2.厳選した結婚相手とのお見合い
まず第一に、虚弱なわたしには跡継ぎを生む体力はない。
だから、既にお子がいらっしゃる方。子が出来ぬと離縁されては困るので、後添えの形がベスト。
次に、なるべく王都から離れた領地をお持ちの方。これは、嫁いだらそちらの領地に向かい、以降物理的な距離を取ってお姉様の邪魔にならないようにする為だ。
自惚れたくないし、さすがに人妻になったわたしに一目惚れする奇特な人はいないと思いたいが、念には念を入れておく。前回の出来事はわたしも結構衝撃だったので。
好きでもない男の人、しかも姉の恋人に初対面で求婚されるって体力的に抵抗出来ないわたしにはまあまあ恐怖だもの。
そして最後が、わたしが嫁ぐことで相手の方も得をすること。
自分の都合を押し付けるのだから、シェフィールド伯爵にもわたしを娶れば利益がないと申し訳ない。どちらにも利があってこその、交渉である。
ちなみに出来れば何かしらの理由で離婚なさっている方のほうが優先順位は高かったが、当てはまる方がいなかったのだ。
奥様を亡くされたばかりの伯爵に自分を売り込むのははしたないと自覚しているが、彼以上に条件が合う人はいなかった。
もしも……亡くなった奥様を生涯愛し続ける一途なタイプだったら、後添いにはしてもらえないかもしれない。
そこは会ってから、何とか説得してみるつもり。正直ここまで条件のいい方は他にいなかったので、シェフィールド伯爵に断られたら修道院に逃げ込みたい気分だ。
でも修道院で虚弱なわたしがお役に立てるとも思えないので、割と切羽詰まっている。
出来れば伯爵も、ちょうど利用できる後添え欲しいな~ぐらいの気持ちでいて欲しい。
唸り続けるお父様に、ここは押しどころ。
「……ええ。この前王立公園でお見かけしたのです」
これは本当。
珍しくものすごく調子がよかったので、侍女と従僕とメイドの付き添いフル装備で王立公園をお散歩した時に、たまたまお姿を拝見していたのだ。
彼に決めたのは、お顔を見たことがあるというのも大きかった。まったく知らない人よりちょっと気安いじゃないですか。
「とても素敵な方で……わたし、一目惚れしましたの。あの方に嫁ぎたいです、絶対に」
お見かけした印象は、背が高くてがっしりしてて、健康そうだな、いいなぁ、だった。来世はああいう人に生まれたい。そういう意味で、素敵な人っていうのも事実だ。
「ううむ……しかし、マリアベルはまだ社交界デビューもしていないし、お前は社交界に出れば引く手あまたなのは確実だぞ?」
お父様はまたうんうん唸る。
そりゃあこれまでを考えると、わたしがデビューすれば最初は殿方がダンスを誘う為に大勢列をなしてくれると思う。でもそれだけだ。
すぐに、結婚して家を支えていく伴侶としてわたしでは何もかも足らないことに気付くだろう。わたしの元には、きっと誰も残らない。
わたしが生涯一人なのは仕方がないが、その間に散々お姉様の邪魔をして、その所為でひょっとしたら我が家がお婿さんを得られないかもしれないことが問題なのだ。
「あの方がいいのです! 一目惚れなのです。……あの方と結婚出来ないのならば、わたしは修道院に入って生涯神様に尽くします!」
これまでたくさんの殿方に一目惚れされて来た身だ、「一目惚れ」という言葉が何故かとても効力を発揮することだけは知っている。
この薄い面の皮一枚にそれほど意味があるとはわたしは思えないけれど、皆とても大切にしているので、今回はこちらも利用させていただきます。
「マリアベル……そこまで……」
お父様は真剣なお顔で、言葉をなくす。
嘘をついてごめんなさいお父様。でもこれがお姉様と当家にとって一番いいと、わたしが考えた結果なのです。
わたしがこの家にいなければ、元々お姉様は申し分のない令嬢。すぐに素晴らしい伴侶に巡り合い、当家を盛り立てて行ってくれます。
こうしてわたしに甘い両親は、普段我儘を言わない病弱な娘の命がけの恋、ということで折れてくれて、シェフィールド伯爵に渡りをつけてくれたのだ。
さてさて。
ここまでは来れると思っていたが、ここからが本番だ。
何せわたしは、虚弱ゆえに世間を知らない。伯爵からすれば文字通り子供だろう。年の近い殿方が好む「妖精姫」の外見が有利に働くとも思えない。
