3.わたしのじんせい?
「……では伯爵、わたしと結婚した場合の利益についてご説明します」
「うむ……褒めた後に商談とは、やり手だな」
伯爵はわたしを子供のように褒めてくれる。そう、でも実際割と頑張って計画してきたので、ちょっと高揚しているのも事実だ。
お稽古事の発表会ってこんなカンジかしら。体験したことないけれど。
利益は、シェフィールド領の主な産業である穀物を王都に輸送する際に、当家のルクセントール領を通ってもらいそこに掛かる関税を特別安くする、というものだ。当領は王都に近い。
現在シェフィールド領からの輸送に使っているルートよりはやや遠回りだが、数時間程度の誤差であり、しかも現在のルートは王都への主要な街道なのでかなり関税が高い。
「しかしこれではルクセントールに利がないのでは?」
「いいえ。もしシェフィールドの荷物を当領を経由して運んでいただけるのならば、少し遠回りにはなるが安全な街道だという証明になります。そうなれば、現在王都への通行街道を独占しているかの領よりもルクセントールの方が関税が安いので使おう、という領も出て来る筈です」
高くても近い道と、安くて遠い道。
積荷の種類によってはルクセントール領を経由したほうが利益になる、と考える者は見込める筈だ。
「その上で、シェフィールド領からの積荷は、親戚料金としてお勉強させていただきますわ」
「はっはっはっ! こりゃすごい!」
説明し終えて、わたしがほっとして笑うと、伯爵は大きな声で快活に笑いだす。すごい、お腹から声が出ているわ。伯爵は声も艶があって響くし、舞台役者になっても映えそう。
やがて笑いを収めた彼は、真面目な表情になってわたしを見つめた。
「なるほど、わかりやすい。その件は、ルクセントール伯爵とはきちんと話がついているんだな?」
「ええ。わたしが無理をいって結んでいただこうとしている結婚です。持参金の他にこれぐらいのお土産はないと、とおねだりいたしました」
強請ったのは本当だけど、当家にも利があるのも本当。
この案が両家に利があって、交渉の手札になるかどうかはお父様と家令にも相談してきちんと確認してあった。
勿論シェフィールド伯爵に利があっても、わたしのような子供との結婚を拒否する権利は彼にある。
「……わたしが提示出来るのはここまでです。どうか、わたしと結婚してください。姉が無事結婚し、跡継ぎを生むまででも……構いません」
これは最後の妥協案。
最悪跡継ぎが生まれていれば、ルクセントール伯爵家としては生き繋ぐことが出来る。姉の夫で甥か姪の父を、わたしが誘惑してしまわないことだけを祈って、その頃には違う案を用意出来るようになっておこう。
当座の逃げ込み先がわたしには、今、どうしても必要なのだ。
「……わかった」
「えっ」
シェフィールド伯爵の声に、わたしはハッと目を見張る。
「ただし、マリアベル嬢が社交界デビュー出来る年になるまで、この二年の間は婚約期間とさせてもらう」
「えー……」
それはどういう状態になるのでしょう? わたしは王都を離れることが出来ますか?
また疑問が表情に出ていたようで、伯爵は面白そうに笑いながら頷いてくれた。
「シェフィールドにもルクセントールにも利益があるのは分かった。でもこれは、十も年の離れた男の後添いになる本人、マリアベル嬢には何の利もない結婚だろう」
「えっ、いえ、わたしは家の迷惑にならなければそれで……」
虚弱な所為でもう十分に家にも両親にも、姉にも迷惑をかけている。これ以上かけずに済むだけでわたしにはメリットがあると言えるのだ。
だが伯爵は首を横に振った。
「あなたが虚弱に生まれたのは、あなたの罪ではない。二年後。その時に姉君が結婚しお子が生まれていたら、婚約を解消してあなたも自分の人生を歩んでいく選択肢を残しておいても、誰にも迷惑はかからないと思わないか?」
「わたしのじんせい」
思いがけないことを言われて、わたしの目が丸くなる。
わたしのじんせい?
呆然としているわたしを優しい目で見つめて、伯爵は手を握ってくれた。
「あなたが家や姉君の邪魔にならないように、とか弱い身で精一杯画策していることはよく分かった。婚姻の条件も双方に利益がある。でもご家族は、あなた自身の幸せも当然望んでおられる筈だ」
「っ、それは……」
勿論わかっている。
虚弱極まるわたしは、貴族の令嬢としての役目を何も担えていない。なのに、両親も、姉も、屋敷の使用人達も皆とても優しくて親切だ。
さすがに今回の、一目惚れ花束求婚男の件でお姉様に苦言を受けたけれど、あれ以上の言葉はなかった。本当はもっともっと罵って、怒ってもいい場面だったのに。
「……わたしは、わたしの大切なひとが幸せであることが、幸せなんです」
「ご家族はきっと、あなたに対して同じように考えておられると思わないか?」
伯爵の手は大きくて、あたたかい。朗々とした声は押しつけがましくないのに、じんわりと心に響いて染みていくかのようだった。
そんなの、
「…………思い、ます」
「そうだろう。こんなに優しい娘さんに育ったんだ、ご家族はさぞあなたを大切にしてきたのだと、今日初めて会った俺でも分かるよ。……だから、この婚約は二年にしよう。その後のことは、これから一緒に考えていこう」
「いいんですか? そんな親切にしていただくなんて……」
話が纏まってしまいそうだったので、わたしが慌てる。
わたしは、わたしを愛して欲しいわけじゃない。だから、伯爵からも情を移して欲しくないのだ。いつかお別れするのなら、条件で契約してもらったほうがずっといい。
でも、彼は屈託なく笑った。まぶしいぐらいの笑顔で。
「構わないよ。あなたが言ったんだ、俺のことを好ましいって。褒めてもらったことは嬉しかったし、困っている人を手助けするのは当たり前のことだ」
なんとまぁ。ここにも、優しくて親切な方がいらした。




