが恨めしそうな視線を向けたので、お姉様は苦笑する。
「いえ、健康なのはいいことよ。でも……そうなると、やはり私のパーティの招待は、遠慮して断ってくれたのね」
「……」
そう、だけど、まさかそれを直接会って言われると思わなかったので、わたしはどうリアクションしていいのか悩んで固まってしまった。
「……やっぱり。だとしたらあなたが急に伯爵に一目惚れしたと言って、婚約したのも私の為なのね。伯爵はそれをご存知なの?」
わたしがそのままオロオロとしていると、廊下の向こうからジェラルド様がやってきた。
「ベル。お客様か」
「シェフィールド伯爵! 突然お邪魔して申し訳ありません」
ジェラルド様を認めると、お姉様はすぐに淑女の礼をとって無礼を詫びた。わたしとそんなお姉様を交互に見遣って、彼は明るく笑う。
「アリシア嬢。あなたは俺の婚約者の姉、つまり俺とあなたももう家族のようなものだ、どうぞお気になさらず」
「ありがとうございます」
アリシアお姉様も美しく微笑んで返事をしていて、わたしだけ何だかおいてけぼりのようだ。
途方に暮れた気持ちになっていると、ジェラルド様がわたしの背中にそっと手を当ててくれた。紳士的な触れ方であり、その掌の温かさにほっとする。
「アリシア嬢、もし時間があるようならば我が家の応接室でベルとゆっくり話されては?」
「ええ、是非そうさせてください。……伯爵もご一緒してくださると、嬉しいのですが」
ちらりとお姉様がわたしを見てそう言い、ジェラルド様もこちらを見てわたしの意思を確認してくれた。
お姉様はもうこの婚約の内情に確信をもっている。だとしたら、内容を了承してくれているジェラルド様が一緒のほうが話がスムーズだろう。
「ジェラルド様、お時間をいただけますか?」
真っ直ぐに彼を見上げて祈るような気持ちで言うと、相変わらずジェラルド様は太陽のような笑顔を浮かべて頷いてくれた。
「勿論」
応接室に場所を移すと、いつものようにたっぷりのお菓子とお茶が運ばれてきた。
「どうぞ召し上がれ。うちの料理人の菓子はなかなかですよ」
ジェラルド様はそう言うと、自分でお皿にお菓子を移してぱくぱくと食べていく。お姉様はその様子に驚いたようだったが、カップに口を付けてから居住まいを正した。
「マリア」
「……ジェラルド様は、ご承知です……」
観念してそう言うと、ジェラルド様はすぐに何の話か察してくれた。使用人達を下がらせて、わたし達三人だけが部屋に残る。
「伯爵は、事情を知っていて妹と婚約なさったんですか?」
アリシアお姉様が訊ねると、ジェラルド様は頷いた。
「ああ。ベル……マリアベル嬢が成人するまでの二年の間に、アリシア嬢が結婚して後継者が生まれていたら、俺達の婚約は解消する、という約束でね」
簡潔な答えにわたしが何をジェラルド様に頼んだか察して、アリシアお姉様は眉を寄せる。
「マリア、あなた……自分の一生を犠牲にしてまで私や家の為に……」
「お姉様。わたしは必要なことをしただけです。実際あのままでは……」
言葉を濁すと、お姉様も俯く。だが、すぐに意識を切り替えるようにしてしゃっきりと顔を上げた。
「そのことを承知で、お願いするわ。マリア、どうかガーデンパーティに出て欲しいの」