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一目惚れ“られ”のプロ、虚弱令嬢は偽装結婚を画策します!  作者: 林檎


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13/13

13.ベルの太陽


「あ! 見えてきました! あれがシェフィールド城ですか?」

 街道はきちんと整備されているものの、景色はどこまでも続く麦畑。

 丘の上に馬車が差し掛かった時に遠くに見えたお城に、ソワソワと馬車の窓から外を窺っていたわたしは歓声を上げた。


「ベル、ちゃんと座らないと危ないぞ」

 笑いを含んだジェラルド様の声に振り向くと、腰を支えられてわたしは真っ赤になる。

「ああ、すまない。断りもなく」

「いえ、大丈夫です……婚約者ですもの、許可なんていりませんわ」

 今までごく自然に肩を支えてくれていたのに、告白して正式に恋人同士になってから時折ジェラルド様は戸惑った様子をみせるようになった。

 わたしも以前は気にしていなかったのにジェラルド様がそんな様子なので、ついついギクシャクとしてしまう。


 小さな窓がちょっとだけ開いていて、そこから太陽をいっぱい浴びた麦が薫った。

 わたしの太陽は、ここにいる。



 一連の騒動の後。

 結局わたしとジェラルド様は、社交シーズンを終えてからようやくシェフィールド領へと出発した。

 本来は、ジェラルド様の王都での商談や挨拶廻りなどの用事が済めば早々に帰る予定だった。

 だがシーズンの始めの頃にカール様と婚約したアリシアお姉様が、シーズンが終わる頃に大急ぎで結婚式を挙げることになったので、挙式に参列してからの出発となったのだ。


 実はこれは話の順番が逆で、シェフィールド領に向かえば当分わたしが王都に戻らないことを知っていたお姉様が、わたしを参列させてくれる為に挙式を急いだ結果である。

「マリア、あなた。田舎に引っ込んだらこれ幸いとちっとも王都に来ないつもりでしょう?」

 とはお姉様の言。

 さすがです、お姉様。その通りです! いえ、でもお姉様の結婚式には駆け付けるつもりでしたよ? たぶん。


 本来ならば婚約期間も楽しんで欲しかったが、お姉様いわく、カール様とは長年の付き合いなので結婚を早めても何ら問題ないとのこと。

 カール様としても、ルクセントール伯爵家に入ってお父様の手伝いをするなら他人である婚約者よりも、籍を入れた婿の立場のほうが何かと便利なので好都合だと太鼓判をくれた。