でもそこは貴族同士の婚姻。愛してもらう必要はない。
と、いうことで。
万全の状態で迎えた、かのシェフィールド伯爵とのお見合いの席で人払いしたのちに、わたしはここまでの経緯をすべて包み隠さず詳らかに説明した。
わたしの目的は彼と結婚することだし、結婚してからもこの経緯を隠し続けることは難しいだろう。わたし、嘘をつき続ける自信もないし。
それなら最初から説明しておいて、納得づくで利益を取ってもらいたい。
初めて直接お会いしたジェラルド・シェフィールド伯爵は、公園で遠くに見かけた通り、がっしりとした長身の、何もかも大きな男性だった。
あの掌、ひょっとしたらわたしの顔ぐらい掴めてしまうのではないかしら。すごいわ。
お父様も背は高いけれどすんなりとした体躯なので、こんな大きな男性を間近で見たのは初めて。伯爵の迫力のあるお体からは、はちきれそうな健康的なオーラが出ていてまぶしい。
髪は蜂蜜みたいな濃い金色で、瞳はガラス玉みたいに透き通った青。物語の王子様よりは海賊とか山賊の頭領に相応しい粗野な魅力のある方だ。
カッコいい! わたしも来世はこんな男性に生まれたいわ。そして大冒険に飛び出すの!
とはいえ、今世も精一杯生きなきゃね。つい伯爵の魅力に、心の中のお転婆さんがはしゃいでしまったわ。
せっかくお見合いまで漕ぎつけたのだから、なんとしてでも交渉を成功させてみせる。
シェフィールド伯爵はわたしの話を聞いて、最初はさすがに驚いた様子だったが彼を選んだ条件の段になると興味深そうに聞いていた。
「以上が、わたしがあなたに結婚を申し込む理由です」
「事情は分かったが……えらく肝の据わったお嬢さんだな」
「家の発展に役に立てないどころか、足を引っ張るようでは困りますので……」
次はメリットの説明だ。
たくさん話すのもとても疲れる為、なるべく簡潔にまとめてきた。目の前に座るこの大人の男の人を、わたしは説得しなければならないのだ。
「何も急いで結婚しなくてもいいんじゃないか? どこか地方で療養ってことにして、王都を離れておくとか」
何故か意外にも解決策を一緒に考えてくれる伯爵に、わたしの方が驚く。
「……いえ、一度療養の名目で王都を離れたことがあったのですが余計に具合が悪くなったので……」
「そうか、結婚して領地に向かう、という理由でもなければ長距離移動は許可が出ないわけだ」
「そうなんです。これでも丈夫になったほうなのですけれど……幼い頃は三日寝込んで一日活動出来る程度でしたので」
家族の誰もわたしのような虚弱な体質の人はいないので、なんでわたしだけ、と嘆くことはあるけれど。
でも、人は皆生まれ落ちた場所で精一杯生きていくしかないのだ。
わたしだけが、虚弱に生まれたという理由でとりまく状況や愛する家族の未来が悪くなるのを、ただ指を咥えて見ていることは出来ない。
「ほう……さして寝込んだこともない俺にとっては、違う世界の話のようだ」
「伯爵のように健康的な方は、見ているだけで元気をいただけるようですわ」
本心からそう言ってわたしがへらりと笑うと、伯爵は苦く笑った。失礼なことを言ってしまったかしら、人を薬膳スープのように扱うな、とか?
疑問が顔に出ていたのだろう、伯爵は言葉を選びながら教えてくれた。
「いや……亡くなった妻は、俺を図体がでかくて暑苦しいと言って嫌がっていたので、褒められると何だか不思議な気がしてな」
「それは……」
言葉を選んでこれとは、奥様と伯爵は仲があまり良くなかったのかしら。気まずそうに眉尻を下げる伯爵は大きな犬のようでどこか可愛らしい。
「……わたしは、とても好ましいと思います」
「お世辞でも、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
悲しげな表情がゆっくりと氷解して、柔らかな笑顔になる。
まぶしい笑顔、とっても素敵です伯爵。何だかわたしったら、彼を口説いているみたいな光景じゃないかしら。
いけないわ。これはわたしが提案する、伯爵にも利益のある政略結婚なんだから、中途半端に情を移しちゃったら破綻するかも。私情は禁物!