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5.絵手紙と招待状


 ベンチにそっと座ると、隣にジェラルド様が座る。わたしは戴いた花束をベンチの空いている部分に置いてから、手紙を改めて開いた。

「見てください! わたしが絵を描いたのでクリスティアン様も絵でお返事をくださったんです。これはお父様……ジェラルド様ですよね、こちらはクリスティアン様かしら、髪の色が一緒だわ」

「では、この隣の女性はベルだな。あなたの姿絵を一緒に定期便に乗せたので、それを見て描いたのだろう」

 驚くべきことを知らされて、わたしはベンチの上でちょっと飛び上がる。

「え! こちらは亡くなった奥様かとばかり……」

「ローザの髪の色は亜麻色だ、それにクリスは母親をほとんど知らないからなぁ」

「そう、なのですか……」

 確かに手紙に描かれていたのは、銀髪の女性だった。奥様とわたしって髪の色が一緒なのね、なんて暢気に思っていたが勘違いだったらしい。


 そして亡くなった奥様であるローザ様については、わたしがここに住むようになってすぐにジェラルド様からざっと聞いてはいた。

 完全な政略結婚で結ばれ、王都から遠く離れたシェフィールド領での生活があまり合わなかったらしいローザ様は、クリスティアン様を生むとすぐに仕事は終わったとばかりに別居なさろうとしたらしい。

 ジェラルド様としても、都育ちで社交的なローザ様を領地に留めておくことは気が咎め、別居を承諾した。

 そしてローザ様は、馬車で王都に向かう途中事故に遭い、帰らぬ人となったのだという。

 誰にとっても、悲しい顛末。


 わたしの知る限り、とても愛情深いジェラルド様にそんなことが過去にあったなんて驚いたものだが、人は突然今の姿になるのではない。

 ローザ様との悲しい過去があったからこそ、今の愛情深いジェラルド様がいるのかもしれない。


 彼曰く、だからこそ家族の為に自分を犠牲にしようとしているわたしの手助けをしてやりたい、と思ってくれたのだそうだ。

 わたしは犠牲にしているつもりはないが、ジェラルド様の騎士道精神というか、奉仕のお気持ちに有難く甘えさせていただいている。


 正直、この屋敷での生活は楽しい。

 今まで抑圧されていたつもりはなかったが、いつどこに行くのも自由だと思うと気持ちが軽くなり、これまでよりもずっと動きやすくなったのだ。

 勿論自分の体力を過信しはしゃぎ過ぎてさっそく寝込んだりもしたが、回数はどんどん減っているし、活動出来る時間は増えている。

 ジェラルド様とのお食事は楽しくて美味しいし、まだ会ったことのないクリスティアン様に手紙を書こうという積極性が自分の中にあることも、嬉しい発見だった。


「ジェラルド様、見てください。ここ。クリスティアン様のサインですよ」

 少ししぼんでしまった空気を膨らませるように、わたしはわざと明るく言う。

「ほう……いびつだが、なかなか雄々しい筆致だな」

「はい!」

 クリスティアン様は文字がまだ書けない、と聞いていたが離れているこの間に書けるようになったのだろうか。

 踊るようなサインの文字を見つめていると、どんなお子なのか早く会いたくてワクワクしてしまう。


「しばらく離れているうちに文字が書けるようになるなんて、見逃して勿体ないことをした」

 ジェラルド様は、ちょっぴり歪んだクリスティアン様のサインに指で触れて、愛情に満ちた視線をそこに注ぐ。

 ローザ様とは上手くいかなかったかもしれないが、ジェラルド様のクリスティアン様への愛情はとても深い。いい父親なのがよく伝わってくる。


「ジェラルド様。わたしこのお手紙にお返事を書こうと思うのですが、ジェラルド様も一緒にいかがですか?」

「いや……俺は絵が下手なんだ」

 困ったようにいつもは凛々しい眉を下げる様は、なんだか可愛らしい。わたしは自然と笑顔が浮かんだ。

「メッセージでも大丈夫ですよ、向こうでお世話係の人が読み聞かせてくれますもの」

 わたしがそう言うと、ジェラルド様はなるほどと頷く。先のお手紙もたくさん絵を描いたが、クリスティアン様への挨拶など、文字でのメッセージも少し書き添えていた。


 その後は、二人でクリスティアン様にお手紙を書いてから、一緒にお茶をする流れに。

 花束以外にも、通りかかりに美味しそうだから、とジェラルド様がお土産に買ってきてくださったチョコレートがごろりと入ったブラウニーは絶品だった。


 そんな風にシェフィールド伯爵邸で過ごす日々は、穏やかに流れて行った。



 だが、わたしがこちらのお屋敷に滞在してしばらく経ったある日、お姉様からガーデンパーティの招待状が届いたのだ。

 なんと、お姉さまは首尾よく子爵家の三男の方に求婚され、それを承諾。見事婚約まで漕ぎつけたのである!

 素晴しいです! わたしがいないだけでこれほど事がスムーズに運ぶなんて、自分で言ってても自分の邪魔者っぷりに悲しくなるわ。いえ、でもこれは離れた甲斐があるというもの。喜ぶべきところよね。


 とにかく、おめでたいことです。ガーデンパーティは、その婚約のお祝いとお披露目の会。

 夜の舞踏会ではなく昼間のガーデンパーティなのは、家族である未成年のわたしも出席出来るようにという配慮だろう。

 何故ですか、お姉さま。それでわたしが出席して、その婚約者の方に一目惚れされてしまっては元も子もないのですよ!?


 こちらも自分で言ってても、自惚れが甚だしい。

 でもこれまでの経験の所為で、どうしても怖いのだ。

 お披露目の会で一目惚れされてしまう、なんて最悪だ。これまでは正式な婚約前だった為、人に知られることなく来れたが、大勢の人が集まるパーティの中で起きてしまっては隠しようがない。



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