 そこまで二人に言ってもらえたので、有難く甘えることにしたのだ。おかげで、お姉様の花嫁姿が見れたし、わたしはヴェールを持って一緒に歩くお役目も出来た。


「……ウェディングドレスのお姉様は、夢のように綺麗でしたね」

 わたしがうっとりと思い出して言うと、向かいの席で長い脚を組んで座るジェラルド様は面白そうに笑った。

「ベルは、しょっちゅうアリシア嬢のドレス姿を思い出しているな」

「だって本当に素敵だったんですもの! すごく綺麗だったし、幸せそうで……」

 落ち着いた臙脂色に、白金の糸で細かな刺繍の施されたドレス。縁起物ということでお針子さん達に混じって、わたしも少しだけお手伝いさせてもらった。

 ガーデンパーティの際に、わたしはきらびやかなドレスで、お姉様が地味な色味のドレスだったのは、実はお姉様が落ち着いた色が好きだったから。

 社交界に出る際は流行りの華やかなドレスを着なくてはいけなかったから、実は結構嫌だったのですって。


 なので、仕立て屋さんとよーく相談して決めたドレスは落ち着いた色で、派手な装飾ではなく精緻な刺繍で飾ることにしたのだ。

「ベルは刺繍をしている間も、ずっと楽しそうだったな」

「はい! お針子さん達の速さにはとても敵わないし、目立たない部分の担当でしたけど、お祝いの一端を担えるなんて嬉しくて」

 わたしがはしゃぐと、ジェラルド様は優しく微笑んでくださった。


 王都からシェフィールド領はかなり遠い。

 でも遠いといっても、ジェラルド様ならば早朝に馬で領を出発し中間地点の街で一泊、翌日も馬で駆けて、その日の夕方から夜にかけての時間に王都に着く程度の場所らしい。

 それがどの程度早いのかわたしには分からないが、その道程を今はゆっくりと倍以上の時間を掛けて戻っているところだった。日数にして、五日である。

 さすがに時間を掛けすぎではないでしょうか。いいんでしょうか。


 これは虚弱なわたしが倒れないようにという配慮で、ゆっくりと馬車での移動なのは勿論、頻繁に休憩を取る所為だ。ここまでゆっくりじゃなくていい、と言ったのだが、ジェラルド様は譲らなかった。

 でもおかげでわたしの体調は良好で、ようやく今日シェフィールド伯爵の居城に到着となったのだ。


 一定間隔で揺れていた馬車が、やがてゆっくりと止まる。

 シェフィールド城の正面玄関前のポーチに停まると外から扉が開かれ、家令と思しき使用人がジェラルド様を見て、嬉しそうに目を細めた。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「ああ、長く留守にして悪かった」

「とんでもございません。ですが、皆旦那様と新たな奥様のお帰りを心待ちにしておりました」

 家令はわたしのほうに向きなおり、恭しく頭を下げる。歓迎されている雰囲気に、ほっとした。


 それから先に降りたジェラルド様の手を借りて、馬車から降りる。

 休憩を挟んでゆっくりの道行だったとしても、ずっと揺れる乗り物に乗っていたので、地面が揺れているかのように錯覚して、わたしはふらついてしまった。

 すると危なげなくジェラルド様が支えてくれて、嬉しくなって彼を見上げて微笑んだ。

「ありがとうございます」

「せっかくなので、このまま城までエスコートしよう」

 茶目っ気のある様子でぱちりとウインクをして、ジェラルド様はそのまま私を促して城内に入る。流れるようなエスコートは本当に自然で、わたしは安心して彼に付いていくだけでいい。


 中に入ると、ずらりと使用人達が並んでわたし達を待っていて、挨拶をされる。先程の人はやはり家令で、バーグという名だった。

 わたし付きのメイドも既に何人か選ばれていて、一緒に過ごしてみて一番波長の合う人を見つけてほしい、と言われた。侍女はルクセントールから同行してくれている者もいるし、少しずつ環境に慣れて行こう。


 一通り挨拶や説明が終わる頃、廊下の奥からパタパタという軽い足音が聞こえてきた。

「とうさま!」

 そう言って、駆けて来たのは小さな男の子。ジェラルド様を小さくしたような、愛らしい外見と色彩。

 クリスティアン様に間違いないだろう。か。かわいい!!


「ベル、少し離れる」

「はい」

 ジェラルド様はうきうきとした様子でそう言うと、わたしの返事に一つ頷いてからその小さな子のほうへと大股で歩み寄って行く。

「クリス!」

「とうさま! おかえりなさい!」

 両手を伸ばして駆け寄ってくる幼子を、ジェラルド様の長い腕が掬うようにして抱き上げる。安定感抜群のジェラルド様の腕の中は、世界で一番安心出来る場所だ。

「クリス、すまない、会えなくて寂しかったか?」

「んーん、みんないたから平気よ」

「そうか? 俺は寂しかったんだが」

「さびしかったんかぁ、とうさま」

 クリスティアン様に頬擦りして、ジェラルド様は可愛らしいことを言う。それに応えるクリスティアン様の舌ったらずな様子も、とっても可愛らしい。


 瞳と髪の色は同じで、ジェラルド様が幼い頃もこんなお姿だったのだろうな、と想像のつくクリスティアン様を見て初対面な上まだ紹介すらされていないのに、わたしはメロメロになってしまった。

 麗しい親子の戯れに感激していると、クリスティアン様のくりくりとしたお目めがこちらを向く。何か、全体的に丸い。可愛い。


「だれ?」

「ベルだ、俺のお嫁さんになる人だよ」

「べる。とうさまのおよめさま…………おはなのおねえちゃん?」

 クリスティアン様はこてん、と首を傾げ呟き、もう一度逆方向にこてん、と首を傾げた。可愛い。


「そうですよ。いつもお手紙をくださっていた、お花のお姉さんですよ」

 クリスティアン様の乳母なのだろうか。焦げ茶色の髪の、優しそうな女性がクリスティアン様に寄り添って説明している。

 わたし、そんな可愛らしい名前でこのお屋敷では呼ばれているの?


「おはなのおねーちゃん! ハンカチありがとう!」

 あ、お花のお姉さん、というのはわたしが刺繍した花柄のことを指していたんですね! 男の子なので、何か違うモチーフがいいかとも考えたんだけど、最初のご挨拶の手紙に添えるものだったので、無難な意匠にしたのだったわ。


 ふくふくとした手に招かれたので、ジェラルド様に抱っこされたままのクリスティアン様にわたしも近づく。

「いえ、こちらこそいつも手紙にお返事をありがとうございます。はじめまして、マリアベルと申します」

「べる?」

「ええ、是非ベルと呼んでください、クリスティアン様」

 嬉しくなって微笑むと、クリスティアン様も笑って下さった。


「ぼくはクリス。ベル、きれいね」

 クリスティアン様はわたしの髪をひと房ぎゅっと掴んで、そう言った。

「ありがとうございます……!」

「かわいいね、ベル」

「そうだな、ベルは可愛い」

 ジェラルド様まで、そう言う。


 ひょっとしたら、綺麗、と言われて初めて嬉しかったかもしれない。

 妖精姫と呼ばれて、一目惚れされてもちっとも嬉しくなくて、いっそこの容貌が疎ましいほどだったのだ。


 ジェラルド様がわたしを愛してくださっていることは疑ってはいないが、そのジェラルド様の宝物で、お母様を亡くされているクリスティアン様に、わたしがどう思われるのか実は不安で仕方がなかった。

 当人同士だけではなく、その取り巻く環境とも共に生きていくことになるのが、結婚だ。

 手紙をやり取りさせていただいていても、わたしを受け入れてもらえるのかは分からなかった。

 でも、今のクリスティアン様の屈託のない様子に、どうやらスタート地点には無事に立てた、という安堵が広がる。


 これからお互いを知っていくのだから、勿論合わない時もあるだろう。でも、わたしは出来る限りシェフィールドの皆に馴染んで、好かれたいと思っていた。

 それは勿論、ジェラルド様の大切な領地、そして大切な家族だから。


 ジェラルド様との偽装結婚は、お姉様の邪魔をしないという目的を達成したものの、わたしとジェラルド様が恋仲になったことで偽装の二文字が取れた。

 でもお姉様の助言で、偽装だったことはお父様達には内緒のままにしている。

 お姉様曰く、社交界に出れば引く手あまたと言いつつ、お父様は虚弱なわたしが心配でお嫁に出すつもりはなかったそうだ。

 だから最初の婚約が偽装で、今は理由がないことをバラしてしまうと、ジェラルド様との結婚を反対されかねない、と。

 少なくとも、成人するまでということを口実に、またルクセントールの屋敷に連れ戻されるのは確実だろう。


 魅力的な殿方であるジェラルド様を放っておいては、わたしが社交界デビュー出来る年までに絶対に誰か別の令嬢に捕まってしまう。それは絶対に嫌で、わたしは一連の偽装をお父様には内緒のまま貫く覚悟をした。

 だって、お父様にはたくさん嘘をついてしまったが、あの説得の中で一つだけ本当のことをわたしは言っていたのだ。


「さぁ、中を案内しよう。おいで、ベル」

 ジェラルド様が笑ってそう言って、クリスティアン様を抱くのとは逆の手がわたしに向けて差し出される。その大きな手に、自分のそれをそっと乗せた。

「……はい! ジェラルド様」



 今になって改めて思えば、わたしはジェラルド様のこの太陽みたいな笑顔に一目惚れしていたのだから。




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